ホームレス寸前から生活保護を受給するまで。

体験談 福祉 生活保護 しだれちゃん

逃げ回ってばかりの人生だった。

嫌な人、仕事、環境、色々なものから逃げた。

いつからか、睡眠のコントロールができず、朝は起きれず、夜は眠れなくなっていた。

何度も遅刻や欠勤を繰り返して、仕事をやめた。

人との会話が苦手で、答えや目的のない雑談が苦手。

思った事が口から出てしまう。

自ら輪に入っていくことも苦手で、陰で何か言われてるんじゃないか、自分には相応しくないんじゃないか、自分なんていなくても、そんな思考だから人間関係を構築できず、多少仲が良くなってもすぐに破綻した。

人も仕事もうまくいかなくなると、すぐにそれを捨てて新しい場所へと逃げ、それを何度も繰り返した。

また、金銭の管理がとにかく苦手だ。計算していた支出の計画など給料日の翌日には破綻していることがほとんどだった。

 

気づけばその日暮しになっていた。

昨年の夏の手前あたり、住んでいた家を急遽、出なければならなくなり新しい住処を探すことになった。

お金などほとんどなく、身内を頼ることもできない私は、賃貸で家を借りるなんて出来るはずもなく、保証人不要で寮付きの派遣を何とか探し出し、工場で働きはじめた。

本当は週払いが最低ラインのところを日払いにしてもらい、お金のない日々をなんとか凌いだ。

ここでなんとか生活を立て直し、頑張ろうと決意してから間もない、とある暑い夏の盛り。

大阪を比較的大きな地震が襲った。

物流は滞り、工場は機能を停止、長期の休みに。

日払いのお金に頼っていた私には大きな打撃。

なんとか耐え凌いで2週間程。

工場の再稼働から間もなく、私は仕事中に熱中症でダウンし、救急搬送。

長い療養を余儀なくされた私に派遣会社の担当者から告げられたのは実質的な解雇だった。

ある程度仕事はこなしていたが、遅刻や欠勤もあり、担当者的にも限界だったのだろう。今週には寮を出て行ってくれと言われたように記憶している。

 

困った。

お金はない、もちろん頼る身内もない。

当時の派遣会社は、保証人も予めお金も必要なしで寮に入れて、日払いにも対応してくれる好条件の職場であり、探しに探してやっと見つかった職場だったのだ。

 

さぁ、ホームレスだ。

これからどうやって生きていこうか。

などとネットサーフィンをしていたところ、あるNPOのホームページに出会った。ホームレスや、ホームレスになりそうな人などを支援している団体。縋る思いで電話をし、大まかな状況を説明。

事情を聞くからと呼び出され、NPOの事務所に行ったのが翌日。

 

今週中に寮を出なければならないこと、

頼れる人がいないこと、

所持金やこれからどうしたいかを伝えた。

担当者からの提案は生活保護の申請と引き換えに、初期費用も保証人もいらない物件の紹介だった。

翌日に内見。

綺麗で家電もついていた。

さらにその翌日には正式な契約。

同時に、担当者と一緒に区役所へ。

生活保護の申請だ。

申請書もそうだが、生い立ちや現状について時系列を追って細かく聞かれる。

正直、つらかった。

 

引っ越してから少しして、ケースワーカーが訪ねて来た。

改めて事情や生い立ちなどを話し、生活保護を受ける際の注意点などを話して、最後に間取りやその広さなどをチェックされた。

こうして、あっと言う間に新しい住処へ移ると同時に、生活保護受給者になった。

 

この家が最後のチャンス。

ここで立て直さなきゃ本当の本当に終わりだ。

何度目かの堅い決意を胸に、新しい生活が始まった。



【執筆者】
しだれちゃん さん

【プロフィール】
鬱、睡眠障害、発達障害のトリプルアクセル

twitter : @shidarechan


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