精神障害者の働き方を模索して 就労移行支援からA型作業所へ

体験談 仕事 就労移行支援 斎藤 九

私は昨年から就労移行支援事業所(以下、就労移行)に通っていた。


3〜週4通っており、そこそこ上手く行っていたつもりだったが、やはり週5通えないのが就労移行の職員にネックなのか、職場を紹介してもらえなかった。


私は就労移行の職員に就職したい旨を掛け合ったら「就労移行での生活が出来ないような人が、社会に適応できる訳がないでしょう」と言われた事もあった。


でも私は日雇い派遣の仕事もしていて」と言ったら「継続できることが労働で、労働の内には入りません」と言われたり、一部の職種を見下したような発言もあった。


週三のパートタイムで良いから、私は働きたかった。


就労移行では土日に日雇い派遣の仕事をしていた。


8時間労働で、確実にお金にはなる。


自分の中に「職員の思う私と、私の思う私にギャップがある」と思ってしまった。


しかも職員には履歴書に「日雇い派遣は履歴書に書けない」と言われたり、なんだか自分が思うより働くことは辛いことなんだと思うようになった。


自分で自分を能力のある人間だとは思えないが、自分ってそこまで卑下する程何も出来ない訳ではないと思いたかった。


でも就労移行という場所が暗に私は能力が無いと言い、働きたいという行き場を無くしてしまった。


そして私は就労移行に通うのがどんどん嫌になった。


気がつけば職員の顔色を伺ってる人だけ就職できて、顔色が伺えない人は出口のない迷路に置き去りにされてる様にも感じていて、色々な事に意欲を失ってしまった。


 

このままでは嫌だと思い、私はツイッターやメンヘラ.jpのお悩み相談に話し、A型の作業所に通うという1つの活路をみつけた。


そこで私は地元のケースワーカーさんに掛け合い、前から目星をつけてたA型の作業所に通いたいと伝えた。


出口がないなら自分で出口を作ればいい、何も就労移行に拘る必要はない。


それが私の結論だった。


作業所では軽作業とデータ入力の仕事があり、二週間体験利用をした。そして無事雇用契約を結んだ。


最初の一週間は果てしなく辛かった、でもここで諦めたら、出口のない迷路に置き去りのままだと自分を鼓舞させた。


幸い作業所の職員は察しの良い人達が多く、体調の悪い時は声かけをよくしてくれた。


無理をする必要はないと、二週間目は気楽に通えた。


就労移行はケースワーカーさんに頼って郵送で手続きし、書面で辞める事になった。


今思えば私の通う就労移行は、体調を気にかけてもらう事もなければ、自発的に休んでも小言を言われる、厳しい所だった。


上手くハマる人にはハマるのだろうけど。


 

話はズレるが、私には障害者の友人がいる。


友人に採用された事を話したら「やっと、スタートラインだね」と言われた。


そうだ、これはゴールではないのだ、出口をみつけたからゴールになる訳ではないのだ。


ここからが、私のスタートなのだ。


友人はオープンで一般就労をしている精神障害者だ。


よく「障害者は体調を崩さない努力と、崩しても大丈夫なようにセーフティネットを作るのが大事だ、だから、作業所や職場はお金を稼ぐ場所ではなく、体調を崩さないようにする為の場所なんだよ。」と言ってて私もようやく納得できるようになった。


私は作業所で体調を崩さない努力をしたい。まずは。


体調を崩すとみるみる悪循環に走りがちなのがメンヘラだからだ。


セーフティネットとして、ツイッターや地域活動支援センターを利用している。


余談だが、もし友人に許可が貰えたらその辺りのことも書きたい。


以上です。何かのお役に立てたら幸いです。






 

【執筆者】
斎藤


【プロフィール】
カフェ巡りが好き
Twitter : @s_kokonotu



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