逃げ続ける人生 逃げ続ける覚悟

体験談 うつ病 あやめセット

こんにちは。

あやめセットと申します。

はじめに、私の家庭環境について紹介させて頂きます。

長くなりますがこの紹介無くしては、自分について語れない気がするので、宜しければお付き合い下さい。

私は25歳からうつ病の診断で内服を13年続けている38歳の♀です。

現在はほぼ無職、実家で母と二人暮らしです。

私が病院に行ったのは25歳ですが、うつ症状は物心がついた時からありました。

少し前から発達障害の症状に多少心当たりがあり、漸く検査をしました。

詳細な診断はこれからです。

私の父は、姉と私が小学生の頃、統合失調症が原因で自殺未遂をしました。

その影響で父は身体の一部が欠損し、一生普通の生活を送ることは出来ないであろう、悲惨極まりない状態になりました。母は、残された姉と私を何とか育てて行かなければと女手一つで育てる決心をし、父と離婚をしました。

それ以降、私達は父に一度も会っていません。

その後暫くは、母が電話で姑と言い争って激昂したり泣ている姿を度々見ました。

父の親族とは縁を切る形になりました。

一度だけ母が父との写真を見てひっそりと泣いている姿も見ました。

それでも当時小学2年生だった私には、事態の深刻さが半分も理解出来ていなかった事が救いかもしれません。大人になった今、この出来事を思えば、とても筆舌に付くし難いです。

時は流れて姉も私も社会人になりました。

姉は23歳で父と同じ統合失調症になりました。

幸運にも理解ある男性と出会い、30歳で結婚しましたが、40歳を過ぎた今も入退院を繰り返しています。それでも最近は少し症状が安定し、自宅で過ごせている様です。

そして私も冒頭の通り、長く精神疾患を患い生き辛さを感じています。

私は早起きや対人ストレスに非常に弱く、決して能力も高くない為、今まで6回も職を変えて来ました。

18歳当時の就職先こそ4年続きましたが、その後はどんどん勤続年数も短くなり、雇用形態もあえて非正規になりました。無自覚かもしれませんが、今まで私にはクローズで働くという発想しかありませんてした。

行き詰まれば退職を繰り返す内に、いよいよ職の行き場を失いました。

対人関係についても、アクティブになろうとした時期もありましたが、辛いと感じることが多く、極力逃げて来ました。

働くこと、人間関係から逃げ続ければ、社会的孤独にぶつかります。

逃げ続ければ、人間的な成長は止まり、後悔だらけの人生になる事も知っている(つもり)ですが。

それでも私は逃げる方を取ってしまうのです。

一生の後悔も恐いけれど、目の前の傷付きを恐れてしまうのです。

私がこれまで忍耐強く向き合っていれば、もっと変わっていた場面はいくつもありますが、それは仕方のない事です。

行動力のある日常への憧れは人一倍強いけれど、これからも私は嫌なことから逃げ続けるのだと思います。

逃げ続ける覚悟。そんなものも持てません。

纏まりのない乱文に目を通して頂きありがとうございました。



【執筆者】
あやめセット さん

【プロフィール】
38歳♀独身 引きこもり時々新米熟女ホステス。70歳の母と二人暮らし。
父 幼少期に統失で自殺未遂し生き別れ。
母と姉で母子家庭になる。
姉が20代で統失発症。結婚後も入退院を繰り返す。
私 子供の頃から鬱だったが25歳で初受診。それ以来ずっと内服中。生きづらさが限界になり、最近発達障害の検査を受けるも、掛かり付けの医師は発達障害の専門ではなく、グレーゾーン診断。


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