私の苦しみに名前をください

体験談 死にたい 自傷行為 希死念慮 浪枝彩佳 病名

通院歴2年、私の病名はまだない。

一昨年の秋に握りしめた診断書には「抑うつ状態」という言葉だけが書かれていた。それから2年が経っても私にそれらしい病名を主治医が告げたことはない。今の主治医に不満があるとすればそれくらい。他は全然嫌だなと思ったことはないし、前々職場の直属の上司に対して啖呵を切ってくれたような発言で私はこの先生を信用できる、と思った。けれども、ただなんとなく落ち着かない。

病名、それがないから私は私を定義できない。宙ぶらりんでゆらゆらと自我が揺れている。

初めにかかった医者は「強いて言うなら不安障害」、次にかかった医者からは「適応障害」そして次にこの一言が飛んできた。「あなたは病気じゃない」励ましのつもりなのか、前向きにさせようと思っての一言だったのかは今でも分からない。だけど私は言われてこう思ったのだ。

「こんなにも辛いのに病気でないからがんばれだなんて、そう言われなければならないなら、この苦しみの中これからも生きていかなければならないなら生きていたくない」

病院からの帰る道すがら、ぼろぼろと涙がこぼれて仕方がなかった。駅前だというのに田舎の車道は車どおりが少なすぎて、多い時でも数分に一度、ふつうは十数分に一度といったタイミングで私の横を通り抜けていく。人一人が衝動的に飛び出したところで、急ブレーキを踏むだけの余裕を充分に与えられる。本当に死にたいなら引きつけて、引きつけて停車できないところまで近づくタイミングで飛び出さなければ。

何度も車道に飛び出そうとしてふと、冷静な自分が見下ろして指南してくる。でもこんな道で車道を見つめていたら横断に間違われて車は止まってしまうのだ、そもそも。それにこんな生き損ないを轢いてしまって罪に問われるなんて運転者が憐れすぎる。それが私の中にあった最後の理性というやつだった。そんなことをしている間にいつの間にか、ほうぼうの体で家に辿りついていた。

病名が無いのなら、もう約十年は意識に縁に黴のようにこびりついた「死にたい」という気持ちをどう説明するのだろう。人と目を合わせるのが、自分の顔を見られるのが怖いのはどうしてだろう。どうして自傷が止められないのだろう。

それから約一か月後、今の主治医に巡り合った。田舎の数少ない心療内科の最後の一件。藁にもすがる思いだった。

三日くらい前だったろうか、私は生きることを止めた。理由はまた機会を改めて書こうと思っているがとにかくショックなことが起こって起き上がれなくなって、声も出せなくなった。ただベッドの上でずっと泣いていたような気がする。それで連れて行かれた今の医院でようやく「もう働けないでしょ」という言葉とともに診断書を渡された。やっとゆるされたのだ。

「今日も死にたいし、生きてたくないし車の前に突っ込みたいです」
「でもしないんでしょ?ならいいの」

新幹線が通り過ぎる、ここでホームから飛び込めば、一瞬にして元が誰だったかも分からない程の肉片になれるのだということが分かった。やっぱり学生時代飛び込んでおけば良かったなと、今からでも構わないのだけど。そう思いながら新幹線のホームで足踏みをする。

きっと、私に病名を与えてはいけないと先生は思っている。私は弱いからそれを免罪符に使おうとしていることを見抜かれているのかもしれない。

でも私は名前が欲しい。この生きづらさに名前が欲しい。

私は○○だから、○○はできないのだと説明したい。逃げだとか、甘えだとか言われても○○だからどうしてもそれは今はできないのだという説明できる理由が欲しい。克服できるかもしれないし、できないかもしれないけどそれをやりつづけるのは心が悲鳴を上げてしまうのだと理解してもらうための根拠が。

地に足が付かない、宙ぶらりんの私。

私の苦しみに、名前をください。

 

【関連記事】
・お医者さんは私に病名をくれない
・病名なんてほしくなかった 病名にアイデンティティを支配される恐怖

 



【執筆者】
浪枝彩佳 さん

【プロフィール】
自称創作家、文章書き見習い。
2次元(2.5次元)3次元の推しを反復横跳びしながら希死念慮を紛らわせて生きている。

Twitter : @namie_sayaka


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3件のコメント

私はロボットではありません 返信

希死念慮がある人が元気なはずないからねぇ…。仕事お休みできて良かったと思います。ゆっくり休んでほしい

ひとで 返信

誰の許可がなくても、やりたくないことはしなくていいよ。
あなたの役に立つためだけに生きている人なんていないように、あなたは人の役にたつために生きているわけじゃない。
あなたが理解できない人が平気で生きているように、あなたは理解されなくても平気で生きていけばいい。

momo 返信

あなたの気持ちすごくわかります。自分と同じような境遇の人がいるんだなと思うと少し気が楽になりました。
私の場合は病院に行ってもクスリもらっても、全く良くならなかったのでいろいろな病院を巡ったあとは通院をやめてしまいました。
今は自宅で療養中です。それでも希死念慮が夜中に襲ってきたりすることもあります。最近、食べるとか寝るとかいう当たり前の行動が死にたいと思ってるのに何生きようとしているんだと感じてしまいイヤになります。
それでも個人的には通院しているときより、だいぶ良くなりました。
何とか生きてます。

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