自らが加害者となる日への恐怖感

体験談 rail6644

いずれ、自分も京アニの火災の様に罪のない人達を傷付ける行為を犯す日が来るのだろうか。

自分が自分でなくなって、気が付いたら取り返しのつかない様な行為をしてしまう日が来るのだろうか。

そんな恐怖を感じる事が多くなった気がする。

そんな思考をする間にも時間は過ぎて行く。

 

物事の優先順位をどうつけるかが分からず、何でもかんでも赴くままに発言し、人の思想信条を身勝手に否定する自分でさえ、仮に刑事的責任を追うことになれば辛い日々が待っていると思う。

刑務所に入れば外の世界を知ることができなくなるし、厳しい規律を遵守し、毎日当たり前の様に出来てた事が出来なくなる。

動画サイトで刑務所の1日を見ると、それはそれは辛い。

特に、インターネットが使えず、毎日入浴出来ないと思うと、こんな暑い時季でも背筋が凍る。

 

実のところ、最近20代に別れを告げた身であるが、そのずっと前から己の「老害化」を懸念し、意識している。

というか、既に行動してしまっていると思う、無意識にも。

だから、自分が自分に問う、なぜ生きているのか。

自分の人生の価値なんて大したことないと思っているから、自らを犠牲にして実験台にしようと思い立った時があったにも関わらず、気が付いたらそんなことは忘れていたと思う。

でも、こうやって綴ってまた思い出し、意思を明確にさせる。

 

本来、自ら犠牲になって実験台になるのは良くないと思うが、生い立ちを思い返せばそんなことはどうでも良くなる。

むしろ、そうすることで自分より後からこの世に生を受けた若い人達の為になるなら、喜んで良いと思っている。

ならば、Xデーの到来を自らが全力で阻止しなければならない。

せめて、私より幸せに死ねる人生を送って欲しい。

 



【執筆者】
rail6644 さん

【プロフィール】
1989年生
男性
ADHDで障害者手帳2級
AC、毒親、機能不全家族

Twitter : @rail6644


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2件のコメント

二郎 返信

私も「加害」の強迫性障害でしたので、
いつか誰か他人をぶん殴る、自分の意思と無関係に暴言を吐くかも知れない恐怖のため
自室に基本、引き籠っていました。

自室に居る分には誰も存在していないのでストレス元もないので良かったのですが
おそらく、これから将来に渡って誰か殴ることもないだろうと確信したのは「10年」以上経過してからです。

「月日」の重み重みがそういうことにならないと悟らせたと思ってます。

ザワ 返信

自分も、いつか加害者になるんじゃないかとビクビクしています。
酷い事件の犯人に共感したりする度、ゾッとしてしまいます。
生まれつき疳の虫が強いので、自分を抑えるのにいつも必死です。
誰かを殺すくらいなら自分を殺そう、衝動は外でなく内に向けようと自分に言い聞かせる日々です。

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