首吊り自殺でICUに入ってから、なんとか落ち着いた生活を取り戻すまで

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2018年2月24日、私は首を吊った。

いつものようにInstagramに投稿するための写真を撮り、いつものように友達の家へ遊びに行き、その帰りのいつも通る道に面した公園で、あらかじめ用意していた頓服用の薬をODして、あらかじめ用意していたひもを何重にもして、鉄棒に括り付け座るように首を吊った。

なぜ私は首を吊ったのか。

あの日を忘れないためにも今更だが綴り残しておきたいと思う。

 

私は就職しているであろう同期に紛れ、典型的なメンヘラニートちゃんを4年程続けていた。私の病気、障害は統合失調感情障害、発達障害、摂食障害、醜形恐怖である。

統合失調感情障害とはあまり聞くことが無い病名であろうから一応簡単に説明しておきたいと思う。簡潔にまとめると統合失調症と躁鬱病が合わさった病気である。私の場合は、幻聴と他人の心の声がわかってしまうというエスパーだという妄想と典型的な躁鬱であった。

今は大学病院に通っており、薬も病状に合って落ち着いているが、その前はリストカット、アームカット、レッグカット、OD、過食嘔吐、精神障害者が1度は体験するかもしれないことは何でもやっていた。

このコラムの首吊りの前にも電車飛び込みで電車を止めたり、飛び降り未遂、夜中に病院の前で喚いたりして警察のお世話になることも多々あった。初めて行った就労移行支援では職員との問題や施設での自傷行為等で出禁を喰らったり、その後のデイケアでも同じ理由で再度出禁を喰らい、様々な施設や病院を転々としていた。

家族にも多大な迷惑を掛けていたであろうし、現在進行形で掛け続けている。

それもそうだ、就職もせずに精神科に入院したり出たと思ったら家で暴れたり過食嘔吐で家計をひっ迫させたりと、とにかく今の様に落ち着くまでは本当にとんでもない娘だったと思う(今でもそうなのかもしれないが)。

そして話を戻すがなぜ首を吊ったのかというと、今にして思うと私の被害妄想と家族の疲弊が折り重なった結果だったのだと思う。上記の様にやらかしたい放題の私に疲弊した母がある日ポロリとこう言った「みんな迷惑してるのよ」と。たったそれだけ、たったそれだけである。その言葉が病状が不安定極まっていた私には深々と突き刺さった。

ピアス、派手髪、タトゥーと見た目だけはと強さをアピールし、自分の精神の防御力を仮初めに固めていた私であったがやはり家族の本音はそれを上回る強さであった。

そして私はこうも思った、

「私が頼りにしている人もそう思っているのかもしれない」と。

その日、私はいつものようにおしゃれをし、友達の家へ行き友達に尋ねてみることにした。被害妄想という服を着たまま。

「私って迷惑?」

友達はこう言った、勿論こう言った。

「迷惑なんかじゃないよ」と。

あの日の私は被害妄想という服を着たバカだった。だからこう思った。

本音なんて言う訳無いじゃんか(笑)

迷惑なんだ(笑)

やっぱりそうだったんだ、と。

心身共にボロボロだった私はこうして被害妄想という重い服を着たまま、その重さで身体は重力に反せず、鉄棒にぶら下がった。

目が覚めると何かの医療ドラマで聞いたような真っ白な天井が拡がっていた。

ぼんやりとした重い頭でゆっくりと横を向くと両親が座っていた。意識が戻った私が最初に思ったことは(まずい、タトゥーいれたのバレた…。)であった。ODの影響なのか脳に酸素がいかなかったことが原因なのかはわからないが、呑気にも最初に思ったのはそんなことであった。次に感じたのは尿意であった。だから私は身体をむくりと起こし白衣を着た男性に「トイレに行きたい」と何度も何度も言った。しかし男性は許してはくれず、横になってくださいとしか繰り返さなかった。仕方がないので男性の言う通りに横になり、眠気が襲ってきたので横になることにした。

そして再び目が覚めると私はICUに居た。

私は混乱した。ナースさんであろう人が何かを言っていたが、目覚めた私が最初に思ったのは(ヤバい、友達からLINEがきてるかも)であった。頭が回っていなかったのだと思う、本当にそんなことを思ったのである。そしてなんとかごり押しでスマホを手にいれ、友達からのLINEを確認した。やはり友達は何かあったのだと心配し、何回か連絡をいれてきていた。私はなんと返したらいいのかわからず後日謝罪しに行こうと思った。

そして次に感じたのは、空腹感であった。あれ程死のうと思っていたのにやはり人間も動物である、生理現象には勝てないのである。しかし身動きもとれず遅い時間であった為、食事などでるはずも無く、ナースさんは寝ていてくださいとというばかりであった。しょうがないので再び眠りにつく他なかった…。

そんなこんなで朝になり、ナースさんにICUはいつ頃出れるのか聞いてみるとお医者様が様子を診て大丈夫であったらとのことであったので、出たくて出たくてたまらなかった私は早く来い早く来いとうずうずしていた。

しかし一向にお医者様は来ず、迎えに来ない両親にも苛立ちがつのり何度もLINEを送っていた。しかもその日のうちに買い物に出かけたくなるという始末である。本当に頭がどうかしていたのだと思う。

こうして待ち続け昼食を過ぎた頃、ようやくお医者様がみえ診察してもらい大丈夫そうだということで退院出来るようになった。なんと首を吊ってICUに入った翌日に退院である、なんというせっかちなメンヘラであろうか(苦笑)。

何時間か待って両親が迎えに来た。両親になんと言われるか心配していたが予想に反し両親は何も言わなかった。というより言えなかったのであろう、娘が自殺未遂でICUに入ったのだ、絶句するしかなかったのだろう。

家に帰宅し出かけようとすると両親に当たり前だが止められた、どこにも行かせてもらえない私はふてくされて自室でふて寝することにした。明日こそ出かけてやろうと。

だがこれからが地獄であった。

首を吊った影響が身体中に出てきたのだ。

まず強烈な頭痛、ロキソニンを飲んでも飲んでも痛みは収まることを知らず一日中ベッドで苦しむことになった。勿論出かけるなんてもはや頭に浮かぶことなどなかった。後頭部を殴られたような頭痛がずっと続くのだ。

次に何故か下半身に内出血の後が出て、脚が紫色に変色していた。これは原因がわからず、首を座って吊った所為なのかはたまた救急隊員の方が私を運ぶ途中ぶつけたのかわからなかったが謎の痛みで歩くのが困難になった。

最後に腕が上がらなくなった。これは脳に影響が出た所為かと思われる、腕が肩より上に上がらなくなり、着替え等で悪戦苦闘することになる。これはしばらくの間続き、今も少し怪しい状態が続いている。

しかし、幸いにも半身不随等にはならずそこは心から良かったと思う。半身不随にでもなったりしたら更に家族に迷惑を掛けることになるからだ。

 

以上で私の首吊りICU行きの体験談は終了となりますが、私はこれに懲りず今でもリストカット、アームカット、OD、過食嘔吐を続けてしまっています。最近やらかしたことでは手の甲をズバズバ切ったりしてしまいました。

しかもそのうえ、未だにICUの入院費用を払いきれずにいます。世の中金なのです。

ですが最近は替えた病院のお医者様が合っているのか薬があっているのかで病状が安定しており、新しく通い始めた就労移行にもコンスタントに通い続けることも出来、お仕事に就けるかもしれないという状態にまで持ち直すことが出来ました。

まだまだ自傷行為、OD、過食嘔吐、醜形恐怖に悩まされている毎日ですが、楽しく生きております。

私は欲しいものが手に入らないと気に入らない質なので、これからも貪欲に生きていきたい所存であります。細き道を行け、を胸に明日も明後日も無理なく過ごし続けてやろうと思っております。

これにて、了‼‼


【執筆者】

しょうゆ@病み垢
【プロフィール】

統合失調感情障害/発達障害/摂食障害/醜形恐怖/精神2級
甘いもの・Anna Sui・サンリオが好きな典型的なメンヘラ
就労移行支援に通い中、安定してきておりますっ!


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