最愛の妻の自死

体験談 自殺 自死遺族 むしぁこ

私には最愛の妻がいます。

どのくらい愛しているかを伝えるために経緯をつらつらと記していこうかと思いました。

妻との出会いはとあるピアスショップでした。

当時、私はひたすらブラックな環境で身を粉にして働く毎日でした。

そのくらい献身的になれるやりがいはそれなりにあったわけですが、夜勤などもあり、生活リズムは安定せず、男の一人暮らしということで食生活も大したものも食べず、きっと知らず知らずのうちに何かしらが磨り減っていってたのかもしれません。

このまま働き続けるのかーなんて、漠然とした不安感に苛まれたり、気持ちがしんどくなったりする日々が特にこれといったきっかけもなく続き、ナニカを変えたいと願った私は、これまで手を出したことのないピアスを開けてみようと思いたちました。

今まで真面目っぽく一般的な生活を歩んできた私としては、ほんの些細な社会への抵抗のように当時は思っていました。

ただのピアスだけでそんな風に思えるなんて変な話ですね。

ついでに髪も派手に染めたりして"変身欲を満たす"なんて言ってました。

 

兎にも角にも、そんな変身をなしたいが為にたまたま足を運んだショップで、たまたま最初に接客してくれたのが未来の私の妻でした。

まぁなんと言っても第一印象としてはかわいいなぁ、派手だなぁ、かわいいなぁ、そんな感じでした。

ゴッテゴテにピアスだらけでド金髪の姿はたぶん誰でもひと目見たら忘れることは無いであろう容姿でした。

接客を受けるうちに、ああ、この子は裏表があるタイプの性格だなぁなんて思ったこともよく覚えています。

しかしながら個人的にはそんなところも人として好みではありました。

 

さて、それからというもの、ピアスを開ける度にショップに通い報告してました。

その子に会いに行ってたのもありますし、同時にピアスひとつ開ける度に自分が少しずつ変わっていくことが視覚的に認識できて、とても楽しかったのです。

ピアスの数が20を超える頃には、身体改造にもその子にもしっかりハマっていました。

 

そんな時、ふとその子がTwitterで寂しそうな呟きをしていたところを見て、直接連絡をとって終電で帰れなくなることも気にせず会いに行きました。

その頃にはもう仲良くはなっていましたが、2人だけでご飯を食べに行くのは初めてだったはずです。

なんだか話のノリがすごく噛み合って、お互いに身の上話やちょっとディープな話をしたり、終電がなくなるまで話し込みました。

終電をなくしたため、親が帰ってこないと聞いていた実家にお邪魔して、その夜セックスをしました。

 

その日の話の流れでもありましたが、私は「ヒトを飼いたい」という話をしていて、晴れてその子を飼うということになりました。

とはいえ、実際にはその子にとっては所詮セフレという立ち位置なんだろうという認識だったそうです。

そんな関係も1週間しかもちませんでした。

 

といいますのも、私自身が独占欲を肥大化させてしまい、要は恋人として囲いたくなったため、たった1週間で通常の彼氏彼女の関係となりました。

しかしながら、こういった感覚は私としては初めてでした。

もともと恋愛について独占欲など感じた試しがなく、束縛などもってのほかでした。

そんは私がこの子だけは自分だけのモノにしたいと強く願い、なるほど、これが人を好きになるということか、と初めて気付かされたのです。

 

それからは彼女が私の家に転がり込むような形でほぼ同棲。

半年後には入籍することになるわけですが、彼女は恋愛について所謂メンヘラ気質で、その半年間はそれはそれは壮絶な日々でした。

メンヘラ気質と言いましたが、実際にうつ病、パニック障害、解離性同一性障害なんてのも患ってはいました。

そんな彼女に触発されたのか、自分自身こんなに彼女のことに執着することは初めてで、所謂メンヘラ気質に私自身もなっていたように思います。

そんな私は何ひとつ病気を抱えていない健常者です。

お互いにとかく独占欲は極まり、変えることのできない過去ですら反吐が出る思いで攻撃し、精算し、忘却していきました。

 

ここからは私個人の想いです。

仕事で少し疲れた気持ちと兼ねてからの自分嫌いから、極端に表現するならば「人生なんてどうでもいいや」と思っていたところに初めて心から好きになれる彼女が現れたことにより、全てを捨て去って生まれ変わろうという気持ちが湧いて来ました。

全てをこの人に捧げようという決意です。

仕事以外の人間関係は断ちました。

元々友達なるものも少なく、家族への親しみもさほどなかったため、電話番号とメールアドレスを変えてLINEを作り直してSNSアカウントを消すだけですんなりできました。

彼女が嫌がるものは全部捨てました。

持ってた服も物もベッドも家も、全部彼女との時間が始まってからのものにしました。

彼女が欲しがるモノと欲しがりそうなモノは全部買いました。

現金が足りなくても後払いで買いました。

行動基準、価値基準は全部彼女でした。

善悪もYES/NOも白黒も全ては彼女の望むモノが正解です。

未来と生活を捧げました。

婚姻届紙切れ1枚を役所に提出して、世間に関係性を知らしめました。

 

…正直に申し上げますと、この結婚は少しばかりエゴを混じえてます。

社会的に簡単には断ち切れない関係を成立させることで、私の独占欲を満たし世間へ根回しをしたいという気持ちが含んでいました。

結婚してからの生活は比較的安定しており、一般的な感覚でも幸せであったと思います。

お互いの信頼と安心感ができたからなのか、妻の病状は非常に落ち着き、時折気分が落ち込むことはあるものの、服薬も通院もせずに解離も発作もなくほぼ寛解状態にありました。

仕事もしながらプライベートも充実させ、これ以上は言葉を尽くしてもただの惚気話にしかならないでしょう

 

そんなある日、状況が一変しました。

妻がアルバイトで働きに出ていたとき、出勤中の電車内で突如、不審者に襲われました。

誰か知らないそいつのことを、いまだに私は憎んでいます。野垂れ死ね。

実際にはどういうことをされたかはわかりません。

殴られたわけではないだろうし、押し倒されたわけではないとも思います。

けれどもそれが大変に怖い思いだったことは明白でした。

帰宅した妻は完全に混乱状態に陥って、震えて過呼吸になっていました。

 

それ以来、妻は電車に乗ることができなくなりました。

うつ病もパニック障害も再発し始めたので、メンタルクリニックに通院を再開し、薬の服用も再開しました。

自傷もするし、錯乱もしてました。

名も知らぬ不審者のせいでそうなってしまった妻を見ているのは、とてももやもやするものでした。

結婚する以前、自傷をすることも、首をしめることも、殺したいと思うことも、食べたいと思うことも、嫉妬することも、嫉妬させることも、過呼吸になるくらい怒ることも、涙することも、涙させることも、脱ぐことも、謝ることも、悔いることも、捧げることも、捨てることも、全部はお互いにとって愛情表現でした。しかし不審者に襲われた後の妻のパニックはそういった種類のものとは違っているように思いました。

その一件以来、結婚以来安定していた容態は悪化の一途をたどりますが、それでもなんとか前向きになろうという意思は妻にあったように思います。

病院に通うことがまずその第一歩であると思いますし、少し気持ちが落ち着いてきた頃にはアルバイトも新たに始めました

それがきっかけで友達もできましたし、趣味で私と一緒にダーツも始めました。

 

この頃、ひとつ私にも変化がありました。性欲の減退です。

端的に言うと、セックスレスの夫婦生活になっていました。

妻も私と夫婦生活の中で、関係性が恋人のそれから家族の関係性になっていくことで、セックスすることが小っ恥ずかしく感じていたようです。

しかしながら、当時まだ20代前半の女性ですから、人としての愛され方は満たされているものの、女としての愛を受けられないことがとてもつらいのだと打ち明けてくれました。

それから妻はポリアモリーとしての生き方を選択しました。

元々、複数愛的感情を持っていることは相談として聞いており、それが妻の選ぶ生き方であるならば、私は否定も悪い気もしません。

そして妻は恋人をつくるようになりました。

 

恋人は私に紹介してくれますし、付き合う前から相談もしてくれます。

恋人ができてから、またうまく生活が回り出しました。

妻は人と遊ぶ予定が増えて刺激になり、私を含めたたくさんの人から大事にされて、得られる愛の種類も増えてそれはそれは幸せそうでした。

私は妻が楽しそうにしている、幸せであることただそれだけが自身の幸せであったため、それが嬉しかったです。

私から与えることができなくなってしまっていたものを、こういった人間関係を利用することで満たすことができ、妻も大切にされていたので、気分は悪くありませんでした。

時にはそういった関係性を他人から心配されることや、妻の恋人から妻を奪おうという野心を持たれることもありましたが、そんな些細なことは、私が誰よりも妻を愛してるという事実と自負心でなんてことはありません。

誰がどうあがこうと、私以上に妻を愛することはできません。

 

この頃、生活はうまく回っているものの、妻の病気自体は寛解してはいませんでしたので、通院は続けていました。

なんでしたら、恋人関係のいろいろで、解離も再発していました。

そんなことを受け、精神障害者保健福祉手帳3級を発行しました。

自分たちで発行の手続きをしているものの、いざ認定されて発行されると、えも言われぬ気持ちにはなりました。

はい。ああ、もう、なんだこの長々とだらだらと抑揚の無い文章は…

書くことに飽きが来たので結論だけお伝えします。

妻は亡くなりました。

 

以下、蛇足。

きっとタイミングが悪かったんです。

いろんな悪いタイミングがたまたまその日重なってしまったんです

恋人ととの別れ、雨、無職、暇な日々、夜、なんとなく、思いつき、巡る思考、希死念慮、鬱、解離、インターネット、行動力、物、帰宅時間、お金、その他諸々…

だけどこれだけは先に私の想いを。私は妻の選択を全て肯定します。

 

自殺未遂を繰り返す妻が心配だったので、家に帰る時間が安定していて、拘束時間も短い仕事に転職した職場からの帰り道でした。

なんとなーく嫌な予感はしてました。もしかしたらまた未遂をしてるかもしれないな、なんて思いながら帰宅しました。

ドアを開けたら明らかに違和感がありました。

家の中が真っ暗で、いやそれだけなら普通のはずなのに、奥のリビングには薄ら漏れる光。

すぐにそれはテレビの画面だと察することはできて、その異変の答えを探すために寝室の電気を付けると、ベッドには誰もおらず、視線を下に移すと寝室にそぐわない倒れたダイニングの椅子があり、その横には妻のシルエット…

いろいろ飛ばすけど、なんとなく、今回もなんとかなるような気がしていました、

それは私が理解出来ていなかっただけなのか、混乱していただけなのか、現実味がなかっただけなのか。

ちゃんと心臓マッサージだってしたし、最短時間で救急車呼んだし、病院ではあらゆる手段をお願いしたし、待合室で待ってたし。

ああもう脳みそが痺れて溶けてしまうような錯覚に陥るくらい泣きました。

 

僕は、ずっと妻とそんなお話になる度に「君が死んじゃったら僕も死ぬよ」と必ず言っていました。

だって僕の全てを捧げる妻がいない世界なんて、世界が無くなることと一緒だもの。

そんなもうなにもないところで、まだ僕は生きてます。

 

妻は最後に2つの言いつけをのこしていきました。

・私が作った縁はつないでいって欲しい

・どうか幸せになって

なにも解釈できないまま言いつけを守っています。

なにも自分の中で消化できないままルーティンの生活を続けています。

ひとりがつらいので友達作りをしています。

そんな自分が許せないまま存外元気にやっております。

最高の愛の表現はこのまま妻に会いにいくことだと確信しています。

幸せの答えが出たらその方法論に従うまでだと考えています。

それでもまだ僕はこんな文章を綴っています。

なにをしたいかどうありたいかずっとわかんね。はーわかんないわかんない。

 

ともかくこの文字数をつらつらと綴ることで、気づいた頃には伝えたかった内容も目的も忘れてしまいましたので、このまま無味無臭にて身の上話終了。

兎にも角にも言いたいことは、妻は正しい。

僕は妻を愛してる。

腐るほど湧き出るタラレバも書こうかと思ったけど面倒臭いし無意味だし、だからおツマミ程度に飲み込んで。

はい、終わり。



【執筆者】
むしぁこ さん

【プロフィール】
中年男性会社員


募集

メンヘラ.jpでは、体験談・エッセイなどの読者投稿を募集しています。
応募はこちらから

メンヘラjp公式ツイッターはこちらから

この記事のカテゴリ・タグ

体験談 自殺 自死遺族 むしぁこ
このエントリーをはてなブックマークに追加

20件のコメント

ケット 返信

妻と一体化していて気持ち悪い男性だと思った。

妻に尽くすことが愛だと思っているのだろうけど、中身のないつまらない男性だからできるのだろう。

妻に執着する感じが怖いと思った。

いのち 返信

気持ち悪いしつまらないし怖いけど、けっこう大丈夫じゃない?わたしもそう思うことある。

いのち

何が?ってのは聞かれなくてもわかっちゃうよね。私も、聞かれる前に答えていくタイプ。聞かれるまでまってられないよねー、気持ち悪いしつまらないし怖い・・・

むしぁこ 返信

一体化していると認識していただけて心から嬉しく思います。
自称だけでは真に一体化たりえませんので。

もっちー 返信

もう帰ってこないものに対する切なさと、呪いが生き続けさせる、という風に読ませてもらいました。
勝手に共感して、わたし一人じゃないんだと感じてます。なんかありがとうございます。

むしぁこ 返信

お読みいただきありがとうございます。
人それぞれに人それぞれの主観的世界があって、感じ方があると思います。
その中で近しい感覚を受け取っていただき感謝までいただくなんて…
その感謝の言葉に救われます。

いのち 返信

あなたの愛する方は、あなたのおかげで、弱くなれたのだと思います。いろんな自分を受け入れることが出来るくらいに、弱くなるまでには、大変なことがたくさんあると思います。しるしを受け入れることができるくらいに、弱くなれる、あなたの愛する方は、つらいことに立ち向かうのに、やっと弱くなれた自分には、大きすぎるんだと思います。


わたしのすきだったひとのひとりは、おまえはこっちにくるな、といっていなくなりました。わたしは、そのひとのことが、すきだとおもうので、そっちにはいけません。そのひとのことは、ずっともっているうちに、すこしづつちいさくなって、なくなりそうなきもしたので、めをつぶって、そのままのみこめました。いまは、すっかりわたしになって、わたしはしなない、わたしはしあわせになっていい、といっています。わたしも、そうおもいますよ?


いろんなわたしは、いろんなときに、ゆっくりにしていてくれたり、すぐに動いたり声を出してくれたり、うちがわでゴーっていう音をたてて気持ちをそらしたり、考えることばを取り上げてくれたり、字を読めなくしてくれたり、全部をいっぺんに理解してくれたり、時間を取り上げてくれたり、自分を痛めつけて、わたしの痛みを忘れさせてくれたり、ぎりぎりまで、わたしを助けてくれるので、今のあなたは、持っていてくれるから、だけど、つらいこともあると思うから、あなたもできることで。まわったりどきどきしたりいろんなところがひきつったりいたかったりするときは、どんなふうか、力をかりて。水分とたべるものは、時々。うれしいときやかなしいときは。

むしぁこ 返信

私の目的とは違った結果となってしまいましたが、
妻の選択は必然であり最善であると信じています。
望んだところへいけたことを、それがもしも私の存在があった故であれば、一方で嬉しく思います。
残された時間に意味は見失いましたが、幸せの定義を考える時間くらいにはしようと思います。

いのち

完全な信頼とは、他に何もないこと。完全な信頼は、意味を失うことなのは、私も経験しました。
それでも、その人だけは、無くならない。でもだんだんと、意味を失うので、好きということではなくなってしまうんでしょうね。

今は、周りにいる人との残された時間を、出来るだけゆっくり、途切れないように、少しずつ信頼して、最後の時、全ての意味を失っているよう、過ごしています。

名無し 返信

前半はわかるけど、途中から不安になるようなよくわからない文章です。
特に最後の数行は全くわかりません。
もしかして、統合失調症の方か、ODされていたのでしょうか?
通院がまだなら病院へ行ったほうがいいと思います。
横から失礼しました。

いのち

はじめまして、ななしさん。

わからないのは、よくあることだから、どんな不安か、よかったらお話しましょう。病歴や治療歴を質問するのは、相手が答えちゃった場合、あなたもガチの個人情報に関わる責任を負うことになるから、気を付けようね。後になって逃げだしたら、かっこわるいだけじゃすまないこともあるからね。(にやにや)
病院に行ったほうがいいと思うそうなので、そうしたらいいと思うよ?どういたしまして(にっこり)

いのち

責任の意味なんだけど、私が、聞かれたし答えました。は普通じゃない?でも、あなたの場合、質問しろと言われました。だと変なことになると思うの、きっと。でも私は平気だから大丈夫だよ?

いのち

例えば、
>水分とたべるものは、時々。
時々、なに????ってのは、たぶんなんとなくわかったとおもう。でも、ぐたいてきなことは、わたしのことじゃないから、私の書くことじゃないと思って、書きませんでした。のんだりたべたりは、それでもあるでしょ?時々。
>いろんなわたしは、いろんなときに、
から
>ぎりぎりまで、わたしを助けてくれるので、
までは、それぞれのわたしやあなた、わたしはあなたじゃないし、あなたはわたしじゃないから、それぞれの わたし。それぞれにもってるのは、もってるひとがじぶんで分かると思う。このぶぶんは、あなたはなんとなく分かってるように感じられます。
その後は、あなたじゃなくて、ある人に話していることだから、それでいいよね?
>まわったりどきどきしたりいろんなところがひきつったりいたかったりするときは、
体のことは、そうなったらわかるから、これもいいよね?
>どんなふうか、力をかりて。
そうなったら、それが、どんなふうか、わかるから、力をかりて。かりてどうするの?は、どうにかなったり、ならなかったりだし、どんなふうか、っていうのが自分でわかってることがすごく大事で、それぞれ、その時々で、変わってくるし、全体を通してみると、どんなふうかってのが、だんだん自分でわかってくるから、それでもどうにもならないこともあるから、力をかりて。このことは、あんまり考えると、つらさがじぶんのなかでぐるぐるまわりやすいから、一回でできるだけ全部いいたかった。
>うれしいときやかなしいときは。
それでもやってくるから、かかざるをえないし、そこから先は、書く必要ないよね。

もも 返信

気持ち悪い、という人もいますし確かに少し怖いですが私はとても美しい愛の形だと思いました。

むしぁこ 返信

見え方は様々かと思います。
しかしながら当事者の信念は揺るぐことはありませんので、
どのように捉えられても構いません。
時折、それを美しいなんて表現していただけたならば、
素直に嬉しく思います。ありがとうございます。

なんとなく 返信

なんとなく、高村光太郎の本を読んだときのような感覚を覚えました。

「智恵子の半生」の冒頭です。

妻智恵子が南品川ゼームス坂病院の十五号室で精神分裂症患者として粟粒性肺結核で死んでから旬日で満二年になる。私はこの世で智恵子にめぐりあったため、彼女の純愛によって清浄にされ、以前の廃頽生活から救い出される事が出来た経歴を持って居り、私の精神は一にかかって彼女の存在そのものの上にあったので、智恵子の死による精神的打撃は実に烈しく、一時は自己の芸術的製作さえ其の目標を失ったような空虚感にとりつかれた幾箇月かを過した。彼女の生前、私は自分の製作した彫刻を何人よりもさきに彼女に見せた。

むしぁこ 返信

"私の精神は一にかかって彼女の存在そのものの上にあった"

まさに、私の心情にさえ、的を射た表現であると感じました。
本文より繰り返しますが、妻は私の全てです。

なんとなく

BUMP OF CHICKENの「流れ星の正体」を聴いてみてください。彼はたいへんな喪失をかかえたまま歌い続けています。

たぶん、あなたは死ねない人です。あなたが天寿を全うするとき、きっと奥様がそばに寄り添っていることでしょう。借り物の価値観かもしれませんけれど、私は信じています。

おソラ 返信

興味深く読ませてもらいました。愛し合ってぶつかってぐちゃぐちゃになって、最後は命を絶つ。でも、それを羨しいと私は思ってしまいます。
今の私は、人を恐れただただ守りに入った淡白な日々を送り、つまんないなー、死にたいなーと結局思いながらダラダラ生きています。
なので尊敬と羨望の意味ですごいなぁと思いました。
激しく生き切ったのだなぁと、奥様に少し憧れました。

むしゃこ 返信

心の底から嬉しいコメントをありがとうございます。
妻に向けたお言葉をいただけることが、私にとって至上の喜びであります。
妻は太く短く、そして己が道を進むことができる、そんな素敵な存在です。
コメントいただきありがとうございます。

コメントを残す

返信をキャンセル
返信先コメント