カウンセリングに尻込みする人へ。やっとのことでカウンセリングに通い始めた話

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まずは自分語りから。聞いてられっかって方はちょちょっとスクロールしてカウンセリングの利点欠点の欄へどうぞ。カウンセリングに行くのを尻込みしている方の後押しくらいにはなるはずです。……と思いたい。


●楽しい自分語り
大学受験を期に精神状態が悪くなりまして、三年ほど。病院にはかかっていません。


「死にたい」と思う自分を許せるようになり、「自分には美味しいものを食べる資格がない」という感覚をあらかた取り払い、「自分のようなクソは過去の時点でできるだけ苦しめて殺すべき」を「うるせぇ生きさせろ」に変え、と時間を経て徐々によくなりつつある気がします。


現在の主な困りごとは脳内で繰り返し考えてしまう「死にたい、ごめんなさい、怖い、死にたくない」などの言葉。調子がいい日は全く起こらないこともありますが、調子の悪い日は何をしようとしてもずっと頭の中で流れているので大変辛く、鬱陶しく……。


買い物中に今日の夕飯は何にしようか、と考えた次の瞬間には「死にたい」


お風呂に入ろうと立ち上がったら「死にたい」あれ、何するんだっけ「死にたい」ああ風呂だ風呂、タオルと寝間着と「死にたい」


私は文章を書くことを趣味としているのですが、この状態になっているときにはなかなか書けなくなります。書く内容より先に死にたいが頭に浮かんでしまうからです。趣味ができないと死にたくなります。死にたくなると趣味ができません。最短で最悪の無限ループですね。いやもうほんと勘弁してくれ。


「死にたい」から気をそらす方法を色々試しつつ今日まで来ましたが(その節ではこちらのサイトのコラムに大変お世話になりました)、正直持ちネタが尽きています。


●カウンセリング、こわい
個人ではどうしようもないなぁと思いつつ浮かんできた選択肢はカウンセリング・病院。実はだいぶ前から浮かんではいました。死にたい感情を持て余して、楽しいことをするのも、美味しい物を食べるのも、幸せになるのも罪だと信じていた最初の頃から、行ってみたいとは思っていました。


それでもなかなか一歩を踏み出せなかった原因は、「もし専門家の手を借りてもこれ以上良くならなかったら」という不安。自分で考えうる限りの手は尽くしたけれど、まだ生きるのは苦しい。これで専門家に頼っても良くならなかったらもう打つ手がなくなってしまう。


それに昔の自分は、自分がおかしいのは環境が変わったストレスが原因で、次第によくなっていくと思っていました。一時期だけの不調。すぐによくなる。そう信じていたかったのだと思います。


専門家に頼ってしまったら、そしてそれでも良くならなかったら、自分がおかしいのは一時的なものではなくて、今後もずっと苦しまなければいけないと認めるしかありません。


「一時的な不調」に悩まされて三年目。ようやく自分は一生死にたいまま生きていくのかもしれないと、諦めることができました。そうならないための対策のひとつとして、専門家の手を借りようと思うことができました。


まあ直接の原因は、落ち込んでいるときに家族と話して泣かせてしまったからだったりするのですが。あれ、うちの家族全員思ったよりメンタルやられてないか?


●カウンセリングの利点
ここからは実際にカウンセリングを受けてみての感想を連ねていこうかと。まだ週に一度、4回ほどしか受けていませんが、カウンセリングを受けようか悩んでいる方の後押しに……なるのかこれ。


1、普通だったら興味ねぇんだよお前の話なんてって言われそうなことでも話せる
これに尽きます。ここまででお分かりの通り私は自分語り大好き人間です。今の悩み、それに至った経緯。自分はこんな性質だと思う……。そんな話をしっかりと聞いてくれます。「ああ、貴方ってそういう感じしますよね~」と言ってくれる「それってかなり辛かったですよね」と共感してくれる。


本当に理解してくれていなくてもいいのです。共感してくれていなくてもいいのです。どうせ他人には自分を完全に理解することなどできません。ただどんな話でも聞いてくれる人がいるだけで、私はかなり救われました。


2、自己肯定感を高めてくれる
文章を書くのが好き、という話をしたら、「話していて、貴方の言葉は素敵だと思った。貴方の書く文章も読んでみたい」という趣旨のお言葉をいただきました。まあ会話をしていただけで文章の善し悪しや好き嫌いは判断できるものではありませんので、お世辞と受け取っていますが。


それでもこれは悪意のないお世辞です。相手に取り入るため、機嫌を取るためのお世辞ではありません。元々褒められるのが大好きなのも相まって、私の自己肯定感をものすごく高めてくれました。


加えてもうひとつ。電車の遅延により時間通りに相談室に辿り着けそうもなく、予約キャンセルの電話を入れたときの話です。相手はカウンセラーではなく相談室の職員さんだったのですが、事情を話すと「残念です。また来週お待ちしています」と言ってくださいました。私は相談室側に何のメリットももたらさないのにも関わらず、「残念です」と……。


もちろんこれもお世辞なのでしょうけれど、本当に落ち込んでいるときには「自分にはカウンセリングを受ける資格はない」という謎思考に陥ったりします。そういうときに職員さんのこの言葉を思い出して、「んなわけねぇだろ」と謎思考から抜け出せました。


3、頭の中で何となくわかってるようなことを口に出すことではっきりと理解できる
頭の中にふと浮かんでは消えていく考えを、会話という経験に落とし込むことによってはっきりと理解・記憶できるようになります。忘れたくないことを誰かに「覚えておいて」と話したときに限って自分も覚えていられる、というような経験はありませんか? あれです(たぶん)。


例えば私の場合は「自分が死にたいと思うのは何か辛いことから気をそらすためである」という事実を認識できました。これを理解することによって新しく対策も立てられました。効いているかは別として。


カウンセラーが「あなたはこう思ってるんですよ」と考えを押し付けてくることはありません。あくまでも会話を重ねる中で、「ああ、私はこう思っていたみたいです」と自然と口をついて出ました。


●カウンセリングの欠点
一方で、カウンセリングでは物足りない、むしろしんどいと思うこともありました。


1、解決策がすぐに見つかるわけではない
カウンセリングにいけばすぐに楽になれるわけではありません。私はこの文章を書いている今この瞬間も死にたい、自分を殺したいと思っています。


カウンセリングは解決策を提示してくれる場所ではありません。先生の言葉をお借りするならば、カウンセラーは「伴走者」です。ゴールはカウンセラーにも見えないけれど、隣で一緒に走るペースメーカーがいることで少し楽になる。そういう存在だとのことです。


私自身は、カウンセリングは物事を考える上で脳の足りない部分を補ってくれる場所だと捉えています。自分でもよくわからないことを整理する手伝い、自分に気づけないことを気づく手伝いをしてくれる場所だと。


2、自分が辛く思ったことを話すことで気分が揺らぐ
自分が気づかないままでいた、はっきりと理解しないままでいた事柄というのは、つまりは理解も発見もしたくなかった事柄ということになります。考えることを避けていたのです。それをしっかりと脳に焼き付けてしまったら、今度はそれが原因で辛くなることも。


先生は「話したくない、辛いと思うことは話さなくていい」と言ってくださいますが、一言も喋らないわけにもいきません。カウンセリングを通じて得られる安心としんどさのバランスが崩れないように、うまくやっていけたらと思います。


●カウンセリング、こわくないよ!
専門家に頼ってダメだったら打つ手がなくなってしまうのが怖かった、ということをお話ししたときに、カウンセラーの先生は「例えば薬は日々進化していて、次々に新しいものが出る。ひとつ試して効果がなくても、それで対策が頭打ちになるわけではない」と分かりやすい例えで教えてくださいました。専門家に頼ってダメだったらすべてがおしまいだということはありません。


カウンセリングを受ければ絶対にすぐよくなるわけではありません。しかし私のような自己分析・自分語り大好きな人間にとっては、なんらかの益になるかもしれません。


向き不向きがあることと思いますので、とりあえず合わなかったらやめよう、くらいの感覚で受けてみてもいいのではないでしょうか。


もし私のように「カウンセリングに頼ってもよくならなかったらどうしよう」という不安からなかなか決断できない方がいらっしゃいましたら、その方が少しでも楽になる後押しができれば。それ以外の方には、眠れない夜の暇潰しにでもなれば、幸いです。






【執筆者】右 さん


【プロフィール】文章というか小説を書くのが好きな人。でも得意かと言われるとかなり苦手だったりする。
幸せに生きることを目標にしています。たけぇな目標。



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1件のコメント

くろうにん 返信

ただ単の疑問なんですが,何でこのコラム背景が黒でしかも切り取りされているようになっているんでしょう……?凄く読みづらいです(´×ω×`)

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