自殺未遂のその後 断薬と社会復帰

体験談 自殺未遂 さきちゅ

以前記事を載せていたさきちゅです!

前回の投稿から1年半ほど経ちました。

【関連記事】
・自傷行為、OD、飛び降り自殺 車イス生活を経て気づいたこと

その後、現在に至るまでの生活や心境の変化、断薬、また社会復帰したことについてなど書かせていただきたいなと思います!!

つたない文章ですが最後までお付き合い頂ければ嬉しく思います

 

断薬と離脱症状


前回の記事を投稿したころは、飛び降り自殺未遂による怪我のリハビリの最中でした。

退院して自宅療養になったころ担当医に

「薬を飲む習慣をなくさないとODをまたしてしまう気がして怖い」

「だから薬はもう飲みたくない!!」

と強く懇談して、とりあえず薬の量を1/3まで減らして1ヶ月ほどすごしました。

「今すぐにでもぜーんぶやめたい!」と言っても、流石に大きな出来事の直後ですし、先生も薬は飲んで欲しいとのことで「とりあえず減らすことから様子をみて欲しい」と言われ、仕方なくっていう心境ではありました。

次の月の診察でも「ゼロには無理だよーーー」って言われたのですが、先生が折れてくれる形で薬を0にしてもらい、診察も先生に近況を話すのみに変わりました。

時々気分が落ち込み動けない日などはありましたが衝動的になることもなく割りと安定して過ごしていました。

ですが半年ほど経った頃、突然物凄く情緒不安定になり、衝動的にODしたくなったり手足が痺れて呂律も回らなくなったりと体調が悪くなってしまいました。

「あ、だめかも…これは先生に相談しなきゃ!!」

と思っていた矢先、突然担当医が退職してしまいました

もうパニックでした。そのころちょうどバイトを始めたころだったのですが、社会復帰どころではなくなりました。パニック発作も身体症状も酷いし、先生も居ないし、次の担当医も決まってないしで、もう絶望的だ…と。

それでも薬を飲みたくない気持ちだけはあったので、自分にはいま何が必要なのかを必死に考えた結果、今までの担当医は薬物治療に優れた先生でしたが、カウンセリングメインで治療を進めてくれる先生を自力でみつけよう!!!と思い至りました

そして転院することを決めました。

 

転院


全然病院に詳しくないので、とにかくネットで通いやすい場所でカウンセリング治療に力をいれてる病院をたくさん検索しました。そして一軒のクリニックに辿り着いたのですが、今までの経緯を話すや否や

「またあなた、死にたくなったりするだろうから、うちのクリニックでは見れません。緊急対応が可能なところを探してください」

とまさかの受け入れ拒否…。

とにかく絶望的な気持ちになったけど「ここでめげては仕方ない!!」と気持ちを新たにもう一軒クリニックを当たってみました。

正直、前回のクリニックのこともあり、半ば諦めな気持ちで診察を受けたのですが、そこの先生は私を受け入れてくださり、無事に転院先が決まりました!!

ここまで約2ヶ月。

本当に泣きながら病院探しをしていた私は、やっとほっとしたのを覚えてます。

現在の病院では私の意思を尊重してくださり、担当医との診察とカウンセラーによるカウンセリングを平行して行っていて、薬は一切もらっていません!

新しい担当医やカウンセラーとの相性に不安もあったけど、とても信頼のおける先生方に幸運にも恵まれました!

 

薬をやめてみて


とにかく薬をやめたくて半ば無理矢理断薬しましたが私は結果的に良かったなと思っています。

薬を飲む習慣がなくなったことで、ODしたい気持ちが0ではないけど、あまり生まれなくなりました!ただ、薬を飲むことが悪いことでは無いし、しんどい部分を少しでも和らげてくれるなら頼っていいと思っています。

私は前の病院で最終的にすごい量の薬を処方されていたので「これを飲んで治るなら飲むけど別に治らないなら毎日毎日こんなに沢山もう飲みたくない!!」って気持ちだけで1年が経ちました

 

心境の変化


私はずっと過去にとらわれて生きていました。辛い辛い、私は可哀想な人なんだ、と決めつけていたから、多分本当に可哀想な人間だったなと思います。

少し調子が良いときは綺麗事をならべて

「辛いことを経験したけど今は幸せなんだ~」

なんて言っていました。

それでも少しまた気持ちが落ちると

「あー私は可哀想、可哀想」

って自ら負の方向に進んでいました

飛び降りて、死ねなくて、何かを変えたい!と思い始めてから、初めて自分のこれからのことを考えるようになりました。

あ、このまま可哀想な人間のまま生きていたくない。幸せに自分もなりたいと。

そのためには負のものは絶ちきろう!!と思い至り、病院で入院していたころ出会った人達と連絡を取るのをやめました。

そして逆にハッピーな人と、たくさんあって大変だけど幸せ!っていう前向きな話をたくさん聞いて、自分もハッピーになろうと思いました。

病院での出会いにはもちろんとても感謝しています。

一緒に元気になろうね!と励まし合ってきたし、病院の外で会えるようになるのが当時の目標でしたし。

ですが、やはりみんな何かしら抱えている人達で、会えば辛い話のほうが多かったのも事実です。

皆が皆そうではないけども。いつか元気に幸せになったときにでもまた会えたらなと
思うから、みんなに会うのは今ではないのかなと思うようになりました。

カウンセラーの先生と沢山の話をするなかで言われるのが、

「生きているのは今であって、これからくる未来であって、過去ではないのよ」

ということ。

「だから無理矢理辛いことの引き出しを開けて落ち込む必要はないよ」と。

昨日の辛いことより、明日なに美味しいものたべようかな、明日どこに出掛けようかな、なんて風に考えるようになったら、フラッシュバックしてパニック発作が起こることがかなり減りました。

 

社会復帰と自立


飛び降り自殺の治療の後遺症で、私の体には沢山のボルトやプレートが入っていたので、飛び降りて半年ほど経ってからそれらを抜く手術をしました!

術後しばらくはかなりの激痛でしたが、現在はそれなりに普通に生活できるまで回復しました!

痛みが少し落ち着き病院の転院も完了したのでそろそろちゃんと働きたい!

なんの仕事がしたいだろ??

どうせならやっぱり長く続けたいな、と考えたときに「やっぱり福祉関係に戻りたいな~」と思い障害児のデイサービスのバイトに応募しました。

無事採用試験に合格し、週3ほどのペースで働くことになったのですが、以前の私は仕事しては辞めてを3年ほど繰り返していたし、1年ほど無職だった期間もあるので、新しく仕事を始めることは本当に本当に不安でした。

でも考えても仕方ない!

やって合わなければ次いこ!

って気持ちに切り替え、出勤しだしたら仕事そのものもとても楽しくて、また職場の方々もとても良くしてくださり、週3で入ったはずなのに半月後には週4~5出勤できるようになりました!

そうして気付けば半年!

週5フルで、仕事がちゃんと習慣になり続いています!

職場の方々には自分の過去のこと、病気のことも伝えてあり、みんな理解を示してくれて、そこにもまた感謝です

現在は正社員を目指して、日々ヘトヘトになりながら頑張っています!!

また、以前からたまに知り合いの飲食店を手伝わせて貰っていたのですが、そちらも掛け持ち
している状況です!!

そして、以前の投稿に父親とのことなどを書かせてもらったのですが、現在両親と関係は良好でいて本当に本当に感謝しています。

ですが、やっぱり家族って一番近い他人で、どうしても家族とずっと一緒に居ると辛いこと悲しいことを思い出してしまうことは今でもあり、やるせない気持ちになります。

当たりどころのない怒りや悲しみを減らしたいなと思ったときに

「そうだ!一人暮らしをしよう!!」

と思いつきました。

物理的に距離をとることできっともっと良好になれるかなと。

社会復帰してすぐにそれを考え始めて、やっと生活が落ち着き、お金の目処も立ったので
近いうちに実家を出る予定です!

 

最後に


今回もまた、長々とまとまりがなくすいません。

読んでもらってありがとうございました!

前回、

「飛び降りて死ねなくて、でもそれがきっかけで生きていようと思うようになった」

と意味のことを書いて終わっていたので、その後、自分が元気になったことを皆さんに報告したくて投稿しました。

精神科に入退院していて飛び降り自殺を試みたのが、正直遠い日のように思います。

それくらい全部が過去の過ぎ去った出来事に変わり、

今を、明日を、未来を、生きていたいと思えるまで心境が変化しました

みなさん、私と今を、明日を、未来を一緒に生きてみませんか??



【執筆者】
さきちゅ さん

【プロフィール】
頑張って社会復帰中の25歳です!

Twitter : @s47101114e


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