母子家庭・中学不登校・高校入学後3日で休学・発達障害の僕がWEBエンジニアになるまで。

体験談 就労 松浦君は、そう言った。

これは自分語り。そういうのが嫌いなあなたは、この記事を閉じて。

読んでくれてありがとう。

題名の通り、今から僕の現在までのおおまかな経歴を話す。

そして、あなたに伝えたいことを伝える。

では、僕の経歴から。

中学時代、社会の教師からのいじめが原因で2年生の6月頃から不登校になり、個別指導の塾と適応教室(フリースクール)に通う。同級生の親からの執拗な宗教勧誘に合い、極度の人間不信になる。中学校の卒業アルバムを包丁で切り刻み、破り棄てて、中学校を卒業。

全日制の高校に進学するも3日で行かなくなり、約1年間の休学。休学中に心療内科に通う。そこで偶然にも発達障害(アスペルガー症候群/ギフテッド2E)と診断される。その自分を受け入れられず、承認欲求が強くなり、引きこもりながら、まとめサイトやネット配信を始める。今はネット配信はしていない。まとめサイトをしながら、あらゆる本を読み始め、書き殴った『ランゲージ』という詩が野田宇太郎という詩人の賞を受賞。言葉の大切さを知り、少しだけ自信が付く。

休学後、通信制の高校に編入するが、半年間は心の治療に専念した。エビリファイ(抗精神病薬)を飲んで、ご飯を食べて、オナニーして、自殺未遂して、週一のギター教室に通って、心療内科医が紹介してくれた発達障害支援センターで自分のことをたくさん話して、生きてた。その期間中を簡単に言うと、半引きこもり生活。半引きこもり生活を送りながら、漫画のネーム原作を15作品ぐらい書き殴り、ネーム原作賞に投稿するが、受賞に至らず。しかし、並行して続けていたまとめサイトのまとめが同時多発的にバズり、月間PV数が90万回に。現在は10万~20万程度。かなり自信がつく。人と関わらなくてもお金は稼げることに気づく。

自殺願望が無くなり、通信制の高校に通い始め、家庭教師を使いながら大学進学を志すも、当時は大学中退の未来しか想像できなかったため、大学進学ではなく、高卒程度の一般教養を身に着けるために勉強し始める。漢検や英検をとり、また自信が付く。卒業間際に中学の頃の唯一の友達とTwitterを通して5年ぶりに再会し、友達の大切さを思い出す。計4年間で通信制高校を卒業。

20歳でWEBクリエイターを志し、地元の専門学校に入学。制作実習などを通して、同じブロガーが好きな友達ができ、友達の有難さを思い知る。調子に乗って「根暗なのに陽キャラ」なふりをして、先輩とめちゃくちゃ絡んだり、同期とのLINEグループを作ったりして、人づき合いを学ぶ。1年次の8月から高級料亭で、12月から映像制作会社でバイトを始めて、人と関わってお金を稼ぐことの大切さに気付く。人と関わることが楽しくなり、サークルの副代表になったり、彼女が出来たり、WEB業界の勉強会などに率先して参加するようになる。「根暗なのに陽キャラ」という矛盾ともいえるキャラクター造形が自分自身に合っていることに気づき、アイデンティティが確立。自分を受け入れ、フットワークがすこぶる軽くなり、生きることが楽しくなる。

21歳。就活アプリを使って就活をし始めて、東京・大阪の会社を一社ずつ受けるも不合格。県内の企業を一社だけ受け、面接の日に即採用される。僕の内定先の会社には専門学校の同期は不合格で、僕だけが合格した。まとめサイトをしていたことが決め手になったのかは分からないが、恐らく、それも評価の対象だったはず。

3月、専門学校卒業。
22歳。WEBエンジニアとして働き出す。死なずに生きている。

以上が大まかな経歴。

ここで、僕があなたに伝えたいことが4つある。

1つ目。
「死にたい期間を終わらせるためには生きないといけない」ということ。
僕の場合「中学時代に社会の教師からのいじめ・同級生の親からの執拗な宗教勧誘・発達障害と診断」という自分の人生がすべて崩れてしまう大きな不幸を体験した。けど、僕は今が楽しい。死にたかった期間を乗り越えて、死にたくなくなった。確かに自殺未遂はしたけれど、そこで死んでいなくてよかったと思う。

2つ目。
誰かが作ってくれたきっかけを無駄にしないこと。
僕が、ここまで立ち直れたのは、母がきっかけを作ってくれたから。心療内科に通えたのも、本が買えたのも、目の前にパソコンがあるのも、ギター教室に通えていたのも、すべては、僕を受け入れ、きっかけを作ってくれた母のおかげであり、そのきっかけを元に僕と関わってくれた大人たちのおかげ。例え不登校でも、引きこもりでも、きっかけは誰かが作ってくれる可能性がある。そのきっかけを使って、どう行動するかは自分次第。

3つ目。
行動の全ては繋がっているということ。
今、不登校だったり、引きこもりの人達が密かに行動していることが社会復帰に繋がる可能性があると伝えたい。例えば、絵を書くことがグラフィックデザイナーに繋がったり、Twitterをするということがウェブライターに繋がったり。僕の場合だと、まとめサイトをしたり、配信をしたり、詩を書いたり、ネーム原作を描くということが、ウェブ業界でいうところのSEO対策、LT、ウェブライティング、フレームワークに繋がった。それらは、物語でいうところの伏線回収なのかもしれない。

最後に。

ここまで読んでくれてありがとう。
あなたも死なずに生きているんだね。
僕はウェブ業界で生きているよ。
あなたもどうか生きて。



【執筆者】
松浦君は、そう言った。 さん

【プロフィール】
専門卒のWEBエンジニア。看護師の母子家庭で育つ。父は医者だが、面識はない。中学不登校、高校入学後3日で休学。「校庭に草がない」という名前でnaverまとめで活動中。

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