自傷行為に至る要因に関する一研究

コラム リストカット 自傷行為 鏡 元

以下は、立正大学心理学部臨床心理学科大学院修士課程において、修士論文として2007年に発表されたものである

 

自傷行為に至る要因に関する一研究


鏡 元(かがみ げん)

 

要約


本研究は自傷行為にいたる要因に関する有用な知見を得ることによって、自傷行為の治療及び予防のための知見を得ることを目的とした。調査は自傷尺度、共依存尺度、ソーシャルスキル尺度、事象に関する肯定的イメージ尺度の4つの尺度を使用し、分析を行った。結果より、 共依存、ソーシャルスキル、自傷行為に関する肯定的イメージそれぞれが、自傷行為の要因に関連すること、および自傷行為者と非自傷行為者の間で、自傷行為傾向、共依存、ソーシャルスキル、自傷行為に関する肯定的イメージそれぞれに有意な差が見られることが明らかになった。

 

はじめに


自傷行為者の数は奈良教育大学の調査によると1999年ごろから統計上は急激に増加したとされているように,年々増加の一途をたどっている.それにともなって自傷行為という言葉は1990年代の後半から日本国内で氾濫するようになってきた.また,全国高等学校PTA連合会が,(独)福祉医療機構(子育て支援基金)の助成で,2003年度から3か年計画で実施している「高校生の心身の健康を育む家庭教育の充実事業」の第3年次の調査によると,高校2年生5755人からの回答を,木原雅子京都大学大学院助教授が集計・分析を担当した結果,自傷行為の経験があるのは男子5.3%,女子10%であるとされているように,教育現場においては大きな問題となっている.

また,自傷行為には伝染性があるという調査結果もあり,国立精神・神経センター精神保健研究所の松本俊彦医師らのグループの調査によると,2005年の首都圏のある公立中学校では,3年生の数人がリストカットを始めたあと,その後急激に増加し,200人足らずの3学年の中で学校が把握しているだけでも20人を超えたという結果が出ている.

こうした現状においてで,自傷行為に関する認知度は高まり,自傷行為は,以前のように自殺行為とみなされてしまうということはなくなってきている.

一般に自傷行為は一種の病気であり,自傷行為をする者は精神病者であるという認識をされるようになってきており,非常に否定的な注目ではあるが,以前より理解度が上がったのは事実である.しかしその後にも,自傷行為の実情理解に関しては不十分な点は多く,社会的に偏見を受けることが多い.自傷行為は理解されにくく,その行為に及んでいるというだけで軽蔑視される傾向にある.たとえば,Barent&Paul(1988)によれば,一般に自傷行為という言葉自体には「人間として最悪の行為」,「人間の退廃が想像しうる,最も悪い状況に進んでいる事を示す実例」という意味合いが含まれているとしている.

しかしながら自傷行為はそういった逸脱行為であるだけではなく,厳しい現実に対する一種の自己防衛手段であったり,本人がやめたいと思っていてもやめられない嗜癖的行動である場合もあり,自傷行為に関する適切な理解は必要であるといえるだろう.

こうした偏見により,周囲から,自虐的な発想に基づく行為と見られてしまうこともある.これらの偏見は,本人が自分自身のアイデンティティして認知してしまうこともあり,こうした偏見がより自傷行為者を自傷行為に駆り立ててしまう可能性もある.

こうした現状においても日本において自傷行為に関する研究は極めて遅れているといわざるを得ないだろう.自傷行為に関する研究は問題の規模に対してはまだまだ少ないといわざるをえないし,調査においても,欧米で実施されている規模の大規模な調査は少ないため,調査結果も大まかな指針にはなっても実際には実態を表していない可能性も指摘されている.

 

Ⅰ.問題


自傷行為は,自分の身体を故意に傷つける行為である.自傷行為は,Menninger(1937)によれば,Freud(1920)は「死の本能」としてとらえ,自殺を目的として行われる行為とされてきた.

しかし自傷行為の中でも近年,思春期・青年期にあたる若者の間で急激な増加傾向にあるものは,「手首自傷症候群」とよばれるものである.手首自傷症候群は,Rosenthal(1972)らによって「wrist-cut Syndrome」と名づけられた自傷行為の形態である.これは自殺企図とは異なって手首のみを安全かみそりなどで傷つける行為で,1960年代にアメリカで流行し,西欧に広がり,1970年代以降日本でもしばしば見られるようになってきた.

こういった手首自傷症候群はDurkheim(1897)によって定義されている自殺を目的としている自殺未遂ではなく,Feldman(1988)による「明確な自殺目的を持たずに,意図的に自身の身体の一部に損傷を負わせること」という定義にあてはまる自傷行為である.そして,こういった自傷行為は数々の事例研究によっても明らかになっているように,その行為自体が意味を持つ場合も少なくない.

もともと精神医学の分野においては,自傷行為は決して珍しい現象ではなかった.しかしその多くが知的障害や統合失調症の症状に伴う現象としての理解であり,精神疾患に伴う逸脱行動と言う認識が一般的だった.

ところが近年流行しているリストカットはこういったものとは一線を画し,若者の間で風俗化しているとの指摘もみられる(小田,2001).

2003年から3ヵ年に渡って行なわれた高校2年生5755人の調査の結果,男子5.3%,女子10%に自傷の経験ありとの回答をしている調査結果(全国高等学校PTA連合会 )や,2006年の九州の5大学の学生1626人を対象とした調査の結果,リストカットや壁に頭をぶつけるなど,自傷行為の経験者は7.5%であるという結果も出ており(鹿児島大学),これは一般の健常者の学生を対象にしているところからも,自傷行為は一般化してきている.

このような健常者に見られる自傷行為の顕在化は1990年代後半から顕著で,それに伴って自傷行為に関する事例は増加しており,逆にメディアに自傷行為が取り上げられる頻度が下がっているという現状も,自傷行為自体は流行という一過的な現象ではなく,風俗化した現象になっているということができるだろう.

現状において自傷行為の研究は近年増加しており,病態,治療,自傷行為に至る要因の3つに分けることができるが,従来,自傷行為の研究は精神医学的分野と考えられてきたため,病態や治療に関する研究が主であり,また心理学の分野においても自傷行為は精神分析的な研究分野であるとされてきた背景により,自傷行為に至る要因の実証的研究は少ない.

本研究は先行研究の結果をふまえ,まず,自傷行為に関する現状の病態,特徴を踏まえた上で,自傷行為にいたる要因に関する有用な知見を得ることによって,これからも増加するであろう自傷行為の治療及び予防のための知見を得ることを目的とする.

 

1.自傷行為(self-mutilation,self-injury,self-laceration,self-harm,self-abuse,self-inflicted,violence,self-destructive behavior,auto-aggression)

自殺の目的で自分の体を傷つける行為は昔からよく知られていた.その多くは精神分裂症やうつ病の患者に見られ,醜形恐怖妄想や身体欠損についての誤った核心に基づくものが多く,その行為は眼球を抉り出したりするようなセンセーショナルな自己損壊であり,ヴァン・ゴッホ症候群(Van Gogh Syndrome)と呼ばれた.また,うつ病患者の自傷も抑うつ感情や罪悪感に基づく自殺意図の未完結行為として理解され,本質的にはごく個人的なものとされていた(西園,1983).

自傷行為という言葉が出現する以前,自殺未遂とは異なるものとして,表面的には自殺に似ているが実際は本気で死のうとは思っていない行為,または生きようか死のうかと迷っている状態で決行される行為は,parasuicide(自殺様行為)と呼ばれていた(Shneidman ,1985).

自傷行為という言葉はPattison&Kahan(1983)がDeliberate self-harm syndrome(故意に自分の健康を害する症候群)という概念を提唱し,その3徴候として,「薬物の乱用または依存」,「自傷」,「食行動異常」を挙げたことに端を発している.女性では摂食障害の60~70%に自傷行為を,また男性では薬物乱用の50%以上に自傷行為を伴うとされており,共通の病理,または共通の行動化要素としての関連が考えられている.

自傷行為は,自分で自分を傷つける「行動障害」の一つである.代表的なものとしては,自ら頭を壁や床にぶつける,髪の毛を引っ張る,頭や顔などの身体部位を叩く,噛む,引っ掻く,爪をはぐ,などして出血や青あざなどの外傷を恣意的に求める行為があげられる.これらの行為は身体を傷つける行為であり,痛みを伴う行為でありながら,同一の行動パターンがくりかえされる.

これらの行為は自閉症,重度心身障害,精神分裂症などによく認められるとされ,その原因としては,「身体的実存を明確にするための自分自身に対する攻撃」「外界と自己の境界を定める試み」「無刺激児などにおける代償的条件付け」などいろいろな解釈がある(竹花,1999)

また,痴呆状態では頭髪や眉毛がぬかれることもあり(梶谷,1993),損傷の加え方は子供では単純な場合が多いが,加齢とともに複雑化する傾向がある.(鈴村,1984)

また,Favazza(1989)は自傷行為を(1)多くの場合精神病に関連して起きる眼球摘出や,去勢などの重篤な自傷行為,(2)叩頭や抜髪などの精神遅滞や自閉症に見られる常同的な自傷行為,(3)Cuttingやpiercingなどの軽度の自傷行為に分類し,自殺行為が自殺および自殺未遂との差異を強調している.

(西園,1983)によれば,自傷行為とは,病的癒籍行為(自己破壊)-自律神経系の超限的興奮を起こすことで,感情状態を一時的に変化させることができるという状態を利用して,慢性的ディスフォリア(混乱・昂奮・焦ら立ち・空虚感・完全なる孤立感の入り混じった状態)を根絶し,上機嫌と幸福の状態をかきたてようとするという,自己保存行為(深い解離状態→自傷行為→安堵感)であり身体の痛みのほうが心の痛みよりずっとましなものとして,この置き換えが行われるとしている.自傷はその行為によって倒錯的に外界の現実を支配し,生き延びる事を目的として行われる.また,自傷行為の誘発は対人葛藤が主であり,他者が自己と一体化することが当然とする自己愛的障害が背景にあるとしている.

また,Walsh&Rosen(1988)によれば,自傷行為の前には,対人関係の喪失感を知覚する事が多く,自傷の前に,緊張,心配,怒り,恐れなどを報告する者が多い.常にではないが,解離を経験しているものもいる.他人からの孤立が傷の前に起こっていることもある.かみそりを用いて自傷するものが多く,手首,前腕が傷つけられることが多い.怒り,緊張状態,解離が自傷行為によって終わる事が多い.罪悪感や嫌悪感を自傷の後に感じる者もいるが,安堵感,開放感,満足感などを覚えるものの方が多いとしている.

自傷行為は,一般に共感不能な抵抗のあるものとして認識されているが,悪い部分だけでなく,本人の精神的苦痛の緩和や混乱や抑うつの改善といった効果を持つ事もあるのである.

自傷行為を示す言葉は多様であり,欧米では長らくself-mutilationという語が使われていたが,mutilationだけが自傷行為ではないことが認識されるに従い,現在ではself-injuryという語に置き換わりつつある.

近年の研究によれば自傷行為は自殺とは厳密に区別されなければいけないとされている.Both(1972)において,自傷行為と自殺講堂の差異を強調しており,Lineham(1993)は自傷行為を「自殺行為」と誤解することは治療の妨げとなるとしている.Walsh(2005)は,自傷行為と自殺企図の区別について9つの項目で区別をすることを提唱している(Table.1).



以上からもわかるとおり,いわゆる精神疾患の一症状としての自傷行為に関する研究はよく見られるが,自傷行為そのものに注目した研究は、事例研究や尺度作成に関しては見られるようになってきたものの,実証的研究は少ない現状がある(Table2).



さて,自傷行為とは,神経症,情緒障害の一種であり,正常群においては発生しづらい逸脱行動であると考えられていたが,ここ20,30年の間に思春期,青年期の情緒発達障害の子供や青年が,さらに精神的な障害があると診断されていないものたちが,些細なきっかけにより失意体験を起こし,それに誘発されて,自分の,主に手首を鋭利な刃物,主に剃刀やメスなどを用いて切るという自傷行為を起こすものが出てきた.それも自殺企図としては理解しがたい振る舞いで,手首自傷を習慣的に繰り返す特徴を持つのである.こうした行動障害は,1960年代にアメリカで大流行し,R.J.Rosenthalら(1972)が,手首自傷症候群と名づけ,それは西欧に広がり,今日ではわが国にも及んでいる.

Rosenthalら(1972)は,思春期患者が不安に打ちひしがれ,存在感をなくし,離人体験を起こし,非現実感と空虚感を体験している状態から,体を傷つけることにより内的ストレスを緩和し,その際の出血を見て離人状態から我にかえる,個人の現実感・存在感を取り戻す統合の試みとして,手首自傷が起こると推論した.

近年日本で流行しているリストカットとはこれにあたり,切りつける部位は現代では手首だけにとどまらず,全身に及び,自分や恋人,友人などの名前やイニシャルを刻んだりといった傷をデザイン化するものもいる(小田,2000).

また切った際の出血も,にじむ程度のものから短時間では止血のできないものもあり,切りつけるばかりでなく,注射器で採血したり,流れ出た血をある程度ためようとするものもおり,またその血で絵を描くといった行動をとるものもいる.その大半が自殺願望を持たないが,中にはそうした願望を持つものもおり,その原因は多岐にわたる.

こういった自傷行為は中高生を中心として爆発的に浸透しており,2006年2月の初の実態調査を,神奈川県内の私立女子高(1校)の2年生126人と,公立中学校(同)の2.3年生477人を対象行ったところ,「これまでにナイフなどとがったもので身体を傷つけたことがあるか」などの質問に対して,女子高生のうち14.3%が1回以上自傷行為を行っており,10回以上が6.3%に上った.中学生でも女子生徒238人のうち9.3%,男子生徒239人のうち8.0%が刃物で自分を切ったことがあるという回答だった.また,「頭やこぶしを壁などにぶつけたことがあるか」との質問には,中学,高校合わせて男子の27.7%,女子の12.2%が「ある」と答えた.(国立精神・神経センター).

自傷行為症候群の症状は多岐にわたるが,その中でもいくつかの特徴があり,安西・西園(1988)は,自分たちの臨床経験から手首自傷症候群の特徴を11項目に要約した.さらにその症状規制について4規制あげている.これらは対象が精神科の患者ということであるが,現代の正常群における自傷行為においてもあてはまる部分は多く,またこれを一般的にわかりやすく手を加えたものを要約し,まとめた.(Table3,Table4)





この4規制についてであるが,この4つのパターンは,それぞれが単独で表れたり,複数の動機が混同した形で表れることもある.これらの防衛機制の背後潜んでいるのは,愛情対象の喪失であり,分離不安から来る精神的な自立への拒絶である.

これは境界性人格障害の症状とよく似ており,実際リストカットを行う人々の中にも境界例と診断されている人々も少なくはない.

また,西園(1983)によれば,病像で共通しているのは,感情基調が抑うつであることで,手首自傷のほかに,社会的ひきこもり,登校拒否,混乱や興奮,無色欲,性的逸脱行動,薬物乱用など多彩な症状や問題行動を随伴している.

 

2.自殺(Suicide)

自傷についての研究を行う上で自殺の問題を避けて通ることはできない.なぜならば,自傷は自殺と関係の深い逸脱行動であり,また,自傷行為そのものが自殺に通じる可能性があるからである.

自殺はその行為の結果を予測しつつ,みずから意図して自らを殺す行為でありDurkheim(1897)は,「死が当人自身によってなされた積極的,消極的行為から直接,間接に生じる結果であり,しかも当人がその結果の生じることを予測していた場合」を自殺定義の条件としている.

これはつまり行為を行う主体が当人自身であり,それによって死ぬことがわかっているものを「自殺」とするということを意味する.これは,「自殺」の大前提として,自殺を行う当人に自ら死ぬ意思があるということを意味している.

Menninger(1937)は自殺行為を構成する三要素として「殺そうという願望(殺意)」「殺されたいという願望(被殺意)」「死にたいという願望」をあげ,この3つが加わらないと自殺は成就されないとした.

自殺の原因としては①身体的,精神的苦痛からの解放,②愛するものの喪失,③精神病による自殺,④心因性の自殺,⑤敵意による自殺,⑥忌むべき自己の抹殺,⑦救助の求め,などが考えられる.

また,年齢によって自殺の方法は異なることが多く,青年は助かりたいという気持ちが強く,ガス自殺や,手首の切傷など,助かる可能性の高い『受動的自殺』が多いが,高齢者になるほど,飛び込みや,縊首などの確実に死のうとする『攻撃的自殺』が多くなる.つまり,「死ぬ」という思いが強いほど確実な自殺方法を選ぶのである.死を意図した行為であっても,方法の選択によっては死よりも生への執着が強いと感じられる場合もあり,確実に死に至る方法か否かも『自殺』の大きな規定要因である.

また,死への意図は必ずしも明確であるとは限らず,自殺を必ずしも意図しない自殺ジェスチャーや失敗した自殺,偽自殺,疑似自殺なども自殺未遂に含まれる.

Menninger(1937)は自己破壊を繰り返すアルコール依存症や自傷行為,頻回手術などの現象を『慢性自殺』と呼び,意識化で徐々に自殺を願望し,遂行する場合であるとした.つまり,自己破壊行動から自殺に移行することはあるが,決して「自己破壊行動=自殺」とはいえないと考えられる.

ここからも,自傷行為がかならずしも自殺と同一のものではないという事を意味している.

 

3.自傷行為の疫学

Welch(2001)によれば,自傷行為は人口10万人あたり120~440件,一般人口調査に基づく研究で年間500~1000件発生している.性差は女性のほうが男性よりも1.2~2.4倍多い.また,自傷の頻度には時代的変化が著しいことが指摘されている.

Hawtonら(2003)によれば,イギリスのオックスフォードにおける一年あたりの自傷行為の発生率は,1985年から1995年の間に50%,1990年から2000年の間に36%増加している.

また,自傷行為経験者は若い未婚の女性に多く,男性にも一定数存在する.常習性が高く,周囲の理解も得られにくいために長期間苦しむことも多い.カナダ放送協会(CBC)の500人のスクールカウンセラーに過去1年間に診た自傷者数の調査によると,各校に2~3人いるという回答結果が得られ,非公式な調査結果ではあるが,その発症率は女子250人に1人とされる.

また,近年は更なる発生率が示されており,英国のオックスフォード大学自殺研究センターの調査によれば,オックスフォード地区,ノーザンプトン地区,バーミンガムの学校41校の6000人の15歳と16歳の生徒を対象に2000年と2001年に行われた調査によれば,調査が行われた年の前年に自傷行為をしたと報告したのは少女が11%,少年は3%であったという.カッティング(65%)が自己虐待の方法としてもっとも多く,過剰行為(31%)がそれに次いだ.

また,自傷行為の伝染性についても研究は行われており,Matthews(1986)による青年期の入院患者の大規模な自傷行為の流行の報告や,Walsh&Rosen(1985)によるマサチューセッツ州ウースターにある地域治療共同体で実施された調査によっても,自傷行為が1%未満の有意差によって,伝染していくことを証明している.

さらに,自傷行為は流行的に生じるという報告も認められている.Hawtonら(2000)によれば,1997年のダイアナ妃の死亡後に自殺と並んで自傷行為の発生率が増加したとしている.

 

4.自傷行為の病態

(1)遺伝的・生化学的因子

医学的分野の研究においては,自傷行為の原因として,脳内のセロトニン不活性も考えられている.しかし,その生化学的因子は幼少期にトラウマを負ったことによっても形成されるとされているので,現時点ではそれが遺伝的因子と同一であるかについての結論は出ていない.

アルコール中毒などの遺伝的因子は,自傷行為をより悪化させる因子であると考えられている.

 

(2)自傷行為を誘発する精神疾患・人格障害

DSM-4によれば,自傷行為をする者に最も疑われるのは境界性人格障害であり,鬱病,演技性人格障害,自己愛性人格障害,摂食障害,抜毛症,強迫性障害なども疑われる.また,統合失調症と判断されることもある.精神医学上は自傷行為はそれらの人格障害,精神病の二次的な症状であるとされ,それ単独で起こるとはされない.しかしながら実際には,必ずしも症状の深刻さと自傷行為のひどさは一致しないことが分かっている.これは本人に「自傷行為者としてのアイデンティティ」が確立するか否かによるようである.これはかつて多くの精神病者と病院との間の関係で社会学者達から指摘されたものであり,病院での交友関係が定常化して「自分は健常者」という意識がもてなくなることによるとされる(林,2006).

なお,DSM-4によれば,境界性人格障害は心的外傷後ストレス障害(PTSD),パニック障害,不安障害,アルコール依存症,薬物依存症の他,性同一性障害,注意欠陥障害(ADD)などに似た症状も持っている事が一般的である.また,先に挙げた精神疾患も重なり合う症状は多いとされる.

境界性人格障害は,最近非常に増えている人格障害である.なぜ,境界という言い方をするかというと,「神経症と分裂病との境界」にあるということだからである.精神分裂病といってしまうには症状が足りず,かといって神経症でもない状態,具体的にどんな人格かというと,非常に衝動的で,感情の起伏が激しく,そのため対人関係がいつも不安定になってしまうのである.感情をコントロールする力が弱いため,ときに暴力的だったり,自殺を図ったりもする.この人格障害は,成年早期に始まって,過剰な理想化と不適切な自己評価を持ち,それによって情緒が安定せず,衝動的で,ときに不安定な対人関係に入ってしまう.本人自身は慢性的な空虚感を感じていることが多く,自殺の脅しや自らを傷付ける行為を繰り返すことも多い.特徴として人格的に安定を欠いているため,そのためいつもイライラしたり抑うつ状態にある.また対人関係をうまくコントロールすることができず同じ相手にやさしく接していたかと思うと,突然豹変して攻撃的な態度に出たりする.

また,境界性人格障害は分離不安が原因とされる.

人間というのはこの世に生を受けてから,1歳くらいまでは母親と一体化して存在する.すべて母親が面倒をみてくれるため乳幼児はここで「全能感」を与えられこれが生きる活力になるといわれる.

2歳くらいになると,赤ん坊は自分と母親は違う存在であることを知るようになる.この時期に子供の不安や恐怖をとりのぞき安心感を与えるのが母親の役割だがこの時期に母親がいない,もしくはたとえいても情緒不安定な状態にあると,子供の心に母親と分離することへの不安が残ってしまう.

こうして人との距離の取り方がわからないまま,成長した子供は境界例的な人間になってしまうとされている.

そのため,境界例の患者は分離不安,空虚感などをかかえており,これは自傷行為者たちの心理状態と大変よく似ているといえる.

また,境界性人格障害の全ての事例が,過去の幼少期における外傷体験や喪失体験に原因を持っているわけではないが,『対人関係にまつわる情緒不安定性(感情易変性)』と『衝動性の制御困難』という症状が神経症水準を明らかに超えている場合には,心的外傷や生物学的な内因が考えられる.

参考として,DSM=4における境界性人格障害の診断基準を記す(Table5)



 

(3)自傷行為をする人の性格

西園(1983)によれば,典型的な自傷行為者像は,我慢強く,自己に批判的である傾向があるとされる.また,非常に自尊感情が低い.コミュニケーション能力が欠如し,いつもぼんやりとしていて,虚ろで平板な人が最も多いが,多弁なだけで意味を成さないことばかりを言い,偽りの自己を作り出し,他人をからかおうとする歪んだ精神構造の者もいる.また,無関係な話をすることで話をはぐらかそうとする誠実でない者もいる.自分自身の心の痛みに対しては過敏であるが,他者を全く信用できないことが多く,自分自身の肉体的な痛みしか信用できなくなっていることが多い.

発達障害の知見からも言われているように,自傷行為をする人の多くは,学力が部門別に極端に能力差があることがほとんどであるとされている.また,アタッチメントを形成する能力に欠陥がある一方で,他者から一方的にアタッチメントを受ける能力には長けていることが多い.しかし,自傷者は,過去の体験から他者を信用できないことがほとんどである.そのため他者を信用できない自分に対して自罰的でありながらも,幼少期にまつわることが原因なので,非常にナイーブで幼く,精神的にバランスが悪く,「自分さえいなければいい」と思っていることが多い.

 

(4)身体の所有意識の欠如

身体の自己認識にもその病理の問題点が大きく存在している.日本では身体の所有がその本人であるという精神の認識が特に希薄であり,家父長制度の影響とその名残から,幼少のうちから身体の所有権は当の本人になく,無意識に漠然と自分以外の誰か(保護者または他人)の所有であるという意識をもつ年少者が多い.性的であれ何であれ,誰にも精神を含めた身体の所有権を決して渡してはならないという身体意識の恢復を図ることが,自傷者の精神の統合や安定につながるといえる.

 

5.自傷行為の経過

(1)開始

リストカットを含む自傷行為が始まるのは精神的に最も不安定であった時期より数年遅れることが多く,若ければ10歳前後から始まるとされている.

酒や薬などを用いて始めることもあるが,多くの場合は自然に発症する.当初の感覚は強い憤り,不安,パニックなどである.自分自身を切る前兆として,その感情を抑えようと物を投げたり壊したりすることもある.

周囲に気持ち悪く思われるので,当初は恥辱感から醜い傷口を隠すことが多いが,発覚するにつれ次第に隠さず周囲に誇るようになっていく場合もある.しかし,腕時計や長袖などで傷口を隠すのが普通である.小学生など,年齢が若い場合は自傷行為についての知識がさほどないためか,刃物以外で自傷行為をすることが多いようである.

 

(2)常習化

自傷行為をすることによって,一時的に当初の精神的な苦痛は緩和される.しかし,それは自分を傷つけた直後だけなので,止めたいと思っていたとしても,また新たな精神的苦痛を負うことによって何度も繰り返してしまい,常習化するケースがほとんどである.何度も切っているとその部分の感覚が麻痺してくるうえ,血を見ることに慣れてくるので,常習化はさらに進む.また,夏服になると手首は目立つので,リストカットよりもアームカットをすることが多い.

一般には剃刀やカッターナイフなど鋭利な刃物を使うことが多い. 自傷行為は切るだけではなく,自分で自分を殴ることもある. 他には,バーニングをするためにドライヤーなどを使うこともある.

切る時はただ切りたいという衝動に駆られるだけで切ることが多いが,後で傷跡やケロイドを見て醜く思い,自分自身を卑下してしまうこともある.

人間関係が不安定になることが多い.引きこもりのような状況になることもあるが,基本的には人との接触を望んでいるので,一時的なものであることが多い.しかし,対人関係はその後も不安定であることが多い.この状態が続いた場合,現実検討能力が全体的に弱体化していく.

自傷行為が原因で死亡まで至るケースは極めてまれであるが,静脈切断でもかなりの量の出血をすることがあり,極度の貧血のために心臓が弱ってしまうなど健康に差し支えることもある.また,精神的に乖離している場合,予定外に動脈を損傷することもあり,この場合本人の意思にかかわらず結果的に死亡してしまうこともある.

自傷行為を自殺行為としてみた場合,リストカットは未遂率が高く,自殺の死因としては出血死によるものである.人間の体内には,体重1kgにつき,男性でやく800ml,女性で約600mlの血液が流れており,切ったあとで体内の血液が3分の1,流れれば人は死んでしまう.

また,リストカットが行われる対象の手首であるが,手関節内側の親指よりに脈をとる手動脈が流れている.

手動脈と皮膚の間には,内側から斜めに2本の静脈が走っていて,ちょうど手首のしわのあるあたりで,動脈と交差している.静脈切断だけでは200~300ml程度の血が流れたところで自然に止まってしまいまず死ぬことはない.動脈は皮膚下6~7mmにあり,見た目よりも少し深い.また,近くには正中神経があり動脈切断のさいに正中神経も切ってしまうため,かなりの痛みを伴う.自殺未遂に終わり,神経を切断した場合,手術を行っても神経が繋がらず麻痺が残ることもある.

 

(3)回復

自傷行為者は,ある程度の時間がたつと精神的ストレスを言葉で表現することが多くなってくる.もともと自分自身の抑圧されたストレスが表現できなかった者に多いため,周囲の環境によっては回復することも少なからずある.実際に,精神的に落ち着けば自傷行為が治まる場合も多く,年齢と共に自傷行為をする人口は減る.これは,年齢に応じた経験によって自己を確立する術を手に入れたからと考えられる.また,結婚などによって治まることもある.しかし,愛情にうまく対応できず離婚してしまい,再び自傷行為をしてしまう者も多い.

だが,近親者からのひどい性的暴行を加えられた場合などでは,生涯にわたって影響が見られる場合が少なくない.成人の場合はその人はアダルトチルドレン (AC) であるとも考えられ,自傷者の中にもそう言っている者がいるが,より深刻な心的外傷後ストレス障害や解離性同一性障害の人もいる可能性もあるため,安易にこの用語は用いるべきではないとされている.精神障害の診断と統計の手引き(DSM-IV)では自傷行為は多重人格を示唆する所見の一つとして数えられている.

自傷行為の治療に関しては, 認知行動療法が最も一般的であり,薬物療法を併せて行うこともあるが,治療は非常に困難である.行動療法,家族療法などを用いることもある.薬としては,ジプレキサやリスパダールなどが用いられる.睡眠薬として,ハルシオンやロヒプノールを用いることも多い.本人は周囲の常識を超えた人生を送っていることが多いので,ドラマとして周囲に認知されることも多いが,自傷症に関する実際の情報を与えることが本人にとって大切である.しかしながら,自傷行為についての一般化された統一的発症メカニズムや統一された治療論が存在しているわけではない.

 

6.自傷行為の要因研究

これまで挙げてきたような自傷行為の疫学的研究や,医学的な自傷行為の治療研究,および事例研究や尺度作成など,自傷行為そのもの現状理解に関する研究は数多く存在するが,自傷行為の要因研究,それも実証的な研究はほとんどなく,山口(2006)によれば,悲しみや怒り,孤独感や劣等感などの感情により衝動を抑えきれない状態に陥った時,または呼吸困難,頭痛,吐き気など精神的ストレスによる症状が同時に襲ってきた時,それを抑えるために自らを傷つけてしまうということがあげられている.

また,精神分析学的自我心理学に関係する解釈によれば,自傷行為は幼少期(1~3歳前後)の頃の母親との分離不安が原因となり,自己存在の確認の一時的な手段として用いられると主張される.この説によれば,精神分析学的に考えるのであれば,手首は乳房に触れていたのだから母親との意思疎通を図っているのだろうとされていたために起こったものである.この説に基づけば,自傷行為は母親など他人との意思疎通の一種であると考えられる.しかしまず,手首が母親との意思疎通を表すならばその他の自傷行為に関して説明をすることができず,この説は不備が多いといえるだろう.

また,このような認識には事例研究から拾い上げたものであり,明確な根拠が存在するわけではない.なぜならば,従来,自傷行為の研究は精神医学的分野と考えられてきたため,病態や治療に関する研究が主であり,なおかつ自傷行為自体が,精神疾患の一症状に過ぎないという認識から,自傷行為に至る要因の実証的研究はあまり行なわれてこなかったという現状があるからである.

自傷行為に至る要因に関してはDSM‐Ⅳなどでも言及されているように,境界性人格障害と自傷との関連のなかで,共依存と自傷行為の関連の指摘,Rohman(1999)によるコミュニケーション障害としての自傷行為の理解および,柏田(1988)の,事例の分類研究の中での,自傷行為に関する肯定的イメージとの関連など,いくつかの自傷行為に関する要因に関するアプローチは存在するが,しかしこれらの研究も実証的であるとはいい難い.

 

(1)自傷行為と共依存(Co-Dependency)

(a)共依存

共依存とは,上記の物質嗜癖,過程嗜癖の根幹にあるものであり,ある特定の人物との人間関係に依存することである.本来の共依存の概念は,アルコールまたは薬物依存症者と共に生活する人々が陥りやすい言動を理解するために出来上がった言葉である.アルコール,薬物依存症者と生活する人々は依存症者から離れるのではなく,むしろより密接な関係を築こうと試み,他者の人間を寄せ付けようとしなかったこと.この「人間依存症」についた言葉が「共依存」という言葉の発祥である.しかし,定義は広がり現在はアルコールや薬物依存者だけではなく一般化しており,(加藤,1993)によれば,「自己自身に対する過小評価のために,他者に認められることによってしか満足を得られず,そのために他者の好意を得ようとして自己犠牲的な献身を強迫的に行なう傾向のある人のことであり,またその献身は結局のところ,他者の好意を(ひいては他者自身を)コントロールしようという動機に結び付いているために,結果としてその行動が自己中心的,策略的なものになり,しだいにその他者との関係性から離脱できなくなるのである.」という定義がなされている.

これはすなわち,自分の内面が空虚で自己に対して否定的であり,他者の評価を必要とするだけでなく,他者の評価を獲得するために他者を道具として利用するともいえるだろう.自傷行為が引き起こされる主な原因は,対人葛藤や対人関係に関連するものや失意体験が多く,共依存と自傷行為の関係は関連性がある可能性がある.

またMatumoto.ら(2004)によれば,自傷者は虐待経験およびディスコミュニケーションを経験していることが多い.また,松本(2005)によれば,その虐待体験の結果他者への信頼感が希薄なため,自分のコントロールに固執し,自傷行為にいたり,それがエスカレートすると他者をコントロールするための自傷を繰り返すようになり,結果嗜癖にいたるとしている.

嗜癖とは,「ある習慣に対する耽溺」のことである.嗜癖は本人が望んでする事であり,その習慣を繰り返すうちに陶酔(快体験)をくりかえすことにより,習慣の維持そのものが目的となっていき,強迫的・反復的な考えが取り付き,コントロール不能に陥るため,利益にそぐわなくなっている状態を指す.(なだ,1998)

嗜癖は大きく3つに分けて考えることができる.第一番目は薬物や食物などの,物質を摂取することに関わるものを物質嗜癖と呼び,第2番目にギャンブルや買い物などの行為に関わるものを過程嗜癖と呼ぶ.第3番目は,人間関係嗜癖と呼ばれる.この人間関係嗜癖は,共依存と呼ばれる.

 

(2)自傷行為とコミュニケーション

自傷行動は,知的障害者の行動障害として異食,反芻嘔吐,常同,他傷などと共に広く認知されている一つであった.Rohaman&Haltman(1998)は,自傷行為はコミュニケーション障害であり,言葉を持たない発達障害者にとって相手との意思の疎通の不全による葛藤が自分の内面に向かうために自傷行為が表出するという事例をあげており,自傷行為をコミュニケーション手段として捉えている.たとえば言葉を持たない知的障害者にとっては,自分の意思を相手に伝えるという事,また相手の意思を理解すると言うことは非常に高度なスキルである.そのため,相手に自分の意思が伝えられず,もしくは理解できず,その葛藤が自分の内面に向かってしまい自傷行動という形で表出する.このように自傷行動を要求行動の一つとして捉えることが可能となるのである.

また,こうした自傷行為にいたる過程は発達障害者のみに見られるものではなく,Alderman(1997)は自傷行為の意味・機制のひとつとしてコミュニケーション手段としての自傷行為をあげている.また,服部・竹谷 (1993)らは,身体的救急外来を受診した56例のwrist cutterの検討の中で,自傷は「感情の非言語的表現である」としている.

こうした知見から自傷行為はコミュニケーション障害としても捉えることができ,発達障害ではない健常者においても,コミュニケーションスキルと自傷行為の関連性はあると考えられる.

 

(3)自傷行為とイメージ

自傷行為は一般的には否定的イメージを持つ言葉とされている.というのも,自分の体を故意に傷つける行為は社会的には逸脱行為とされているからである.

自傷行為を実行する理由として,柏田(1988)は, wrist cutter 23例の精神病理学的検討の中で,リストカットの動機に含まれる理由として,「開放的要因」「自己陶酔的要因」「他者操作的要因」の3つを挙げている.これらの理由はいずれも行為による結果,すなわちある種戦略的に自傷行為を用いる可能性を示唆しており,目的を達成する手段としての自傷行為,およびその一連の行動における肯定的イメージとの関連を示唆している.中村(2005)などにおける事例においても,自傷行為者のインタビューの中で,自傷行為に関する肯定的イメージとの関連を自傷者が語っている場面があるが,これに関する実証的研究は少ない.

 

Ⅱ.研究目的

本研究は自傷行為に至る要因に関する探索的な研究である.自傷行為の研究は病態,治療,自傷行為に至る要因の3つに分けることができるが,自傷行為に至る要因の量的な研究は少ない.

その中で,自傷行為に至る要因の解明のための示唆として,先行研究において言われている共依存,およびソーシャルスキルとの関連性が挙げられているが,これはほとんどが事例研究であり,サンプル数としては少ない.

であるので本研究はこれを量的研究として調査,分析することによって自傷行為とこれらの変数の関連性を明らかにし,自傷行為に至る要因に関する考察を行うというものである.

そのために,共依存と自傷行為,コミュニケーションスキルと自傷行為の関連性および自傷行為者と自傷行為に関して肯定的イメージの関連性を明らかにするとともに,それぞれの尺度のおける自傷行為者と未行為者の差異を明らかにすることによってそれぞれの尺度と自傷行為の関連性をより詳しく明らかにし,自傷行為に至る要因に関する探索的な研究を行うことを目的とする.

調査に関しては質問紙を使用し,被験者に関しては多数の先行研究の対象となっており,自傷行為者が比較的多いとされている19代後半から20代前半が多く,なおかつ質問項目に関して心理的に影響が少なく,かつ倫理的に問題のないとされる大学生男女300名を対象とした.

本研究は探索的な研究であるが,DSM-4の境界性人格障害の診断基準として,共依存と自傷行為がともにあげられているところからの,共依存と自傷行為の関連性の指摘,Rohaman&H・Haltman(1998)のいう「コミュニケーション手段としてのコミュニケーション障害」としての自傷行為の解釈および,Alderman(1997)による自傷行為の意味・機制のひとつとしてコミュニケーション手段としての自傷行為の解釈.また,服部・竹谷 (1993)らは,身体的救急外来を受診した56例のwrist cutterの検討の中で,自傷は「感情の非言語的表現である」としているところから,自傷行為とコミュニケーションスキルの関連性を示唆している.コミュニケーションスキルに関しては,対人関係を円滑に処理していく能力でありその中核的な要素はソーシャルスキルであると考えられる.対人関係の認知・調整イメージに関しては,柏田(1988)による, wrist cutter 23例の精神病理学的検討の中でのリストカットの動機に含まれる理由がいずれも行為による結果,すなわち戦略的に自傷行為を用いる可能性を示唆しており,目的を達成する手段としての自傷行為,およびその一連の行動における肯定的イメージとの関連を示唆がなされている.

こうした知見から以下の予測が成り立つ.

1 共依存,ソーシャルスキル,自傷行為に関する肯定的イメージそれぞれが,自傷行為の要因に関連があるだろう

2 自傷行為者と非自傷行為者の間で,自傷行為傾向,共依存,ソーシャルスキル,自傷行為に関する肯定的イメージの各尺度の得点は,自傷行為者のほうが高くなるだろう.

質問紙に関しては自傷行動の有無,種別を調査するための角丸(2004)が作成した自傷尺度,コミュニケーションスキルに関して,Goldstain(1980)が作成したソーシャルスキル尺度を使用する.共依存に関しては,四戸が作成した共依存尺度を使用し,イメージに関しては自傷行為に関するイメージ尺度を使用する.

 

Ⅲ.研究方法

1.被験者および調査方法

都内A大学の学生を対象に,2006年11月に講義の時間内を利用して質問紙調査を実施した.記入された質問紙はその場で回収された.計300名からの回答が得られ,その中から欠損値を含む質問紙を除外して計266名(男性76名,女性190名)を有効回答とした.

 

2.質問紙

①角丸(2004)が作成した自傷尺度

「切れ易そうな刃物があると試したくなる」「痛みは他の痛みでごまかせると思う」など17項目に,チェック項目として,「故意に自分の体を傷つけたことがある」という項目を加えたもの(Appendix1).

 

②Goldstain(1980)が作成したソーシャルスキル尺度

「なにか悪い事をしたとき謝る事ができる」

「自分の気持ちや感情をうまく相手に伝えることができる」など50項目(Appendix2)

 

③四戸(1997)が作成した共依存尺度

「他人は私に失望している」「私は一人になったとき寂しくてたまらない」など18項目(Appendix3)

 

④自傷行為に関するイメージ尺度18項目

イメージに関する特性形容詞対をSD法5段階で評定するもの.

「真面目な⇔不真面目な」「美しい⇔醜い」など18項目(Appendix4)

 

Ⅳ.結果

(1)自傷あり群と自傷なし群

まず,チェック項目として設定した自傷尺度の質問紙の18番目の項目である「自分の体を故意に傷つけたことがある」に「はい」をつけたものを自傷経験あり群,「いいえ」と答えたものを自傷経験無し群とした.有効回答は266名で,うち自傷高群65名,自傷低群は191名,「どちらでもない」と答えたものは10名であった.

 

(2)自傷尺度

自傷尺度に関しては,すべてが自傷的行為に関する質問であるが,その中でも18番目の質問項目が自傷行為経験を調査するチェック項目であったため,これを自傷高群と自傷低群に分けるために使用した.そのため,分析に関しては,18番目の質問項目を除いて分析を行った.

まず,項目を見るために,クロンバックのα係数を求めたところ,α=.87と高い数値が出たので,データをそのまま採用した.次に自傷項目を測る17項目の評定値をもとに主因子法・Promax回転による因子分析を行い, スクリープロットから,3因子構造が妥当であると判断した.その後,因子負荷量が十分でない5項目を除外した.

第1因子は因子を構成する質問項目が「火を見て触れてみたい衝動に駆られる」「切れ易そうな刃物があると試したくなる」など,火に関するものと,身体を傷つける可能性を示唆する質問項目であったため,危険行為衝動因子と名づけた.第2因子は,「ものにあたることがある」「イライラするとそこにあるものを殴ることがある」など,他者および物品への攻撃衝動を示す質問項目であるため,攻撃衝動因子と名づけた.第3因子は,「調子が悪くなると薬に頼ってしまいがちだ」「症状が重ければ,適量以上に薬を飲んでもいいと思う」など,薬物に関する項目が多かったため,薬物依存傾向因子と名づけた.各因子のα係数は,それぞれ,α=.74,α=.79,α=.51であった(Table6).



 

(3)共依存尺度

共依存傾向を測る18項目の評定値をもとに主因子法・Promax回転による因子分析を行った.スクリープロットから,3因子構造が妥当であると判断した.その後,因子負荷量が十分でない4項目を除外した.第1因子は,「他人は私を「物」のように扱う」「私はとても寂しい」など,対人関係における孤独感を感じている項目が多く含まれているので,孤独感因子とする.第2因子は,私は他人が自分のことをどう思ってるのかとても気になる」「人に頼まれたり,誘われたりしたとき,私ははっきりと断れない」など,対人関係においての他者からの評価の項目が多いので,他者評価因子とした.第3因子に関しては,「私は世話焼きだと言われることがある」「私は自分のことを二の次にして,家族や親しい人の世話をやく」など,相手の世話に関する項目が多いので援助欲求因子とした.各因子のα係数は,それぞれ,α=.80,α=.65,α=.63であった(Table7).



 

(4)ソーシャルスキル尺度

ソーシャルスキルを測る50項目の評定値をもとに主因子法・Promax回転による因子分析を行い,スクリープロットから,4因子構造が妥当であると判断した.その後,因子負荷量が十分でない13項目を除外した.第1因子は,「知るべきことは何であり,どのようにしてその情報を入手すべきかを理解している」「困難が予想される会話を行う前に,自分の意見をうまく伝えられるように準備することができる」など,社会行動における計画に関する項目が多く含まれているので,計画性因子とする.第2因子は,「自分の意見をはっきり述べて自分の権利を主張できる」「困ったときに人に助けを求めることができる」など,対人関係においての自己主張の評価の項目が多いので,自己主張因子とした.第3因子に関しては,「自分の気持ちや感情を理解しようとしている」「自分のものをあげれば相手が喜びそうなとき,それをあげることができる」など,他者の感情理解に関する項目が多いので感情理解因子とした.第4因子は「手がおえなくなる前に自分の感情をコントロールできる」「からかわれても冷静さを失わずに対処できる」など,問題を迅速に解決,もしくは回避するためのスキルに関する項目のため,問題対処因子とした.

各因子のα係数は,それぞれ,α=.89,α=.88,α=.83,α=.75であった(Table8).



 

(5)イメージ尺度

SD法により自傷行為に関するイメージを測る22項目の評定値をもとに主因子法・Promax回転による因子分析を行い,スクリープロットから,2因子構造が妥当であると判断した.その後,因子負荷量が十分でない9項目を除外した.第1因子を快・不快因子,第2因子を真面目・不真面目因子と名づけた.

各因子のα係数は,それぞれ,α=.87,α=.85であった(Table9).



 

(6)自傷の要因に関する分析

自傷尺度の因子である「危険行為衝動」,「攻撃衝動」,「薬物依存傾向」を基準変数とし,その他の因子を説明変数としたステップワイズ法による重回帰分析を行なった.

まず,「危険行為衝動」を基準変数に定めたとき,「共依存(孤独感)」「ソーシャルスキル(計画性)」において正の標準偏回帰係数が有意であり,「イメージ(真面目・不真面目)」「ソーシャルスキル(問題回避)」において負の標準偏回帰係数が有意であった(Table 10,Figure1 ).

次に,「攻撃衝動」を基準変数と定めたとき,「ソーシャルスキル(問題対処)」において負の標準偏回帰係数が有意で「共依存(援助欲求)」において,正の標準偏回帰係数が有意であった(Table11, Figure2 ).

また,「薬物依存傾向」を基準変数と定めたとき,「ソーシャルスキル(自己主張)」「共依存(孤独感)」において正の標準偏回帰係数が有意であり,「ソーシャルスキル(問題対処)」において,負の標準偏回帰係数が有意であった(Table12 Figure3 ).





Figure1



 







 

(7)自傷経験あり群・なし群に関する分析

次に各因子において,自傷高群と低群においてt検定を行ったところ,次のような結果になった(Table13).



自傷高群と低群の2群について,共依存尺度では孤独感因子に関しては0.1%水準で有意差が認められ(t(254)=-5.68,p<.001),他者評価因子に関しては1%水準で有意差が認められた(t(254)=-2.7,p<.01).

自傷尺度では危険行為衝動因子(t(254)=-8.7,p<.001)と攻撃衝動因子(t(254)=-3.6,p<.001)において,0.1%水準で有意差が認められ,ソーシャルスキル尺度では問題対処において,5%水準で有意差が認められ(t(254)=2.24,p<.05),自己主張因子に関しても有意傾向が認められた(t(254)=1.87,p<.1).イメージ尺度においては快・不快因子に5%水準で有意差が見られた(t(254)=-2.47,p<.05) ,真面目・不真面目因子に1%水準で有意差が見られた(t(254)=-3.00,p<.01).

 

Ⅴ.考察


本研究は自傷行為に至る要因に関する研究であり,先行研究であげられている,共依存,ソーシャルスキル,自傷行為に関する肯定的イメージといった要素が自傷行為の原因としてどのように関わっているかを検討する研究である.

 

1.自傷行為者と非行為者の数について

有効回答数266名のうち自傷行為をしている者が65名いるが,これは山口ら(2004)の6.9%,岡田(2004)の約10%,角丸(2003)の19.4%に比べ,約25%と比率が高くなっている.これは先行研究の直接刃物などで自分の体を傷つけたかを問う質問に比べ,「あなたは故意に自分の体を傷つけたことがありますか?」という比較的抽象レベルの高い質問項目を使用したことが理由になっていると考えられる.

先行研究と同じ年代の被験者を対象としているにもかかわらず,質問項目の変化によって,経験者の数値にばらつきができている結果より,潜在的な自傷行為者の数はより多数にわたると考えられる.

また,質問項目の変化によって自傷行為の有無に対して答えやすさが異なり,その結果として自傷行為者の数にばらつきが起きるのであれば,自傷の経験を問う質問項目についての,何らかの考慮が必要であるとも考えられる.

 

2.自傷行為の要因に関する研究

重回帰分析の結果を見ると,まず自傷行為尺度において,危険行為衝動因子の要因となっているものは,孤独感因子,真面目・不真面目因子,問題対処因子である.

これは孤独感が高く,自傷行為に関して真面目なイメージを持ち,なおかつトラブルの対処能力が少ないと,危険な行為を行うという事である.

自傷行為の第1因子である危険行為衝動は,孤独感が強い人で,対人距離を縮めようとするが,ソーシャルスキルが不得意であるため,適切な対人関係が築けず,なおかつ自傷行為に肯定的なイメージを持っているため,危険行為衝動が起きると考えられる.

次に第2因子である攻撃衝動因子の要因となっているものは,問題回避と援助欲求であり,他者に干渉したい気持ちが強く,なおかつ適切な問題対処能力が低いと,攻撃衝動的な行為をしやすいと考えられる.

第3因子の薬物依存傾向に関しては,R=0.083と,数値が低くなっているため,信頼性に問題があると言わざるをえないが,自己主張,孤独感が強く,問題回避能力が弱いと,薬物依存傾向が高くなるといえる.

これは,孤独感が強く,自己主張も強いが,問題回避能力に乏しいと,薬に頼りがちであるという事がいえる.

このことから,自傷行為の要因すべての要素にソーシャルスキルの問題対処因子が関わっている事から,問題対処能力が自傷行為の発生要因と大きく関連があると考えられる.

問題対処能力はトラブルが起きたときにそれを迅速に対処するためのスキルであり,自傷行為者はその目的要求に対してコミュニケーション手段を持たないと,他者にその要求を伝えられないために,不満や苛立ちが自傷行動に固着することで情緒を発散し,その欲求を強烈に他者に主張している,ということが考えられる.

またこれは,人間関係がうまく行かないフラストレーション,なんともならない気持ちの悪さ,そういった,外に本来発散されるべきものが自分に帰ってきていると考える事もできる.

また,共依存の孤独感因子が,自傷行為の危険行為衝動因子,薬物依存傾向因子,に関わっている事から,孤独感も自傷行為に関して大きく関連があると考えられる.

孤独感はDSM-4による境界性人格障害の診断基準の一つとなっており,また自傷行為も診断基準の一つとなっている.これは自傷行為の要因が境界性人格障害の症状である他者への基本的信頼感の不全』,『自我アイデンティティの拡散』『『癒し難い孤独感と虚無感』と関連があることを示しているといえる.

自傷行為のイメージ尺度において,真面目・不真面目因子にのみ関連性があるが,これは牛島(2004)の自傷行為者は真面目な人物が多いという見解とも一致している.

牛島(2004)によれば,自傷行為は一般的に共感不能な抵抗のあるものとして認識されて,強い逸脱行動とされているが,事例から考えるならば,実際に自傷行為を行うものは真面目な人物像に当てはまる人々に多いとしている.

自傷行為の要因に関して,自傷行為の肯定的イメージ尺度の快・不快因子と,共依存尺度の他者評価因子,およびソーシャルスキル尺度の感情理解因子が除外されており,これらの因子は自傷行為の要因とは関連性が薄いといえる.

 

3.自傷高群・低群に関する分析

次に各因子において,自傷高群と低群においてt検定を行った結果,共依存,ソーシャルスキル,イメージのそれぞれの因子に有意差が見られた.

共依存と自傷行為の関連であるが,自傷高群は低群に比べてどの因子についても平均値が高い.t検定の結果でも援助欲求因子を除いて有意差がでていることから,自傷高群は低群に比べて共依存傾向が高いといえるだろう.

各因子について見ていくと,自傷高群は低群に比べて孤独感因子の結果から,自己評価が低めであり,未経験者に比べ強く孤独感を感じているということができる.また,他者評価の結果から他人の視線や評価を気にしすぎる傾向があるといえる.

この結果は自傷経験者は未経験者に比べて,自己評価が低く,孤独を感じやすく,ゆえに他者の評価を自分の価値基準とし,孤独感から他人から嫌われないように他者の視線を気にし,顔色を疑う傾向があるということを意味している.これはDSM-4における境界性人格障害の診断基準にそうものであり,自傷の原因として認められたい願望が自傷経験者が未経験者に比べて強いということを示唆している.

次にソーシャルスキルと自傷行為の関連であるが,ソーシャルスキルに関しては,自傷高群は低群に比べてどの因子についても平均値が低い.このことから,自傷経験者は未経験者に比べ,ソーシャルスキルが成熟しておらず,適切な対人関係がとりづらいという事が言えるだろう.

各因子について見ていくと,自傷高群は低群に比べて問題対処因子の結果から,問題が起きる前に物事を対処したり,他人とのトラブルを避ける能力が低く,自己主張因子の結果から適切な自己主張がしづらいということが明らかになった.

これは,自傷経験者は自己主張をする事に抵抗があり,そのため適切な社会行動をとることができず,Rohman(1994)のいう「コミュニケーション手段としてのコミュニケーション障害」である自傷行為を選択するというメカニズムを示唆している.

また,自傷行為者にとって,自分の意思を相手に伝えるという事,また相手の意思を理解すると言うことは非常に高度なスキルであるため,そのため相手に自分の意思が伝えられず,もしくは理解できず,その葛藤が自分の内面に向かってしまい自傷行動という形で表出している場合である.つまり自傷行動を要求行動の一つとして捉えるという考え方も可能であろう.

最後に自傷行為とイメージに関してであるが,どちらも自傷高群のほうが低群よりも肯定的なイメージを持っていることが明らかになった.

つまり自傷行為者は自傷行為に関して,ポジティブで真面目なイメージを持っているという事が明らかとなった.

それぞれの結果から自傷行為者のパーソナリティについて考察すると,自傷行為の経験者は孤独感が強く閉鎖的で人間不信の傾向があり,他人の目を気にしてしまう事で対人緊張が生まれ,自己表明が苦手でコミュニケーションが上手くできない傾向があること.また自傷行為について肯定的で誠実なイメージを持っていると考えられる.

 

4.全体考察

以上の点から自傷行為に関して共依存,ソーシャルスキル,自傷行為に関する肯定的イメージが関連があると考えられる.

また,これらの3つの要素について,自傷行為者と自傷未行為者の間には明確な差異があることも明らかになった.

この結果より, 共依存,ソーシャルスキル,自傷行為に関する肯定的イメージそれぞれが,自傷行為の要因に関連があるだろうという予測1,および自傷行為者と非自傷行為者の間で,自傷行為傾向,共依存,ソーシャルスキル,自傷行為に関する肯定的イメージそれぞれに有意な差が見られるだろうという予測2は証明されたといってもいいだろう.

ただし,各因子において,t検定で明確に有意差が出ているにもかかわらず,重回帰分析において結果がやや弱くなっている.

これは,各尺度の因子は自傷行為の要因をすべて説明しているわけではないと考えざるを得ないだろう.

むしろ共依存,ソーシャルスキル,肯定的イメージの3つの要素が自傷行為に至る要因としても存在するが,むしろ自傷行為を経験したことによって,これらの要素が強調,あるいは増幅されている可能性を示唆している.

特に自傷に関する肯定的イメージに関してこの傾向は顕著であり,自傷行為に至る要因として,自傷行為の肯定的イメージ因子の一つである快・不快因子はまったく関連がないが,t検定の結果では自傷高群と低群で有意差が出ている事からも明らかである.

このことは,重回帰分析において,除外された共依存の因子の一つである他者評価因子に関しても同様であると考えられる.

各因子を自傷行為者の特徴として考えるならば,自傷行為を行う事により,ソーシャルスキルの問題,および共依存といった対人関係における問題が発生すると考えられ,,自傷に関する肯定的イメージという点に関しても,コミュニケーション手段としてのコミュニケーション障害という観点で考えれば,自傷行為を有用なコミュニケーション手段として考え,実行することにより肯定的イメージをもつと考えられる.

しかしながら,共依存,ソーシャルスキル,自傷行為に関する肯定的イメージが自傷行為の一端を担っている事は事実である.本研究の結果から考察するならば,自傷行為の原因は対人関係の問題,葛藤であると考えられるが,自傷行為の根本的原因を対人関係においてしまえば,これを根絶する事は不可能である.なぜならば人間は社会的動物であり,対人関係の問題を避けて通ることはできない.

また,自傷行為が起きる原因となっている対人関係における問題や葛藤などを根絶することもまた不可能であろう.であるならば,対人関係の問題のみを原因と考えてしまえば,自傷行為はこれからも行われていくであろうし,これを根絶することも難しいといわざるを得ない.

しかしながら,対人葛藤や共依存傾向を持つすべての人々が一様に自傷行為を行うわけではないし,対人関係の問題に直面した人々がすべて自傷行為にいたるわけではない.

前述したように,自傷行為において共依存傾向も,ソーシャルスキルの問題も自傷行為に関する肯定的イメージもそのすべてが要因ではあるものの,どちらかといえば自傷行為者が自傷行為を行うことによってこれらの要素が強化されていく傾向のほうが強く,これらの要素によって,自傷行為にいたる要因をすべて説明できるとはいえない.

ただし,これらの要素が自傷行為に強く関連があることは確かであるし,共依存傾向,ソーシャルスキルの問題,および自傷行為に関する肯定的イメージの強さといった各尺度が,自傷行為者を発見するためには有用であると考えることはできるだろう.

また,有効回答数266に対して,65名もの自傷行為者がいたという事実は,自傷行為は一般に問題行動であり,異常行動であるという認識に反して,潜在的な自傷行為者について考慮するならば,一般的な健常者においても自傷行為が起きる可能性は十分にあり,また表面に出てきている自傷行為者たちは自傷行為者という大きな氷山のほんの頂上部分だとも考えられる.

このように自傷行為自体が衝撃的な行動であるため,特殊に扱われがちであるが,本研究の結果から推測できるように,自傷行為は誰にでも起きる可能性がある行為であるといえる.

こうした現状を考慮すれば,顕在化する自傷行為者の数が大きくなっていくことは脅威であるし,また,潜在的な自傷行為者の部分においても自傷という単語が既知のものとなりつつある昨今,より増加していくであろう.

自傷行為に関する認知が高まり,自傷行為が健常者も普通に行う行為であるという認識が一般に広まれば,当然の結果として,健常者の間に自傷行為が蔓延する可能性は高くなると言わざるを得ないだろう.

 

5.今後の課題

本研究において,共依存,ソーシャルスキル,自傷行為に関する肯定的イメージの3つの変数を使い自傷行為に至る要因に関して探索的な研究を行い,自傷行為の要因に関していくつかの示唆をする事ができたが, 同時に重回帰分析のRの値などの問題も存在し,本研究では自傷行為に至る要因を完全に解明しているとはいえない.

であるため,自傷行為に至る要因をより精密に解明していくためには,別の変数の導入も検討する必要があると考えられる.

そのため,更なる研究が必要となってくるが,自傷行為に関する要因に関するひとつの示唆として,親子関係の問題が挙げられる.

1970年代に自傷行為という言葉が作られ,研究を続けていく中で,自傷行為はフロイトに関係する精神分析の解釈が用いられることが多かった.現在ではさほど有力視されていないが,精神分析的な解釈による自傷行為と親子関係の関連性へのアプローチは依然として存在する.また,親子関係の問題と自傷行為との関連として,自傷行為をする者の多くは,人生のどこかの時点で,自己を徹底的に否定されるような経験を持っており,そしてその経験の要因として幼少期に何らかの虐待を受けていることが多いというHareman(1999)による指摘もある.

実際に,鹿児島大学が2006年1月に発表した,九州の5大学に通う1~2年生1626人を対象にした調査において,回答者1592人(男性831人,女性761人)のうち,自傷行為の経験者は120人(7.5%)であり,「家族からの放任や罵倒などを経験した」と答えた人が自傷行為をする危険性は,そうでない人の8.7倍,「第三者からの性的暴力を受けた」が5.8倍,「教師や友人からの無視を経験した」が5.5倍,「両親からかわいがられた経験がない」が4.2倍であり,親子関係と自傷行為の関連についての可能性が示唆されている.

こうした結果から共依存傾向,ソーシャルスキルの問題に関しても親子関係の不全が原因になっている可能性は否定できないといえるだろう.

であるので,本研究において自傷行為者と未行為者において,共依存,ソーシャルスキル,自傷に関する肯定的イメージにおいて明確な差が見られたという原因は,そもそも親子関係に帰属する可能性を示唆しており,自傷行為にいたる要因を解明するためにはより研究をする事が必要であると考えられる.

このように,自傷行為に至る要因には,まださまざまな変数が考えられ,これからも自傷行為に至る要因に関する研究は引き続き行われていく必要があると考えられる.

また自傷行為そのものを減少させることと同時に予備軍を減少させていく必要があるため,原因とともに自傷行為についての一般化された統一的発症メカニズムや統一された治療論が存在しているわけではない現状において,自傷行為に関する対応に関しての研究の必要性もあると考えられる.

(2007年1月12日)

 

参考・引用文献


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【執筆者】
鏡 元 さん

【プロフィール】
臨床心理士・国家資格キャリアコンサルタント。

本名 鏡 元(かがみ げん)。通称みらー。

大学院終了後、専門学校の非常勤講師および、高校のスクールカウンセラーを勤め、同時期に教育機関での心理相談員および不登校対策事業の心理相談担当を歴任。

現在は活動領域を青年期支援に移し、若者の就労支援を中心にさまざま分野で働いています。

年間カウンセリングは1000件以上。

「メンヘラ」と一般に言われる、生きづらさを抱えた人たちの相談支援が関心領域。

twitter : @gen_kagami


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