自殺未遂から入院 退院前日に思うこと

体験談 自殺未遂 末路

2019年6月末、わたしは自殺未遂をした。

自殺未遂をする数時間前、海が見たくなった。

電車で1時間かけて湘南の海まで行き、海岸線のガードレールに座りながら地ビールでデパスを30錠飲んだ。

ODは日常茶飯事、というわけではないが珍しいことではなかった。

ODのふわふわする感覚が好きだった。そのときだけは嫌なことを忘れられる。

 

その日は起きたらいつもと状況が違っていた。

身体中が寒く、痛みで身体を動かすことができなかった。

全身が砂まみれだった。

ODのあと街を散策したところまでは覚えていた。

夜に街から海のほうまで戻り、自ら飛び降りたのか不注意で落ちたのかは定かではないが、ガードレールの上から砂浜に落ちていた。

その日の夜雨が降っていたにもかかわらずわたしは落ちたあと朝まで眠っていた。

 

助けを呼ぼうにもスマホの電源がつかなかった。

視界に入った遠くにいるサーファーに向かって助けてくださいと叫んだ。

ここで記憶が飛び、次に思い起こされるのは救急車の中だった。

服が切られていた。

あーあ、好きなアイドルとお揃いのお洋服なのにな、下着も新しいやつだったのにな、と薬で朦朧としながら考えていた。

救急隊の人に時間を聞いたら仕事の始業時間を過ぎていた。

定期入れの中に○○さんという人の名刺があるのでそこに電話をしてくださいと頼んだ

朦朧としていても、会社に電話しなくてはと思ってしまうことが嫌だった。

ODした一因に仕事のことがあったのに。

 

1ヶ月が経ち、ようやく退院が決まった。

親から一人暮らしの家を引き払い、実家に戻るよう言われた。

入院費や手術代を出してもらっている手前、拒否をすることはできなかった。

わたしがうつ病になった要因は実家の家庭環境もあるとはとても伝えられなかった。

毒親ではないし、両親はとてもよくしてくれていると思う。

しかし実家にいると優しくしてくれる両親への申し訳なさ、そして定職・恋人・趣味、わたしにないものを全て持っている妹と自分を比べてしまい余計に病んでしまう。

身勝手なのはわかっている。

 

生きているだけで褒められたい、とよく言うがみんな当たり前のように生きている。

みんなできることを褒めてもらおうなんて、おこがましい。

でもわたしには生きていることくらいしか褒められるところがない
こんなわたしが希死念慮をなくし、生きていくことがこれから先できるのだろうか。






【執筆者】
末路 さん

【プロフィール】
ADHDとうつ病と診断されているアラサー。
非正規OLやりながらガールズバーで働く人。
アイドルとサブカル(と呼ばれるメジャーなもの)が好き。

note : https://note.mu/mm_nt_mr



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