「依存」することをやめられない 依存先を探しながら生きる難しさ

体験談 自傷行為 しぃな

『依存』

この言葉を聞いて貴方は何を感じますか?

もしかしたら安心感、落ち着きを覚えたり。

または反対に嫌悪感、何となく怖く感じたり。

それは人それぞれだと思います。

そしてこのコラムでは、前者の私が経験した話などを元に伝えたいことや考えを文章にしていきたいと思います。

 

ざっくりと話を進めていくと、私の依存先は2つあります。

1つ目は、リスカなどの自傷行為。

これは前回の記事でも説明させていただいたので、ここでは軽くお話します。

私にとってリスカというのは、自分の中にある負の感情を唯一吐き出せる方法であり、それは息を吸うのと差ほど変わりのなく、日常的なことです。

言ってしまえば、リスカをしないとストレスを発散できなかったり。

自分が生きているのかすらわからない。

そのくらい大事なもので、誰かに否定をされても辞められないことなんです。

これまでに自分の体を傷つける以外の方法を考えて試して来ましたが、見つからず、リスカが私には無くてはならないものになっています。

つまり依存してしまっています。

 

2つ目は、恋人です。

これは正直記載の仕方にすごく迷いました。

恋人と表すべきなのか、自分の事を理解した上で求めてくれる人と表すべきなのか。

ですが今までの経験で、そのような存在は恋人しか居なかったのでそう表現させてもらいます。

私自身も最近までは、なぜ恋人がいないと不安で仕方がないのか、なぜ相手に依存してしまうのか。どちらとも理由がわかりませんでした。

そこで「私は恋人に何を求めているのか」という観点から考えることにしました。

 

私が1番に求めていること、それは自分を理解してくれる、そして私を必要としてくれる存在なのだとわかりました。

ただ単に理解してくれる存在なら、友達や親でも構わないと思います。

ですがその上で必要としてくれるのは恋人しかいませんでした。

それに恋人の方がほかの関係性と比べ強く繋がっているように思え、私もそれを望んでいたのかもしれません。

 

ですが、ここで気をつけなければならないのは

相手がいることで初めて成り立つ依存先ということです。

1つ目の自傷行為は自己完結ができることでしたが、2つ目の恋人関係は自分一人ではどうすることもできません。

ましてや、私のような人を理解してさらに求めてくれる人なんてなかなかいない…というのが素直な気持ちです。

それもあってか、その人にいなくなって欲しくない。

ずっとそばにいて欲しい。

と思う気持ちが大きく、より相手に依存してしまっていたんだと思います。

 

それが原因なのか、恋人とは長く交際が続くことは少なかったです。

ですが、一時的でも自分を満たしてくれる存在が欲しいと思ってしまうのもあり、1人に固執するのでは無く、次の人次の人…という負の連鎖をしてしまっていました。

その結果、今の私は人と関わるのを恐れてしまっています。

今必要としてくれていても、いつ捨てられるかわからない。

その恐怖がいつまでも付きまといます。

 

それでも、私は依存を辞めることができません。

先程も説明した通り、一時的にでも安心したいのです。

だから難しい。

依存と共存しながら生きるのはものすごく難しいです。

ですがそれは自分が生きるための1つの手段なのですから、否定されるようなことではありません。

なので今、何かに依存している人がいたとしてもそれは悪いことではないと私は思います。

むしろ生きるための方法がわかっていて、自分をよく理解してあげられている人なんだと思います。

このコラムで少しでも励まされる人や、安心できた人が居るのかはわかりませんが、少しでも心の支えになれたら嬉しいと思います。



【執筆者】
しぃな さん

【プロフィール】
10代♀リスカ  いつも何かと戦っている。


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1件のコメント

通りすがり 返信

私も、自己完結ではなくて、他者がいることではじめて成り立つ依存に救われている身なので、しぃなさんのお話に共感します。

私自身は、最終的には自分の足で立ちたいです。けれどいきなりは難しいです。私はSNSに依存してるし、それ以外にも「あなたは悪くない」と自分に向けて言ってみたりしていましたが、そんな、どこまでもひとりでやっていくしかない依存に、虚しさや違和感はずっと続きました。そのうち、ずーーーっと、というわけではないけれど、しばらくの間、誰かに、親子のような近い距離で守ってほしいし、それを求めることを許してほしい、という気持ちに嘘がつけなくなりした。

他人に身を委ねるような依存って、たとえ一時的であっても、どうしても相手に軽くないものを求めるし、相性もあるし、それでなくても人は成長すれば自立して生きるものだから世の中の風当たりが強いので、気軽に求められないものです。勝手な憶測ですが、そうであっても、しぃなさんにとってはそれが自分にとって切実なものだから、今回のお話も、なかなか言うに言えなかったんじゃないでしょうか。
でも、しぃなさんの言葉に救われた人や、しぃなさんの考えに共感したり理解を示す人は、私は少なくないように思えます。私はそのひとりです。

ありがとう。ちょっとだけ、心が呼吸しやすくなれました。しぃなさんが、少しでも自分に自由になる瞬間がふえることを、私は祈ります。

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