脳内言語と思考の多動

コラム あいもこ

こんにちは、2回目の投稿です。

今回は僕の「脳内言語と思考の多動」の話をしようと思います。

本を探したり、ネットで検索しても、僕の経験した事象について詳しい事が見つけられなかったので、とりあえず自分の事を書いてみます。

同じような出来事が頭の中で起こっている、そして困ってるかもしれない誰かの参考になれば幸いです。



僕は昔から頭の中で様々な事を考え、シミュレートし、試行錯誤を繰り返してきた。

その時に使うのは主に日本語ではない。説明が難しいが、端的に言うと脳内言語である。

日本語の文章を組み立てなくても、目にした・思い浮かべた一つの単語や事象から言語を圧縮して省略した全体図を起こす。

例えば「音楽ゲーム」を説明しようとしても「どのようなものであるか」という全体図が真っ先にできあがってしまい、どこから言語化(脳内言語の翻訳)をすればいいのか分からない。

それは日常生活に割と支障をきたしていて、仕事中だとか家族との会話だとかわ主治医との会話なんかで、何がどうしてどうなってるか、という形のある会話が非常に困難でいる。

前提として脳内言語で全体図を書き起こすので、外から説明(インプット)されれば覚えるのは割と早い。しかし、インプットされた事をアウトプットするのが極端に難しい。

それが思考の多動とどう繋がっているかと言うと、言語が脳内言語として圧縮されてるばかりに、いくらでも何時間でも考える事ができてしまうのだ。

元の日本語であるという、最も容量を食う部分が大きく圧縮されてるので、一つ考え始めると次々と思考が巡らされる。

頭の中で、マインドマップのように関連する物事が次々結びついて連鎖する。

思考の連鎖が始まると、自力では中々止められなくなる。

歩いていても、ツイッターしていても、仕事中でも、挙げ句の果てには音ゲームをしている最中でも、何かしら考えている状態が継続してしまう。

ただ、不便でありながらも、便利なところもある。

一度忘れたようなできごとであっても、何かをきっかけに発生していたできごとだったならば、大抵引っかかる部分(タグみたいなもの)があるので、それでタグ検索すると割とサクッと見つかったりする。

形をとって例えるなら、閉架式図書館の書庫と検索端末みたいなものだろう。

行ったことある人なら分かるかもだが、国会図書館の蔵書取り出しの手続きみたいな事をして、遠くにしまわれた記憶を取り出す事ができる感じだ。

そうやって思考の図面や閉架式図書館を持っているけど、元々のワーキングメモリが極端に弱くて、言われた事をスッと忘れたり、やろうとした事をあっさり失念するので、その辺色々と極端すぎる。

多分、脳内の閉架書庫と図面を書き起こすためのドラフターで相当面積を取っているので、荷解き場や郵便仕分け室的なワーキングメモリが隅に追いやられてるのだろう。閉架書庫とドラフターが日常的にフル稼働なもんだから、だから思考の多動も止まらないのだろうし。

日本語を超圧縮して図面を書き起こす僕の脳内言語は、他人に話すと便利なように捉えられるけど割と不便である。

つい最近まで誰も彼もが同じように脳内言語を使っているのかな?と思っていたけど、どうやら実際は違うらしい。

脳内言語も、何かしらの音楽も、普通一般の人は頭の中を巡らないらしい。

これは一体なんなんだろう。

ここまでの内容に関して、もう一つ何かを書き加えようとしてたけど、やはりたった今忘れてしまった。こういうとこ。



次があったら国会図書館に行った時の話とか書きたいです。
ご静聴ありがとうございました。



【執筆者】
あいもこ さん

【プロフィール】
ねこだいすき。ASD/ADHD併発のょゎぉくん。音ゲームと貴腐ワインとさんぽ。

Twitter:@m0ftn


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