境界性パーソナリティ障害が治るということ

体験談 襟田麻衣 境界性パーソナリティ障害

初めまして。

ひきこもり始めて20年、精神科通院は17年目になる襟田麻衣(えりまい)と申します。

現在は自閉症スペクトラムとADHDが基礎となって、二次障害として境界性パーソナリティ障害が発症しているということになっています。

20代の頃は本当に症状が酷かったです。

リストカットはもちろん、オーバードーズ(大量服薬)の常習化。

非嘔吐過食症と拒食を繰り返す摂食障害。

強い見捨てられ不安からの試し行為や自殺の脅し。

実際に自殺未遂したことも数えきれません。

心の穴を埋めるように、何かに依存し、自分を痛めつける日々。

精神科の薬にハマり、あれこれ交渉をして大量に多種類の薬を処方してもらいました。

キレやすく、激しく怒っては家族や恋人に暴力を振るい、そうかと思ったらハイな気分になって羽目を外す。

ひきこもりではありましたが、インターネット中毒で、積極的にメンヘラの女友達やひきこもり無職の恋人を作ることに勤しんでいました。

だけどその人間関係は長続きすることなく、孤独でした。

寂しさを埋めるようにオナニーをしては、余計に虚しくなり、その虚しさに耐えきれずまたオナニーをする……。

正直、治癒は絶望的かと思っていました。

しかし、現在では紆余曲折あり、「もしかしたら治るのではないか?」と希望が持てるようになりました。

私は、境界性パーソナリティ障害が治ると、抑うつ感や自殺願望、激しい怒りや悲しみ、虚しさから解放されると思っていました。

しかしそれは少し違うようです。

では、どういう状態になっていったか、詳しく説明したいと思います。

強い見捨てられ不安がありましたが、最近は、「自分の心を不愉快にされる人たちと無理して一緒にいるより、一人でいる方が楽」という価値観になりました。

昔は孤独に耐えられませんでしたが、今は孤独の心地よさに目覚めたのです。

寂しくなったら、小説を読んだり、漫画を読んだり、アニメを見たり、ゲーム(RPGがお勧め)をすればいいのです。

物語の中に入り込めば、登場人物たちが待っています。

そして心の中に、もういなくなってしまった人が生きています。

診断基準その2の不安定な人間関係というのは、人と深く関わるから、人に期待するから、理想化とこき下ろしが繰り返されるのです。

血の繋がった家族も、長い付き合いの幼馴染も、激しい恋愛をしている恋人も、夫ですら、私を助けることができないのです。

そしてどんなに約束しても、裏切るし、いつかは別れるのです。

だったら薄く、薄く、繋がって、何かして貰おうなんて期待しない、冷めた感情で付き合うことにしました。

自分がわからないのは相変わらずですが、最近は性格診断とか、自己分析のための質問などがありますので、それらを頼りに自分を知っていってる最中です。

あとの診断基準は低い自己肯定感と激しい感情の動きに関わるものですね。

これらは、私のことをまともだとか、愛ある心優しい人だと言ってくれる治療者が現れたこと、自分で自分の感情を受け容れることで、少しずつ良くなってきました。

思えば私はいつも、家族や周りにいるすべての人に、「普通じゃない精神異常者」として扱われていました。

私がおかしいから不幸なんだ、悪いのは私なんだと思っていました。

しかし激しい怒りや悲しみといったネガティブな感情は、周りの人間に侮辱され続けていたのなら、感じて当然の感情だったのです。

おかしいのは、私じゃない。

おかしい人間にさせられたのだ。

それ以来、どんなに激しい怒りを感じても、憎しみの末に殺意すら浮かんでも、

「そう思うことは悪いことじゃないよ」

「そう感じるほどつらいんだね」

と、自分で自分を慰めるようになりました。

私は思っていたほど悪い人間でも、ダメな人間でもなかったのです。

私を侮辱してきた家族や医療関係者は今も許すことはできませんが、彼らと距離を置くために、一人暮らしを目指して行動を起こし始めました。

今では激しい感情に襲われても、頓服を飲む必要もなく、自由に感情さんに暴れて貰えば、いつかは消えるのです。

一生続く感情は何一つないのだから。

どうしてもやるべきことができないときもありますが、人は不完全だから人なので、「そういうときもあるさ」と考えて、自傷行為や暴力に走っていない自分を褒めることにしました。

ぽっかり空いた心の穴は、現在ではいつも感じることはありませんが、たまに虚しくなることはあります。

だけど、ずっと気分が安定しているなんてことは、健康な人でもあり得ないのです。

どんな人にも大小は違えど、心の穴はあるのです。

むしろ心の穴があるからこそ、他人の痛みがわかるのではないでしょうか?

温かい愛の心は外の世界ではなく、ちゃんと自分の中にあったのです。

だから境界性パーソナリティ障害の人は、誰かのために一生懸命になれるのではないでしょうか?

 



【執筆者】
襟田麻衣 さん

【プロフィール】
診断名は自閉症スペクトラム、ADHDですが、自分ではHSS型HSPだと思っている。
境界性パーソナリティ障害で20年のひきこもり歴がある、おひとりさまアラフォー女子。
食事療法とカウンセリングで治療しながら減薬中。
精神科と実家から逃れるため、フリーランスでライターやWeb関係の仕事をしながら自立するのが目標。

Twitter : @maiword918

Note : https://note.mu/maierita

Pixiv : https://www.pixiv.net/member.php?id=41317625


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1件のコメント

たん 返信

はじめまして。読んでいてそうかもしれない と思うことがありコメントさせていただきます。
私も発達障害があり2次的なもので統合失調症を併発して入院等したことがあります。
「普通じゃない」
私もそう言われ続けてきました。襟田麻衣 さん もさぞお辛かったことだろうとお察しします。
私自身でいえば確かに行き過ぎのときもありましたしそういわれても仕方なかったでしょうけど。
カウンセリングを受けていらっしゃるようですが私も以前受けていました。(現在は通院だけですが)
カウンセリング で行き過ぎなところを修正していただいて 
「普通じゃない」を「個性」の方に持っていく。
そして自分なりに自身を受け入れていく。

一人暮らしを目指して行動を起こし始めました。
とのことですが私も医師等と相談しながら行動し始めています。

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