アスペルガーの診断を受け入れられない

体験談 アスペルガー症候群 発達障害 ASD サオリ

50歳近くになって診断が「抑鬱」から「ASD」に変わりました。

今まで精神科にかかっていたのは何だったのだろう。いわゆる、他人に虐げられる代名詞「アスペ」じゃないですか!ウソ!?

今はクローズ就労で病気を隠して生活しています。

仕事ではヘラヘラお調子物キャラを演じ、自宅に帰ると希死念慮の固まり。

「アスペなのに、なんで希死念慮が沸くんだろう…」

と正直、まだ信じがたく、「ASD」について自分でも偏見を持っています。

私は趣味で写真を撮っているのですが、「この構図上手いねえ」と、技術云々を言われるより、「誰が撮ったか知らないけれど、忘れられない1枚がある」と思われる様な作品を撮る事が出来たらなあ、という曲がった夢を持っています。

夏に入院した際、医師に初めて、私がカメラを持って撮影している事と、作品を少し見せました。医師は私に「ASD」の診断を下した人です。

医師は「1年診てるけど、そんな趣味があるとは初めて知りました」と言い、「その辺の素人さんより上手です」と言ってくれましたが、私は「アスペの撮った写真のどこに魅力があるのか」と思ってしまいました

退院してから更に希死念慮が酷くなり、入院するかしないかの瀬戸際の日々。会社からは「次、入院したら解雇です」と言われているので、何としてもそれは避けたい。

そんなある日、写真学校より私に非常勤講師の依頼がありました。しかし私は「なぜアスペの私に頼むの…?」と考えお断りしました。

そして診察の際、又入院するとかしないとかの話と、写真学校の話をしました。

「なんで私みたいなアスペに仕事を頼むのかって事ですよ」

と言うと、医師は

「何故、アスペルガーに対して、マイナスイメージしか持たないんですか?」

と食って掛かってきました。

「世の中、何かって言うと『あいつはアスペだ』とか言うじゃないですか。だからです」

「サオリさんはアスペではなく、ASDです。(中略)医師は社会上、上かもしれませんが、私には写真を同じように撮って下さいと言われてもそれは出来ません。なぜアスペルガーを馬鹿にするんですか?れっきとした才能があるんです。(アスペルガーを)馬鹿にしたら私は許しません」

普段は穏やかな医師が、怒ったような口調で言いました。

しかし、私は診断を下したのは先生じゃないのかな?と素直に飲み込む事が出来ませんでした。

写真の講師については、医師はチャレンジするのは必要かも知れないけれど、最後はサオリさんが決めて下さい。との事。

入院は免れて、診察が終わりました。私はアスペルガーとASDの違いを聞いた様な、聞いていないような、心を緩めたら泣きだしてしまう気がして、考える事をやめました。

この文は不採用になるかもしれない。けれど、今これを書く気になったのはなぜなのでしょう。

アスペルガーとASDって同じなのか、医師は違うというし、才能がどうのこうのと言う。

医者の方が頭も良くて立場上は上。

「私、アスペだから」

もう口癖になっています。芸術に秀でていると仰るけど、「だから何?」と問い返してしまう自分がいます。

私はこれからも新しい病名を受け入れる事が出来るのか、否定しつつも受け入れなくてはならないのか

医師は何故、アスペルガーを馬鹿にする人を許せないのか、ASDの本質とは何か、生きている内は明確のない、答えのない問いを考え続けるのだろうか。と思っています。



【執筆者】
サオリ さん

【プロフィール】
20代から抑鬱状態の診断。1年前、転院を機にASDの診断を受けたアラフォー。既婚。主人とは週末しか会わないというおかしな人。仕事はクローズのパートは退職しました。現在はゆるりと写真を撮っております。


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5件のコメント

No21 返信

ASDであるという事と、写真の才能を持っている事は別の話。
写真学校は、あなたの「写真の才能」を評価してくれていて、医師は、あなたの「障害を診断」してくれただけ。
よく「発達障害者は才能がある」という話を聞きますが、こういう話が才能と障害を結び付けて考える原因となり、更なる悩みの原因となる事があります。

だから、才能と障害は別の話なんですよ。
写真学校は、ASD だから講師を依頼したのではなくて「才能があるから」依頼したわけです。
そこで上手くできるかどうかも別の話。
ASD であろうとなかろうと、人に何かを教えるが難しいのは同じです。

せっかくのチャンスなのですから、ダメもとでチャレンジしてみても良いと思いますよ。

なみ奈 (ツイッター @737_663 ) 返信

私は医師の診断こそ受けていませんが、「ASDなんじゃないの?」「アスペなんじゃないの?」と人から言われることがあります。
ちなみに、アスペとは、ASDの中で特に頭が良く言語能力が高い人のことです。
話が飛ぶようですが、人間の理想は、強くて優しい人だろうと思うのですが、強さと優しさを兼ね備えた人は少ないです。そしたら、強くてガサツな人を好むか、優しくて繊細で弱い人を好むかは、個人の価値観によります。前者も後者も、万人に好かれるわけではなく、必ず嫌う人がいます。
ASDなりアスペなりも同じで、個人の価値観によって、好かれたり嫌われたりします。
ASDやアスペでなかったとしても、好かれたり嫌われたりするので、仕方ありません。
ちなみに、米津玄師さんは、アスペもしくはASDという噂があります。
私は必ずしも、アスペやASDの人の方が芸術の才能に恵まれているなどと発言する気はありません。しかし、アスペやASDだと、人間関係では苦労する一方、芸術においてはハンディキャップとならずに他の人と同じ土俵に立てると言えます。
あなたの写真作品を拝見してみたく思いました。私は写真には詳しくないのですが、素敵な写真を見ると素敵だなと思います。

広汎性発達障害 返信

ASD(自閉症スペクトラム)は発達障害の総称であり、アスペルガー症候群はその中の一つです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/自閉症スペクトラム障害

医者の立場は上ではありません。対等です。
診断を下した当人なのにと仰っていますが、ASD診断を下す=馬鹿にしていると受け取るのも違います。

診断を受けたことを自分をけなす道具にするのではなく、生き辛さを軽減する足がかりにして下さい。

まめ 返信

娘が社会に出てから酷いストレス状態になって、不安障害とストレス性胃腸炎を発症、心療内科でASDが原因であることが判明しました。不安障害と胃腸炎は、発達障害の二次障害としてのものだったということがわかりました。

落ち込んだりもしてましたが、どうしてこうもみんなのように普通ができないのか?の理由がちゃんとあったんだということで、府には落ちたといっています。
ASD判定の際に、どういった分野が苦手か?得意か?ということが指数で表されていると思います。
同じASDといってもこの凹凸は人により千差万別です。
それにあわせてどうしても苦手過ぎる点を含まない仕事を探したり、周囲の人にカバーをお願いしたり、することで、今度は二次障害が起こらないように工夫していくことが出来るでしょう。
適正上、相性が悪い職種に就いていたことが悪化の原因だったそうなので。

お写真の腕を学校講師に呼ばれるほど認めて貰えたとのこと。素晴らしいですね。
ASDという発達障害は何もかもの能力が劣るというのではなくて、日常生活を送るのに不便が生じる程度に劣ってしまっている部分が一部ある、というものです。一部、なんですよね。
ですから、写真という才能が秀でる部分があっても特に特異なことではありませんよ。
卑下する必要はないんじゃないでしょうか?

ころ 返信

発達障害に関する知識が足りないように思われます。
いわゆる世間一般的に使用されている「アスペ」はアスペルガー症候群の略称として、「空気の読めないやつ、人より劣ったクズ」のように、人をバカに言葉として使用されていますが、あれは間違った使い方です。
本来はそんな意味はありません。
お医者さんもそんな意味で使用してません。

本来の「アスペルガー症候群」はちょっと難しい概念です。アスペルガー症候群でない人よりも得意不得意の差が大きく、社会生活で困ることが多い症状を指します。
お医者さんは、間違った認識のせいで、サオリさんや他のアスペルガー症候群の人が落ち込んでしまうのが悲しくて怒ってるのだと思います。

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