「逃げる」ことで出会えた新しい自分

体験談 ぽんこつ店長

後に退職し、無職やフリーターを経て書店員になる僕が、工場勤務をしていた頃の話です。

母子家庭育ちで、高校を卒業したら就職しようと中学生の頃から考えていた僕は、そのビジョンの通り、高卒で就職しました。

就職したのは自動車部品の工場で、福利厚生やら初任給やらを見比べて、なんとなく選んだだけの会社でした。

これといった夢もなく、仕事にしたいほどの趣味もなく、好きなことや得意なことと言っても子供の頃歴史が好きだったくらいの僕にとって、大人の勧めるとおりに大きな会社に入って、なんとか結婚できればいい。そう思っていました。

 

しかしながら元々運動神経は壊滅的、人付き合いも得意ではない僕にとって、タフな体育会系の世界である工場労働をする選択は愚かでした。

案の定、毎日の12時間労働と毎週夜勤と昼勤を交互に繰り返す生活に、僕の自律神経は打ちのめされました。

疲れているのに、眠れないのです。睡眠に悩んだことのない人にはわからない、終身刑を宣告されるような果てしない絶望感を抱えて、通勤していました。

仕事の不幸自慢をしなければやっていやれないような精神状態に陥ったことで友達も離れていきました。

恋愛もいつもろくなことにならず、精神的にどん底になりました。

(これを読んで頂いてる方の中にはもっと辛い経験をされた方もいると思います。その方々は「なにをその程度で」と思うでしょう。しかしながら、辛い、というのは相対的な概念ではないと思っています。あくまでも、僕の主観です。ですので、読者様にとっての辛い、もしくは辛かった精神状態と、重ねながら読んで頂ければ幸いです)

 

そんな状態でグループ会社への出向によって、慣れない土地での慣れない生活が始まりました。

この頃からついに精神だけでなく、肉体にも不具合が生じました。

インフルエンザ、急性胃腸炎などのポピュラーな物に始まり、横紋筋融解症などという、漢字が並びすぎて中国語みたいに見える名前の病気で入院。そして極めつけが、原因不明の蕁麻疹が続く日々でした。

 

様々な食事制限をしても蕁麻疹は治まらず、アレルギーでないのであれば、精神的な理由だという事になり(お医者様というのは、手に負えない症状には最終的にその診断を下すのでしょう)
暫く仕事を休みました。

しかし夜になると全身に蕁麻疹が出ました。我慢できずに掻いてしまえば、地獄の夜の始まりです。表面だけでなく体内まで腫れ上がり、気管が圧迫されて呼吸をするのが苦しくなることもありました。

地元を遠く離れ頼る人もほとんどいない生活の中で呼吸が苦しくなるのは、死刑を宣告されるようなドス黒い恐怖感がありました。

友人、知人が全くいなかったわけではありませんが、会えない、会いたくない。そう思いました。顔面にまで蕁麻疹が出て真っ赤に腫れていたからです。

 

ようやくここでタイトルにもある通り、新しい趣味に出会うことになります。

それが、読書です。

入院にしろ、自宅で療養するにしろ、そのような生活には娯楽が不足しがちなものです。ツイッターやYouTube(ラップバトルもこの頃好きになりましたが)をスクロールしていても退屈だった僕は、出会いを求めている人が料理教室に行くみたいに、娯楽を求めて近所の書店に行くようになりました。蕁麻疹が顔面まで出なかった日に、食料を纏めて調達するついでに、書店に寄るようになったのです。

 

その時、「マンガでわかるシリーズ」 的な特集をしている売り場がなんとなく目に留まりました。いくつが立ち読みしているうちに、「マンガでわかる日本文学」 的な本に引き込まれ、購入しました。

日本文学、と聞くと堅苦しくて、哲学的で、難しそうな印象がありましたが、マンガで読むことで、その印象は崩れ去りました。

太宰治もこんな風に苦しんでいたんだ!仕事、対人関係、女…蟻地獄にはまっていくように苦しむ有り様に親近感を覚えたりしました。なりより、昭和の自体にも現代と通ずる苦しみが存在し、それを作品として昇華させた人がいたことに感動しました。

ここから僕は文学に、読書に、のめり込んで行くことになり、今では紆余曲折を経て某書店の社員です。

 

かなりの自分語りになってしまいましたので、まずはここまで読んで頂いた方に感謝します。

そしてここまであまり上手く言及できていなかったので、一番伝えたいことを言わせてください。

 

僕は自分のことを、「運動神経が壊滅的で人付き合いも苦手」と称しました。自己紹介では、「札付きの陰キャ」とも。

にも関わらず、部活は意外にも6年間運動部、そして工場に就職。キャラ的にも、だいぶ迷走してきました。陰キャを脱したい、デビューしたいと思うあまり、周囲のなんとなくイケテる人々に自分を近づけようとして、ジムに通ったり、スノボーを始めたりした時期がありました。暗い自分を脱するには、そうなるしかないと、思い込んでいたのです。

そもそも、暗い自分を脱しなければいけないという思考自体が、深刻な思い込みだったと今では思います。

だから、タフな労働に耐えられない自分を責めていました。早く治して、またジムに行って…などと焦れば焦るほど、体は、心は、悲鳴をあげていたんだと思います。

そんな時読書と出会えたことで、呪縛が解けました。

「アクティブな男性になること」から逃げたことで、

そして「嫌な仕事」からも逃げたことで、

結果的には心身共に快晴に向かいました。

アクティブな種族とは離れる形になりましたが、アクティブでなくても、コミュニティはいくらでもあり、出会いもいくらでもあります。そんな当たり前の事がわかるまでに、時間がかった。そんなお話でした。

 

僕はメンヘラ.jpの読者の方々に、やまない雨はないとか、明けない夜はないとか、そんな無責任な事は言いません。

今降っている雨に耐えられず凍え、今この夜の暗闇に押し潰されそうな僕達には、そんな言葉は綺麗事でしかないからです。

 

何かから逃げることは、案外、悪いことではありません。

後ろ向きだと誰かに言われようとも、自分が向いている方が前だ!と言ってやればいいのです。

 

逃げましょう、嫌なことから。

逃げ切らないとやつらはどこまでも追いかけてきますから、一緒に逃げ切りましょう。ここはそのための場所になりうるサイトです。

 

逃げましょう、呪縛から。

呪縛に気付かせてくれるのは、病気や、精神疾患だったりするのです。そう考えると、「メンヘラ」も捨てたもんじゃ、ないですね。



【執筆者】
ぽんこつ店長 さん

【プロフィール】
自分はADHDなんじゃないかと疑う23才のぽんこつ書店員で、元、札付きの陰キャです。
太宰治とニット帽の女の子と濡れたアスファルトの匂いが好きです。
あとラップバトルを見るのも好きです。

Twitter : @mrHbpnl7Fmhrim5


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