オタクをこじらせて自律神経ぶっ壊した話

体験談 就労 降矢とばり ゲーム依存症

昨年、WHOがゲーム障害を精神系疾患の一つとして認めた、というニュースが話題になった。それを知った私は肩の荷が少し下りた気がした。ニュースから半年ほど前にゲーム障害によって退職していたからだ。


未だに障害としての定義が曖昧で、私自身そう診断されたわけではないのだが、思い返すと病んでいたとしか言えない状態であった。


しかし在職中は『ゲームをしているのに病むはずがない』と思い込み、通院を中断してしまっていた。ゆえに過食を再発させた挙句、ODを引き起こし退職に至ったのだ。


当時、何度目かの転職の末にゲーム業界に飛び込んで数ヶ月だった。飛び込んだ、というのも私はデジタル・アナログ共ゲームに疎く、職種(業務)においてのみ今まで関連していた仕事に近かったからだ。


しかし実際に入社してみると、そのような仕事はほぼ与えられず、担当作のレベル上げに勤しむ日々。それも、私が本来行う作業の割り振りを、上の人達が決めずにいたからだった。


そんな事情を漏れ聞いても、派遣契約のせいで他の作業をするわけにもいかず、そもそも業界未経験で役立たずだったので、言われるがままにクエストを周回した。


初心者が達成するには業務外でもこなさなければならない程の目標を強いられたが、私は頑なに社内でだけプレイした。そして退勤後は、ハイカロリーな物を買い込んで過食に励む、負のサイクルが完成した。


頭に浮かんでいたのは、社内ニートという言葉だった。実際、それを検索すれば、自分に非があって窓際に追いやられた人と、理不尽にそのような立場に陥ってしまった人に分かれていた。


けれど、心に余裕のない私は、前者だと信じてしまっていた。上の人達がいつまでも割り振りをしてくれないのは、自分がレベル上げ如きに苦労して時間をかけているからだ。担当者にかけあっても改善されないのは、そういう事に違いない。そうして、周囲に溶け込む事も拒み、壁を作り孤立していった。


我慢の結果、やっと仕事が回ってきた時には、既に限界だった。ろくに貢献してもいないのに、半期総会に出る資格なんて無い。そう思いつめ、出社意欲を失ったのち、私は引きこもり期間に突入した。


世界から引きこもりたくて、自堕落な生活に浸った。


通院を再開する気力もなかったため、過食に加え不眠が続き、一日置きにしか寝ない事もあった。布団の中でひたすら、iPhoneと見つめあっていた。担当作はとっくにアンインストールしていたが、以前からプレイしていた他のゲームは続けていた。私はつまり、その時点で重症だったのだ。


好きだったはずのものが楽しめない。それは退職前から現れていた症状だが、依存が進み楽しくなくても止めることができなくなっていた。プレイ=仕事 という刷り込みが成された果てに、プレイしない=生きる価値がない、という理論が無意識に出てしまっての事だった。


思えばそれは、私が幼少期にゲームに触れなかったくせに、他方面…漫画やアニメ系統のオタクに育ったのが原因だと思う。


慣れていないから、レベル上げが苦痛。されどオタクゆえに、全力で取り組んで満喫したい。そのジレンマが、精神を崩壊させてしまったのだと。


しかし、殻にこもった頃の私は、そんな論理的思考に至ることができず、本当のところ誰を責めていいのか分からず懊悩していた。睡眠不足が祟って、自律神経のタガが外れた今も、時々思い出しては行き場のない焦燥にかられている。


あの時私は、どうすれば良かったのか。


本職を忘れて周回に勤しみ、時に同僚と協力したりして、高レベルに上り詰めて得た給料で、ぬくぬくと暮らし続けるのが幸せだったのだろうか?


脳みそを巡らせても肩こりと耳詰まり感が悪化するだけなので、今日もイベントを走る。いつやめてもいい気楽なオタクを念頭に置きながら。






【執筆者】
降矢とばり さん


【プロフィール】
共依存と愛着障害を授かったアラサー。noteで細々と文章を書いたりしてます。


note : https://note.mu/katie7315



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