空っぽなまま生きてきた人間のゆくえ

体験談 独活の大木の枝

家族の仲はさほど良くない。

昔は分別も付かず喧嘩が絶えなかったが今は特別悪くもない。

兄達とは互いに無関心といった方がいいのかも知れない。

母は昔から少しヒステリックだったような気がする。

父はいない。

妹は現在高校受験を控えた中学3年生。

兄は2人とも大学に行ったものの中退して、今は働いてはいるもののまだ実家に住んでいる。

そして僕は就活を前に大学を休学した。

もちろん実家に住んでいる。

 

兄弟間であまり会話はない。

狭い家に小さくない人間が複数人同居している。

この状況が家族間で互いにストレスになっている。

妹の面倒ごとは兄2人より自分に任せられている。



 

完全な自室などなく、家での1人だけのスペースや1人だけの時間があまりない。

僕は1人でいることに居心地の良さを覚える。

そのため家で1人の空間に浸れないストレスを日々かかえていた。

昔からずっとそうだった。

小中学時代、高校受験、高校時代、大学受験、大学時代と拠点はずっとこの家であったが、快適とは言い難いこの環境は人生における節目に力を入れるべき勉学などに満足に励めるものではなかった。

 

また次男は掃除や洗濯、片付けと言った家事を全くせず、家族と言えど共同生活をしているという自覚のない同居人だ。

これはただの愚痴だ。

そして本人にそのことを強く言い出せない自分でもある。

今までこうして生きてきたのだ。

 

 

嫌なら早く家を出ればいい、まさにその通り。

だが家を出る金も知識も覚悟もない。

僕はあらゆることに無気力なまま生きてきた。

ずっと空っぽだったのだ。

それらの言い訳を説明するために、この家族が抱えてきた解決しようのない未解決の問題、今から17年前の父の自死を含めながら、今に至るまでの経緯を書いていく。

 

僕はこれまでの経験からネットで軽く見知った情報をもとに対人関係の困難さや興味関心の狭さに関してアスペルガー症候群など発達障害を疑った。

大学入学したての頃は上手くやれると思っていたのだ。

特別遊びたかったわけでもコミュニティに属したかったわけでもなかった。

淡々と日々を送り、大卒という資格を得ればこの閉じた人生を少しは豊かにできるだろうと思っていた。

 

しかし空っぽに過ごした3年間は何を得たかはっきりしないまま過ぎ、就活を前に大学を休学するに至った。

休学する際、交友関係をすべて一方的に絶った。

サークル等に入っていたわけでもなかったため深い仲の人は居なかった。

ある程度付き合いのあった同じ高校から進学した人や少ないながら交友のあった大学の人達との関係も衝動的に絶った。

全てが鬱陶しく、全てがしがらみに感じたのだ。

そしてこんな自分を果てしなく申し訳なく感じたのだ。

そういった劣等感にも苛まれていた。

一定以上一緒にいても誰とも居心地の良い関係を築けない。

その関係を心地良く思えない。

僕と関わりを持った人たちは僕と関わるごとにその不可解を薄々感じていたことだろう。

昔から分かっていたことだが大学に来て経験を積めばこんな自分を変えられるかと期待していたのだ。

 

しかし大学はそれまでの人生に多少の浮き沈みがあろうとも既にある程度豊かな人生を持つ人たちが人生を豊かにしようとする場所だった。

大学は自分が通うようなところじゃなかった、とそんな捻くれた考えが拭えなくなってしまっていた。

自分の人生に真面目に向き合ってこなかっただけなのに。

大学に通うために少なくない奨学金を借りた。

そして奨学金を借りずに大学生活を謳歌している人達を見て自分と比べてしまったのだ。

休学や交友関係の一方的な断絶はその結果だった。

 

そんな自分を説明してくれる言葉を求めて2年前に精神科を受診した。

就活に差し掛かっていた時期であったが経済的な不安から来る精神的な不安、精神的な不安から来る散財などの問題という複合的な悩みがあり上手く進められていなかった。

鬱かもしれないとも思っていた。

だがこの感覚はもはや今までずっとあったものだ。

父は統合失調症を患った末のことだったため少なからずそのような形質を受け継いでるだろうとの推測を立てていた。

それがどのように幼き日の自分の精神や脳機能の発達に作用してきたかはわからない。

ただ、ずっと言い知れない空虚感に苛まれてきた自分の精神を説明してくれるものをやっと手に入れられると思っていた。

とにかく診断さえされれば何かしらの助けが得られ、人生を指南してもらい、無条件に救われると思っていた。

今にして思えば無知で幼稚で短絡的な発想だ。

 

しかし検査の結果は多少の偏りはあっても正常な数値の域を出ず、健常な個人差の範囲内とのことだった。

検査で全てが分かるものではないだろうが先天的なものではない可能性が多いに示唆された。

結局、発達障害という言い訳は使えなかった。

 

そこからカウンセリングやセカンドオピニオンなどは受けずその日暮らしに自分を説明する言い訳を思索した。

そして自分の中で至った結論としては、トラウマ的生い立ちから始まるこのような環境下におけるただの人生経験の不足、そしてその経験不足からくる生きることへの意欲や興味関心の希薄さ、自己主張の苦手さというものだった。

全ては枷をかけられたまま生きてきた結果の経験不足なのだ、と。

しかしこう思い込めば思い込むほどそれに自覚できずに蔑ろにしてきたこれまでの人生への虚しさも増した。

自覚するにはこの複雑な心境や状況をはっきりと言語化する必要があった。

まだ十分に言葉を持っていなかった当時の自分には到底自覚し得なかった。

あるいは到底受け入れ難かった。

半ば無自覚なまま生きることを強いられたのだ。

だが今そう自覚したところでこれまでの人生の遅れを取り戻せるわけでもない。

虚しさは依然として残った。

兄達も似たような感覚でいるのかもしれない。

しかし兄達が自分自身についてどう自覚しているのかは知らない。

 

相変わらず僕は僕を説明してくれる言葉を探していた。

自分の人生に対する無気力感を表してくれるであろう言葉や言説に興味関心があった。

それを発信している人にも同様に。

もし自分を許してくれる権威的な言葉があればそれにすがり付くだろう。

そして見せびらかすことだろう。

こんなに傷付いた経験をしてそれでも健気に生きてきたんだ頑張ってきたんだ慰めてくれよ褒めてくれよ認めてくれよと言わんばかりに。

子供時代に満たされなかったことを追い求めているのだろうか。

 

前向きな話をするのならば、全ては自分自身を受け入れることなのだろう。

そして受け入れられるキャパシティを持つには心身共に健康を保ちつつ自尊心を高めることが大事で、自尊心を高めるためにはQOLを低下させる要因(家庭の過密、家庭の機能不全性)やお金の面(過食や飲酒や娯楽への散財、これもストレスから来る複合的なものであるが)を並列的に解決していかなければならないのだ。

絡み合った人生の枷を一つ一つ外していかなければならないのだ。

生きるとはそういうことか。

 

だがそれは困難だ。

まず自尊心がどういうもの分からない。

言葉では理解できても感覚として自分の中に浸透しない。

自尊心の形が分からない。

それはどのように人間の中に存在しているのだろう。

おそらく普通の人は持っていて自分にはないものだ。

自分自身を受け入れる?これが本当に分からない。

自分を大事にしましょうと言われて腑に落ちる人はすでに自分を大事にできていて、大事にされた経験からそれがどういうことなのか非言語的に自分の中に見出せるのだろう。

もはや外部からの圧倒的な幸福がもたらされない限り実感できないのではないかという疑念。

圧倒的な幸福とは何か分からない。

普通の人たちは持っていそうだ。

だから明るく前向きにいられるのだ。

 

言わば幼い頃から心とは、人間とはなにかという問いを突き付けられていたようなものだ。

何の力も持たない小さな存在だった時期に現実世界の地獄の一端をまざまざと見せつけられたという感覚だ。

幼い頃からこの苦しみを抱えさせられたことを受け入れたことがない。

社会の複雑さ、人間の複雑さ、世界の複雑さそのものを呪っている。

それらを寄せ集めた結果に生み出された皺寄せが一身にこの身に降り注いできたのだと思っている。

一人ひとりの自分さえ良ければそれでいいとした結果がこの社会の有り様なのだ。

父はその皺寄せに苦しみ、自ら命を絶ったのだ。

こうなったのもこんな世界のせいじゃないか。

そう嘆くことをやめられないでいる。

 

精神を患っていたこともあるが、父は何を考え何を感じて自ら命を絶ったのかということをずっと考えている。

父の死について母、兄弟、家族で腰を据えて話したことがない。

かろうじて父方の祖母から当時の状況を微かな記憶と照らし合わせながら伝え聞いた程度。

兄達が父に関してどこまで知っているのか知らない。

また、僕には少し歳の離れた父親違いの妹がいる。

このこともまたこの家を一つややこしくしている点だ。

父の死と全くの無関係というわけでもない。

そこに関して母を責めるつもりはないが、つくづく歪な家族だなと思う。

 

世界も社会も人も好きじゃない。

この社会で生きているだけであらゆる恩恵を受けていることは理解している。

だが厭世的な考えがどうにも拭えない。

これは現状に対する結果なだけなのかも知れない。

現状が良くなれば受け入れられるのだろうか。

とてもそうは思えないが。

 

これまでずっと無意識に他人と自分を比べてきたような感覚がある

このような困難を抱えずに生きてきた中で経験してきた様々な出来事や、それに付随する様々な感情を、まさにその瞬間に味わいながら心豊かに生きてきた人達、そしてこれからもその豊かさに支えられていく人達、それらを当然のものとして受け、そのことにすら無自覚である人達、これまでの経験から育まれたものをもって人生は自分次第だと言いきれてしまう人達に対して際限ない嫉妬と羨望と憤りと失望を感じる。

普通に生きてきた人達は本当に本心から自分次第だと言えてしまうのだ。

今までそれぞれに抱いた悩みや苦しみや葛藤もあることだろう、本人にとってみればそれは十分人生を悲観し得るものだったかも知れない、だけど僕の虚しさには遠く及ばない、などとくだらないことを考える。

しかし正しいことを正しいままに言える人達の無自覚さにはどうあがいても抵抗できない。

一矢も報えない。

人の気持ちなど分かりようがない。

想像して共感し合っている、と錯覚しているだけだ。

問題はその想像がどこまで及ぶかという話だ。

普通に生きてきた人達の想像の外側に僕の苦しみがあった。

自らが恵まれたことを自覚し想像し配慮し、明確な理解を持って手を差し伸べられなければ自分は救われないのではないか、と僕の中の幼い僕が言っている。

だがそんなことはまずあり得ない。

どうせ理解されないからだ。

今の自分は甘えの結果だからだ。

自己責任の結果だからだ。

くだらない。

こんな幼稚な自分が本当にくだらない。

 

そのためにこれまでこの劣等感や幼稚性を半ば無視し隠す形で誰に対しても表面を取り繕いながら最低限の接点しか持たないよう無意識ながら努めてきたように思う。

そしてゲームやネットに散らばる動画やその他の娯楽に没頭していられる内はそれら全てを忘れられていた。

以前までは飲酒がそうだった。

それが好きだというよりは現実逃避の手段として。

そうして過ごしてきたがゆえの人生経験の浅さに、自分の空っぽさに絶望したというだけの話だ。

 

現代の日本という国で生まれ育ち、義務教育と高等教育を受けられたにも関わらず、それによって歪に視野が広がってしまった分、経済的に貧しい時代の貧しい国の人たちよりも辛いのだと思ってしまう傲慢で不遜な被害者意識にすがり付いている。

馬鹿の方が生きやすいとはその視野の狭さによるものということなのだろう。

無邪気な子供にとってこの世界は楽しみに満ちていたことだろう。

僕は無邪気のままでいられなかった子供時代を追い求めているのだ

無力なまま世界への解釈を中途半端に広げてしまったがために理想と現実の差を子供ながらに理解してしまったのだ。

そうして自己憐憫に浸る。

 

こうなったのもあの時から、などと考えてもキリがない。

結局は自己憐憫と自尊心のなさと歪んだ自己愛とトラウマ、そこから派生した今に至るまでの人生における困難に尽きる。

何をどう頑張ってもこの先に希望が見出せず苦しみを拭えないままずっとこうなのだろうという絶望だけがある。

それが生きることに対して前向きになれない根底にある感覚だ。

 

自分に向き合う。

自分を知る。

自分次第だと言うために自分のこの感覚はどこから来たのかということに立ち返らざるを得ない。

そうして底無しの沼に嵌る。

沼のない人生、あるいは手を差し伸べられながら、支えられながら生きてきた人生を持つ人達を羨む。

その繰り返しだ。

 

ただ、ごく稀に気持ちが前に向く瞬間が一瞬だけある。

ある時、父も母もこの世に生まれ、精一杯生きる意味や生まれた意味を見出そうとした結果が今の自分達なのだろうという考えに至った。

生きることは苦しいものということに立ち帰った時、それは父や母についても言えるのではないかと思ったのだ。

しかしそうであるならばもう少し思慮深く人生を計画的に生きて欲しかったと責めてしまう気持ちもある。

だけどそれは今までの自分についても言える。

 

父自身、母自身もそれぞれの父や母から正も負も受け継いだ結果の人ならばそれぞれもそのまた父や母から様々なものを受け継いできた結果の人であり、それ以前のそもそもの始まりをたどることは決してできない。

すべての命はひとりでに自然発生したものではない。

つまりすべての人間は生きる過程で1人では抱えきれない虚しさに耐えかねた人間たちの産物でしかなく、時代背景やその時々の経験により形作られた存在でしかないのではないか、自分についても同じことが言えるのではないか、そう本気で感じられる瞬間がごく稀にある。

人間は到底把握しきれない関わり合いの中に生きていて、それは相互作用の中に現れる泡のようなもので、いつかは消え、弾けてはまた新しい泡を作ったに過ぎない。

 

そうして自分の中で何かが腑に落ちる瞬間がある。

こう解釈したところで今感じている苦痛がどうとなる訳ではない。

だが、全ては偶然だと本気で思えたほんの一瞬、気持ちが前に向く。

その時初めて人生を少しだけ自分の力で歩める気がする。

偶々なのであればせめて良くなるであろう方を選ぼうと思える。

その時少しだけ気分が高揚する。

 

生きることは不安だ。

生きることは苦しい。

生きることは虚しい。

生きることは満たされない。

だけどそれらは全て偶然だ。

この苦しみや虚しさ、無力感は誰かのせいでも何かのせいでもないのと同じように、自分のせいでもない。

自己責任なんかじゃない。

甘えなんかじゃない。

偶然自分が自分になったのならば、偶然に許されたい。

偶然に救われたいのだ。

生きてさえいればというような言説は、おそらく生きることによって偶然を感じ取る試行回数が増えるためにもしかしたら幸せを感じられる瞬間があるから生きようということなのかも知れない。

 

しかし幸せを感じる前にまずその生きることそのものが苦痛だと嘆く人にはどうすればいいのだろう。

明けない夜はなく、止まない雨はないかもしれないが、この長い夜の雨に打たれて消えてしまう人もいるのだ。

僕は綺麗事が嫌いだ。

悲観論を言えば僕はこの世のベースは地獄だと思っている。

すべてはいつ足元が崩れ落ちるか知れない地獄の上を生きた結果の偶然の集合体なのだ。

 

とはいえ全て運次第なんて馬鹿馬鹿しい。

だから生きようと小さく思えたその足で良き方向へ歩いて行かなければならないのだと思う。

人間に自我があることが地獄を見せるのと同様に、自我があるが故に幸せを求めることができるのだという考えに至ることができた。

鬱状態に戻ればこんな感覚は消え失せてしまうかも知れない。

こんな気分も偶然だろうから。

明日にでもなんなんだこの世迷い言は、と思っている可能性がある。

 

だから今は今を純粋に生きようと思えている。

そして美味しい肉を食べたいと思う。

前向きであるとはこういうことか。

自分を受け入れるとはこういうことか。

父や母を許すとはこういうことか。

なんとなく掴めた気がしている。

そして僕は偶然にもメンタルに反して体は丈夫だ。

生きていくために基本的で根本的な生命力だけはある。

 

だからまずは体を鍛えようと思う。

近所の自然の中を散歩することから始めようと思う。

こうして言い訳を尽くしながらなら僕は偶然の中に生きていけるかもしれない。

 

後書き


これは僕の半生を下手くそに綴ったものであり、歪んだ自己愛にまみれたものでもあり、また僕自身に向けたものでもあります。

今現在この瞬間の心境を言語化し記録したいとの衝動から長々と書き下した稚拙な文をここまで読み通していただきありがとうございました。

この文章はずっと自分の中にあった言語化できなかった感覚を少しのきっかけをもとに軽い躁状態を感じながら書きました。

そして今まで溜め込んだ自分を正当化しつつ説明するのに都合がいい比喩を無理やり捻じ込んだため支離滅裂になってしまいました。

少し冗長的かも知れないですがこの文章はこれからの僕にとってのアイデンティティになり得ます。

しかしそれも躁状態によるもの、明日にはなんだこの世迷い言と思っている知れません。

しかしこれが誰かの元へ届けば、そして何かのきっかけになればと思い投稿しました。

実際に誰かに読まれた際の反応もすごく気になります。

 

また、それとは別に僕が一方的に連絡を絶ちその後の諸々で不可解さを与えたままの人達への言葉をどうしたものかと思案しています。

あわよくばその人達へこの全ての文章をどこかで目に触れて欲しさがあります。

いや、知られたくないかもしれないです…。

 



まぁそれはさておき、これから4月には大学へ復学、単位も少し残っていて卒論や就活もこなさなければなりません。

学費などのお金のことに関しても結構不安です。

そんな時に振り返り励みにできればなと思っています。

最後に、特定のアカウントに紐付くコミュニケーションは苦手なため、この読者投稿をもってきっかけを与えてくれた言葉、この思いを投稿できるこの場、読んでくださった方々、きっかけや情報を発信される方々すべてへの感謝にかえさせていただきます。

ありがとうございました。

 



【執筆者】
独活の大木の枝 さん

【プロフィール】
経済的、精神的な理由から大学を休学中の23歳大学4年生。
母子家庭4人兄弟の5人家族。
6歳の頃に父を自死で亡くす。
2人の兄と歳の離れた異父の妹を持つ三男。


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5件のコメント

名無し 返信

俺の場合、君みたいな人のことを「暗闇の中にいる」と呼んでる。
経験値は足りない。経験値が足りないから出てくる雑魚敵に太刀打ちできない。勝てないから経験値は増えない。そんな無限ループの中に囚われてる状態。

俺も暗闇の中に落とされた(俺の場合は自ら墓穴を掘ったせいなんだけど)クチで、その体験を踏まえて言うなら、それってもう自分じゃどうしようもない状態なんだよな。
生存バイアスかかった意見にはなるけど、
こうなった時やるべきは、「助けてくれそうな都合のいい何か」を探すことなんじゃねえかな。多分「助けてもらう」と言われてもイメージすら湧かないんじゃないかとは思うけどさ。

ソシャゲのガチャで当たりが出るまでリセマラするみたいに、色々な人間に手を出すというか、見るというか、そんな感じ。俺の場合、そんな感じのことをやってたら“当たり”の人間を引いて、抜け出せたかなって。

匿名 返信

泣いた

ひとつ確実なことは
君は文章がとても上手だし
ひとりの人間の心、感情を動かした
どうか
美味しい肉を食べて笑って
きれいだと思えるものをたくさんみて
君が君を喜ばせられるように
君が君になったこと
よかったって
思えるように
願います。

余談
今後費用をなんとかして
相性のいい先生と出会えれば
カウンセリングが効くのではと思います
感情は消えるものではなく
抑圧されて仕舞われていることも多いようなので

名無し 返信

初めまして。
最近ある事から逃げ出して、自分を応援してくれていた人と絶縁しました。
後悔は無いけどずっともやもやと苦しい状況の時に、あなたの文章を読みました。
あなたの文章を読んで、自分でも書いてみたくなって、書いた自分の文章を読んで落ち着く事ができました。
ありがとうございます。

あんず 返信

共感する部分が多かった。私も人間関係築けないんだ。人間も社会も嫌いだよ。どーでもいい。
ほんとだよね、偶然生まれてきただけなのにね。「お願いしますからあの夫婦の子供にしてくださいぃ!」とか言った覚えないし。生まれる前のガチャでハズレ引いちゃったんだな〜って思うよ笑。なのに成長してみて歪んでたら自己責任??こんなに生きづらくしたの誰やねんボケ、と私もよく思うよ。でもそう思う自分のことも責めたり、しんどいよねぇ。
自分を大事にするってことなんだけど、それの取っ掛かりとして1つ私がカウンセリングでしたワークを紹介します。日々の中で「心地よい、楽しい、嬉しい」と感じたことをノートに書き出して、その度合いを100点満点で何点か書いていくの。私は最初、全く書けなくて悩んだんだけど、たまたま大学の先生から体調を心配するメールが来て、ちょっと心がポカポカして、これか!って気付けたの。その気付けた瞬間は嬉しかった。で、「大学の先生からメールがきた。80点」って書いて、他にもどんどん増やしていく。
すると自分が何が好きかわかる、何が好きかわかると自分が辛いとき自分が何をしたら喜ぶかがわかる。自分を労れる。大事にできる。
こんな感じで、「自分の持つプラスの感覚」を育んでいくのも良いんじゃないかと思う。
卒論に就活と大変だと思うけど、自分のペースでがんばってね。




ななし 返信

はじめまして
自分の今まで感じてきた空虚さと同じようなものを感じ取れて、ついぞ読んでしまいました。

経済的な不安や様々な出来事や概念に基づく無気力感、
どうすればいいかどうしてもわからない状態が続いて、
周りの人がそれらを難なく乗り越えていく現実、
そのような人々が
自分の才や環境の良さに恵まれながら平然に吐く正論。

自尊心という根拠のなく得体の知れない自信を持てない自分を嫌いになっていって、幸せというものが分からなくなっていく日々。

つらいですね。

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