クズな父親とメンヘラな母親から受けた恋愛面での影響

体験談 恋愛 猫又

私の父は金と女にだらしがない、典型的なクズであった。

そんな中、私が4歳の頃、父が浮気した。

なぜ歳まで詳細に覚えているかというと、その時母は自分の腹に包丁を突き立て「死んでやるぞ」と脅しをかけて別れさせたからである。

当時はメンヘラなんて言葉も無く(あったのかもしれないが知らなかった)当時の私は人が死ぬことがとても怖かったのを覚えている。

父はそのまま、部屋に行きしばらく出てこなかった。

結局6歳の頃にも父は浮気をし、8歳で再度浮気をして、仏の顔も三度撫でれば腹立てるとばかりに離婚した。

 

私は母に引き取られたのだが、色々あって母とぎくしゃくしていた私は大した愛情も受け取らぬまま離婚から8年たち、16歳になった。

当時の私は38歳のとある男性に一方的に熱を上げていたのだが、関係を持った1年後に見事に捨てられた。

他の女にクソみたいなデマを流されたせいである。

ここで私は盛大に自殺未遂をしでかす。

リストカットにオーバードーズ、首つり未遂となんでもござれ。

18歳になるまでその日々は続き、執拗に彼に対して脅しをかけていた。

その時気が付いたのである。大して似ていなければ接しても無いと思っていた母の影響をもろに受けていると。

そしてもう一つ、38歳の彼は女にだらしが無く色の浅黒い目のきりっとした男性であった。

幼い事に1枚だけ取った父の写真にどこか似ていた。

知らぬ間に追いかけていたのだった。

 

血は抗えない。

そうわかった途端、自分だけを責めるのを辞めた。

当時の私は何もかもが自分のせいだった。

自分がダメだから彼が愛してくれないのだと。

でも現実はそんなものは無い。

 

虐められる人にも問題があるとか言うやつがいるが、そんなことはあり得ない。

人には言論があり理性があり、社会の中で共存していく義務がある。

それを出来ないやつが悪い。

よって話し合いで解決せずに虐めるのは自分の優越のためでしかないので1万%虐めている奴が悪い。

 

話はそれたが、要は悪い奴が悪いから悪いのだ。

 

そう思うだけで少しばかり生きやすくなった。

いまだに自分を責める夜も苦しい夜もあるが、前よりは減った。

 

そもそもポジティブな人間は、どれが自分のせいかそうではないかの線引きがきちんとしているのだ。

きっと本来はこうなのだと思う。

そしてなによりも、死んだらすべてが終わりだとわかる様になってきた。

片思いもまだまだ継続中で、彼からの連絡は来ていないが、もうすぐ来るだろう。

なぜか確信している。

きっと人によってスイッチのように何か気持ちが変わる気付きがあるのだろうと思ったからだ。

私が死にたいと思わなくなったように、彼も私を愛してくれるかもしれない。

0に近い確率でも、0ではない。

人の心は変わるものなのだから。

 

だから私はこれからも生きる。

 

死ねば愛してくれますか?

いいえ。

生きていれば愛してもらえます。

 



【執筆者】
猫又

【プロフィール】
メンヘラは脱却できるのではないかと、自分に色々実践して生きている猫の妖怪。
趣味はストロング缶を飲み干してのリストカット後そこにレモンを塗ることだったが、最近はストロング缶を飲み干してお笑いを見るようにしている。


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