実家と絶縁した末の弟

体験談 家族 毒親 かぼちゃ

平成最後の年末年始は、私にとって最悪のものだった。

私には弟が二人いる。今、私たち兄弟3人はそれぞれ実家を離れおのおの別の場所で一人暮らしをしている。一人暮らしで年末といえば、帰省である。

私はしこたま雪が降るあの地元が好きではないし、直近の誕生日に親が私に対して「育て方を間違って申し訳ない」という手紙を寄越したこと[↓]がずっと心に引っ掛かっており、親に会いたくなかったので、帰省せず一人でゆっくりしたいと本心では思っていた。

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しかし、帰省は子としての義務であるとの思いを掻き消せず、結局いつもと同じように帰省してしまった。実家に帰ればなんだかんだ、両親と二人の弟がいて、文句を言いながら雪かきをして、紅白歌合戦を見て、初詣をして、箱根駅伝を見るような、普通の家族の風景が広がっているのだろうと、高を括っていた。

「〇〇(末の弟)は、この家と縁を切るそうだ」

末の弟が帰って来ないまま迎えた大晦日。父は家族にそう告げた。

「〇〇は、今度の誕生日で二十歳になったら、大学も辞めて引っ越して、もう一切、ウチと連絡は取りたくないと。俺は、親として至らないところがあったと、今は反省していると伝えたけど、『お前とは人生観が180度違う。これ以上、俺の人生に干渉するな』と激怒されたよ。」

自らを憐れむように語る父の声。その声が何度も何度も頭のなかで反響した。その不快な声色を遮りたくて、紅白も見ずに自室の布団に潜り込んだ。

末の弟は、大学に入ってすぐに不登校になっていた。両親はもともと「不登校」や「ニート」や「引きこもり」のような「やるべきことをしていない人たち」を忌み嫌っていた。私の知人で鬱で不登校ぎみだが社会との繋がりを保つためにバイトやサークルにはなるべく顔を出していた人のことを「学生の本分を放棄しながら遊んでばかりいるなんて許されない。学費を払ってくれる親に申し訳ないと思わないのか。とんでもない人間だ」と評していた。

また私が数年前から進路の問題などもあって不眠症になり体力が持たないから昼寝ばかりし引きこもりになりかけた時期も、「夜遅くまで勉強したり働いたりしているわけでもないのに日中寝てばかりいて、それで夜に眠れず苦しいと言われても何がつらいのか理解できない」と言い放つような人たちであった。ところが、自分達の息子が「そうなった」途端に手のひらを返した。

「大学なんて、卒業できなくてもいい」
「バイトをしながら、創作活動をしているようだ。やりたいことがあるなら良かった」
「生きていてくれさえすればいい」
「お前にも手紙を書いたけど、やっぱり親として未熟だった」
「お前たちをしっかり育ててやれなくて、本当に申し訳ない」

私は父がそう語るのを聞いたとき、本当に笑い出しそうだった。不登校や引きこもりの人間への態度は(少なくとも表面上は)改めたようだけど、私が不眠症になったときとは態度が違いすぎるじゃないか。あのときはずいぶん辛辣だったけど、そのことについて謝罪は特になかった。

父は「反省している」「申し訳ない」と繰り返すわりに、その内容は思慮が浅くて一貫性がないような気がする。彼は一体何を「反省」しているのだろうか。両親が私の心に築いてきた不信感はむしろ今回の件で増幅した。また、親は心から謝罪がしたいのではなく、赦しを乞うているだけなのではないか、という疑念も払拭できなかった。

人生最悪の大晦日の夜、布団のなかで笑いと涙を堪えながら、震える指先でスマホを操作し、親に「〇〇(末の弟)の気持ちが手に取るように分かる。私にももう干渉するな。」とメールを送った。そして目を瞑って弟の人生に思いを馳せると、涙がこぼれた。

親に人生を壊された弟。家族と縁を切ると決めた弟。たった一人で生きていくと決めた19歳の弟。おそらくもう会えない弟。取り残された私。親を憎みながらも依存し続けた私。自立は無理だと逃げ続けた私。一緒に育ったはずの弟。生まれた日のことも覚えている。ベビーベッドで眠っていた弟。私のお下がりを着て女の子と間違えられた弟。食パンが大好きでおやつもごはんも食パンだった弟。部活を始めて急に逞しくなった弟。私の引っ越しを手伝ってくれた弟。同じ家に生まれて、一緒に遊んで、喧嘩をして、それでももう二度と会えない弟。それとも、私も何か嫌なことしてたのかな、弟よ。考え出すと、悲しみや寂しさ、無力感や情けなさといった負の感情がぐちゃぐちゃに混ざりあって、涙が溢れて止まらなかった。雪国の寝室は寒く、涙の跡で枕がひんやりとした。

翌朝、何事もなかったかのように親から「あけましておめでとう」と挨拶をされて、私も挨拶を返して「例年どおり」の正月が始まった。

私は新幹線の指定席を予約してしまっていたので、箱根駅伝が終わるくらいまで、家族ごっこをして過ごすはめになった。お母さんの料理はいつも美味しいなあ。正月のテレビはいつもつまらないなあ。親戚のあの子は大きくなったなあ。私たちは今、ごく普通のお正月を過ごしています。思うところなんて何もありませんよ。大好きな家族とともに、貴重で幸せな時間を過ごしていますよ。ええ、本当に。そういう態度で数日過ごした。

一人暮らしのアパートに帰りついたとき、自分でもびっくりするほど疲弊していて、寝ていたら二日くらい過ぎていた。もう二度とあの家には帰りたくないと思った。



【執筆者】
かぼちゃ さん

【プロフィール】
研究を放棄した大学院生

ツイッター : @akinokabocha


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