「お前はどんだけ化粧してもブスやぞ」 ある日鏡が話しかけてきた

体験談 醜形恐怖症 トルテ

今年6月ごろから体調が悪いと思っていたが、それは突然やってきた。

突発的に自分の顔が醜くて醜くて仕方がないように思えてきたのだ。

いつもに通り化粧をしていると、急に顔のパーツの歪みが気になりだした。昔からのコンプレックスだった一重まぶたが「お前はどんだけ化粧してもブスやぞ」と話しかけてきた。

昔から、自分はブスでも綺麗でもないと思っていた。かわいくはないけど、ハチャメチャにブスなわけではないと自覚していた。

しかし、突然自分を構成するすべてのパーツが気に食わなくなり、鏡を見ることができなくなったのだ。

 

その日は外出予定であったので、なんとか外に出てみたのだが、脳内の自分が自分の容姿を攻撃をやめない。

鋭利な刃物で顔をグサグサ刺しているイメージがわいてきて「ブス」「かわいくない」「何着ても似合わない」といった感じで自分を攻撃し続けている。

突然の醜形恐怖に動揺してしまい約束の時間に間に合うかもわからなくなってしまった。

 

すると、今まで「ブス」「ブスは死ね」などとオーソドックスな罵倒が脳内で響いていたのだが、だんだんと「ブスなんだから遅刻するな」「ブスだから電車で座るな」「ブスなんだから水を飲むな」と罵倒が大喜利めいてきたのだ。

しかもこの状態の私は「わ、わかりました…。ブスなので水を飲みません!」と妙に自分で納得してしまっている。

そして我に返ったとき(のちにわかるが、鬱状態を抜けたときであった)「ブスが水飲むなってなんだ!?昭和の部活か?!」と正気に戻るのだ。

 

ま、正気に戻った後に気付いたのだが、検索履歴が「二重 埋没」や「ほうれい線 ヒアルロン酸」など、整形にまつわることばかりになっており、費用などを計算した形跡まであった。

このようなことが数回あり、心療内科を受診したところ無事「うつ病」と診断された。

訳あって、産業医に紹介状を書いてもらったとき、その診断書には「双極性障害Ⅱ型の疑い」とあったが、その心療内科では「うつ病」と診断された。

あの高揚感のような躁とも鬱ともとれるような感覚。

お薬を飲むようになってから、あのような大喜利容姿罵倒は影をひそめるようになってきた。

今までのうのうとブスとして生きてきたのに、なぜ急に自分のブスがゆるせなくなってしまったのか。

昔、母にこのようなことを言われたことを覚えている。

私は幸い鼻が高いほうだったので、稀にそれを褒められることがあった。

そのことを母に報告すると、「鼻が高くても、目ぇ小さかったら意味ないしなあ~。」と言われた。

衝撃的だった。それ以降、鼻が高くても目が小さかったらダメなんだと思い込んでしまうようになっていた。

ほかにも人の前で容姿をくさされたことなどはあるが、母の言葉は「私はあまりかわいくないんだ」と自覚する最初の出来事だったのかもしれない。

カウンセリングなども受けてみたが、やはり母親との関係性や(私は良好だと思っているのですが)、昔言われたことなどがトリガーになっている可能性があるらしい。

普段は、普通だ。

普通にマスクせずに外出もできるし、整形願望もない。

ただ、何がトリガーかいまいちよくわからないが、落ちてしまうと無限に自分で自分を傷つけつづけてしまう。

イメージでは鏡の中から顔のない自分がナイフを持って出てきて、ブスな私を殺そうとしてくる。

このような「突発的な醜形恐怖症」の時に自分が考えたことはなるべくtwitterやnoteなどに書いて落ち着いてから見返すようにしている。(主治医にも報告している)

落ちたときにどんなことを思い、どんなことを考えていたのか。落ち着いてからでは思い出せないし、落ちたときにしかにしか思い出せない記憶や、思いついたことなどがある。あったと思う。

皆さんの中でも、こんな症状が出る方いらっしゃいますか??

対処法の意見交換などをしてみたいです。



【執筆者】
トルテ さん

【プロフィール】
メンヘラ気味です。会社員やりがら、ライターもぼちぼちやっています。


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8件のコメント

いのち 返信

はじめまして、トルテさん。

じぶんも鏡になると、透明になります。おためしあれ :)

いのち 返信

どうしても消えてくれないときは、鏡に映った自分の気分を損ねないように、心の中で微笑みながら、少し目を伏せます。

いのち 返信

化粧は、ワンポイントを強調。わたしは眉毛かイヤリングかな?そうすると、他に目が行かないっぽい。

いのち 返信

わたしは今は、たぶん、トルテさんの、普段は、普通だ。で、おおよそ生きてるのかも。それ以外をわたしの言葉でいうと、何かしようとしているとき、になるのかな。ほぼ、何かしよう、しなくちゃと自分や周りに思わされてた感じの時は、めちゃくちゃでした。

頭の中はいっぱいで、そのうち外側の怖い感じになって、言葉がなくなって、気持ちだけになって、記憶がなくなって、透明な水の中を歩いてるようになって、字が読めるようになって、色が戻ってきて、また記憶がなくなって、記憶が入れ替わって、色や模様に感じれるようになって、ずっと灰色のなかを歩いてるようになって、また記憶が入れ替わって、そこからはたぶん、自分が誰か気にしてなくて、ときどき上から見てるみたいなのをくりかえしてて、もう面倒になってて、やりたい仕事でがっかりしたことがあって、裏切ってしまって、そっからは、時々何かやったら半年ぐらい、落ち着かないのをやってます。

ここ数年で、何もしようとしないのが、普通になって、必要なことをやる、出来るときできることをする、みたいになってます。その前の5年ぐらいは、だいぶ大変で、相手のやってることの意味が分かるので、でも、裏切ったらいけないと分かってたので、じぶんをぼこぼこにしてがまんしてました。年末一度あぶなかった。でも、その時には、自分がどうなるか、ほとんど整理できたので、ちょっとずつ、伝わる人、伝えられる時を見分けて、協力関係を育てるようにしてるので、普通にやってます。

自分がどう見られてるかは、ん?なになに?どうしたの?ぐらいです。時々めんどうなのはやだなと思います。やりたいことが見つけられるので、無い時は、何もしません。宿題が、山ほどあるし、必要なことは自分で納得するので、いやな気持ちでいないようにしてます。それがわたしの普通です。周りも、いろいろ都合よくも行かないし、わかる、覚えてる、知ってる、考えてる、わからない、その時々でそういうことみたいなので、問題があるとき、その場でなんとかする、出来なかったら、つなぎをしておいて、また今度よろしくねと、やってます。

いのち

前置きが、長くなりました。いろんなことになって、自分の、気持ち、時間、約束、いろんな人。やっと、落ち着いてやろうとしているところです。

外見のことですが、何かしようとする気持ちというか心の準備も、もちろんあるんですけど、それよりも、気持ちが定まるようにするには、煩わしいことをやめるのは必要だなと思いました。止めるのって一番むずかしい。落ち着いたのは、対人関係で、自分がやっていやなことを、一時がんばって全部見分けて、一つ一つに一応のけりを、最後までできなくても、形だけは、ちっともできなかったら、その場でちゃんと落ち込むこと。みたいなかんじで、折り目をすこしずつ付けていくようになってからのように思います。ちょっとした意地みたいのを、信頼も気を付けながら、コントロールできるようになってる気がする。

最後に、トルテさんも、同じこと書いてるね。

いのち

こういう時は、どうしてる?というのは、わたしが書いたことで、なんとなくわかるかもと思えたら、聞きたくなったら、いつでも聞いてください。自分のことを、なんとか整理しようとしたぶん、わたしはできると思う。わたしにも、こうしたい、こうなったらいいな、こうしたほうがいい、というのが、先になることがあるし、やっぱり、分からない受け入れたくない気持ちになったら、途中でやめてもいいし、何か一つ、つなぎをして、すこしだけにもつをかるくして、気持ちのきりをつけるようにしよう。

いのち

気持ちのきりが、どうしてもつかない、ってのはもう、すごくわかるので、わたしはぜんぜん平気です。わたしがそうなったら、ちょっとまって!します(にやにや)

ゔぇちゃ 返信

凄く気持ちが分かるなーと思いコメントさせていただきました。私の場合朝に時間がない時化粧せずに家を出るのですが、その度に隣の人からブスとかキモいとか思われてるんじゃないか、と考えてしまい最終的には周りのみんなに目の毒だろうし死んだ方がいいのでは…?とまで考えてしまいます。

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