20年間生きてみた感想

体験談 リリィ

初めまして、リリィと申します。今年20歳になったばかりのひよっこですがこれまで生きてみた感想などを長々と書くので眠れない夜あたりに片手間で読んでいただければ幸いです。

正直に話せば物心ついたときから生きづらかったです。4月生まれのはずなのに体が小さい、文字の読み書きは誰よりも早く出来たのに箸がどうやってもちゃんと持てない、集団行動が出来ない、夢中になるとそれしか出来ない、忘れ物が多い、朝起きられない…………保育園生のときからこのザマでございました。

先生にもよく怒られていました。前述の通りこのころから生きづらさを感じていて気持ちがどうにもならないと壁に頭をぶつける自傷行為をしていました。

小学校に上がるとさらに生きづらさは増しました。典型的な問題児だったので席は万年教卓の目の前。宿題なんか出せた試しがないです。もちろん先生に怒られる、周りの子にバカにされる。友達もなかなか出来なくてずいぶんつらい思いをした記憶があります。

中学進学すると周りの子の大人っぽさにカルチャーショックを受けました。この頃まで勉強だけは出来たので性格が歪みに歪んだ気がします。もちろんADHDの症状は悪化してます。遅刻提出物忘れの常習犯です。なりたくてなったわけじゃないのに。

さらに悪いことに中2でアムカとodを覚えました。最悪。人生の分岐点。いま戻れるならぶん殴ってでもやめさせます。ホントに。

高校受験は行きたいところではなく親の希望のところに入りました。反抗期酷かったからせめてもの親孝行として。

無事に入学したわりと偏差値高め高校、ここがダメだった気がします。唯一の親友と出会ったのはここですが。

最初運動部に入るも挫折、3ヶ月で退部しました。勉強も部活も全く出来ない自分に嫌気がさして自傷がどんどん酷くなっていきました。それでもまだ真面目に通ってた。

みんなより若干遅れて無事に2年生に進級したのですが、勉強も運動も何も出来ない自分に嫌気がさして学校をサボるようになりました。家で寝てると親がブチギレするからなんとか着替えて家を出てカラオケやらファミレスで時間を潰していました。卒業まで何度も何度も補導されました。ほっとけ。バイトだけは頑張ってそのお金でライブ行ってました。若いっていいな。

大学受験を控えた3年生になっても学校をサボり続けメンタルをこじらせ卒業式のあとも出席日数を何とかするために登校してました

そして大学生。鬱で3ヶ月で辞めました。親にめちゃくちゃ怒られた。彼氏とも別れてメンタルの状態は荒廃していました。毎日埼京線に飛び込むことばっかり考えてました。大学やめたあとはフリーターをやりました。そこでお酒を知ってバイト先の友達と毎週急性アル中になるまで飲んでました。楽しかった。自由なはずなのに生きづらさは消えるどころか増していてブロンやら貰った眠剤や精神安定剤を酒で飲んではみんなに迷惑をかけていました。ごめんなさい。性的にも滅茶苦茶に乱れた生活を送っていました。詳しくは書けません。ゲスすぎて。

去年の8月、思いつきで就活をして社会人になりましたが無理でした。そして1年3か月後の今日、無事に退職しました。

20年生きてきて自分が得たものってなんだろうって思います。無駄に生きちゃった感がすごい。息苦しい。

数少ない友人達はみんな理解があって寄り添ってくれるからそれだけが20年生きてきた中で得た宝です。ありがとう。

長々と書きましたが感想としては薄っぺらい何も無い人生だなあと思いました。実りのある人生ってなんなんだろう。こんな生き物が20年も生きてるのが申し訳ない。

特に誰かの役にも立たない長文の駄文で申し訳ありませんでした。ただ誰かに聞いてほしかった、それだけです。ではまたどこかで。





 【執筆者】

リリィ さん


【プロフィール】

ADHD、鬱、不眠と仲良く喧嘩して生きてる20歳女 無職になりました 煙草と椎名林檎が好きです


募集

メンヘラ.jpでは、体験談・エッセイなどの読者投稿を募集しています。
応募はこちらから

メンヘラjp公式ツイッターはこちらから

この記事のカテゴリ・タグ

体験談 リリィ
このエントリーをはてなブックマークに追加

0件のコメント

コメントを残す

返信をキャンセル
返信先コメント