「ダメな私を受け入れてくれる唯一の存在」だと思っていた彼氏に振られた

体験談 恋愛 場面緘黙症 あげもの

メンヘラ.jpには初めて投稿します。あげものと申します。ものすごく落ち込むことがあったので気持ちを落ち着かせるために文章にしました。コミュ障インキャメンヘラの不幸な話なので暇つぶしに読んでください。

 

「人と話せない」というコンプレックス


人は誰でもコンプレックスを持っていると思いますが、私の最も大きいコンプレックスは、「人と上手く話せないこと」、簡単に言うと極度のコミュ障であることです。

幼少期から大人しい性格で、小学校1年生のときには家族以外の人の前ではほとんど喋れなくなっていました。自分から話しかけることが一切できず、また、意見などを求められたときに何て答えればいいかわからないとそのまま黙り込んでしまいました。

病院には行っていないのであくまで自己診断ですが、場面緘黙症傾向があったと思っています。

専門家じゃないのでここでは場面緘黙症の細かい説明は遠慮しますが、簡単に言うと「特定の場面で話せなくなる」病気(障害と言われているのも見たことがありますが)です。話せないと言っても人によって程度に差があるそうで、一生話せないままなわけではなく徐々にその場面に慣れることによって回復していくこともあります。

私の場合はもともと一言も発声できなかったわけではなく軽度だったので、徐々に症状は改善されました。特に学校生活で困ることもなく、ただの「大人しい子」として暮らし、普通の大学生になりました。一見は普通の人と何ら変わりのない恵まれた人生だと思います。

しかし、幼い頃に自分の中に刻み込まれた「他の人が当たり前にできることが自分だけできない」という自意識は、いくら月日が流れても私の中に残っていて時々姿を見せ、私を生きずらくしていました。

例えば私は電話というものものすごく苦手です。本当に苦手で怖いです。実家でもバイト先でも電話を取らなくて怒られたことがあります。

また、自分の意見を話すこと、わからないことを質問すること、自分の失敗を話すこと、体調不良を告げること、人に何かを頼むこと、頼まれたことを断ること、他愛もない会話を続けることなど、とにかくコミュニケーションをとることに多くの苦手意識と恐怖があります。

このせいで人と話す場面を避けてしまうことや、連絡を返せずに迷惑をかけてしまうことがよくあります。この根本にはおそらく、自信のなさとか、他人にダメな奴だと思われたくないというプライドの高さだとか、自分を出したら嫌われてしまうかもしれないという感覚が絡んでいると思います。話すことで人に嫌われるくらいなら話さないでおこう、と思ってしまうのです。

この特性のせいで、本当に何でも気軽に雑談したり相談したりできる友人は1人もおらず、もちろん恋人もできたことがありませんでした。

 

受け入れてくれる・・・?


大学3年生になってから私生活で度々病んでしまうことがあり、その度に、この極度のコミュ障というコンプレックスとどうにかして向き合わなきゃいけないんだなあ、と感じていました。そんな悩みを話せる相手もいなかった私は、Twitterで「場面緘黙」もしくは「元・場面緘黙」の人をフォローするアカウントを作り、自分のプロフィールにも「元・場面緘黙」と書いて時々愚痴を呟くようになりました。

昨年11月にフォローされた人から、「場面緘黙だった人と話して悩みなどを共有したい」「会えませんか」という内容のDMが来ました。相手は案の定男性でした。

緘黙のことを誰かに打ち明けたことがなかった私は、「自分のコンプレックスを打ち明けた状態で人と対面したらどうなるのだろう」という興味が湧いてしまいました。正直身元もよくわからない人に会うのは怖かったのですが、そのときは自尊心が低下していて自分を大切にする気持ちも薄れていたので好奇心の方が買ってしまい、都内のカフェで会うことになりました。

相手の男性(以下、Kくんとします)は私の1歳上、私よりも頭の良い大学に通っていて、もともと緘黙で全然喋れなかったけど、今はそれなりに友達はいて、こんな趣味もあるしこんな特技もある、、、。

最初は緘黙の話をしていたのですがだんだん個人的な話をするようになりました。Kくんは確かにコミュ障っぽい感じはありましたが、私よりはまだ全然喋れていました。私が話題を提供できないために長くて気まずい沈黙が生まれることも度々ありましたが、嫌な顔一つせずに次の話題を振ってくれて、「良い人だな」と思いました。

その後何度か会った後に、「付き合ってほしい」と言われ、完全にKくんを好きになっていた私は即OKしました。

Kくんは、私が人生で初めて自分の嫌なところを打ち明けられた人でした。そのKくんがこんなに優しくしてくれる、告白までしてくれた……これは私にとってはものすごく嬉しいことでした。

これを読んでいるコミュ障の皆さんはわかってくれると思うのですが、世の中の多くの人は、こちらが上手く話せなかったりコミュ障全開になっていると、どこか憐むような見下したような表情をします。でも、それがKくんにはなかった。こんなに良い人は彼しかいない、と思いました。

しかし、付き合い始めてからすぐに、少し問題が起きました。

一つは私側の問題です。私の特性「話すことで人に嫌われるくらいなら話さないでおこう」と思ってしまう悪い癖が出始めました。デートでもうまく話せない、行きたい場所も食べたいものも答えられずに結局全部Kくんに任せっきり……。

そしてもう一つ、私が嫌だったのは、付き合ってすぐに体の関係を求められたことでした。1回目はそれとなく断りましたが、2回目に私の家に行きたいと言われたときに断れず(ここでも自分の意見を言えない特性が出ています)、「こんなに早いの???」と不審に思いながらもあっさり股を開いてしまいました。コミュ障喪女の私はもちろん初めてだったので何もわからずここでもKくんに任せっきり。最中には「君にも何かして欲しい」というようなことを言われたのですが、何かと言われてもわからないしそもそも行為自体望んでいたわけではなかったので困ってしまいました。

その日の後、嫌われていないだろうかと心底不安だったのですが、Kくんからはちゃんと連絡が来て、次は大学の試験が終わったら江ノ島にドライブしに行こうとなりました。

しかし、タイトルからお察しの通り、最終的に振られてしまいました。江ノ島に行く前に。

深夜に突然来た別れたいという内容のLINEには、私のことを「受け身が多くて疲れる」と書いてありました。

全くその通りだと思います。私は特別可愛くもないのにその上一緒にいても何も楽しさを提供しない人間なのです。別れたくなって当然です。

しかし、Kくんのことを「ダメな私を受け入れてくれる唯一の存在」と思っていた私はものすごくショックを受けました。

Kくんは告白したときもその後も、一度も私に「好き」とは言ってくれませんでした。それを思っていても言わないのか思ってないから言わなかったのか、ずっと考えることを避けていたのですが、やはり後者なのだと思います。

結局、私のことを受け入れて好きになってくれる人なんてこの世にいなかったんだ、と思って泣きました。独りだったときに感じていたのよりももっともっと深い孤独でした

 

そもそも・・・


そこで散々落ち込みながら考えたことをまとめると、

自分の悪いところを全てそのまま受け入れてもらおうという考え自体が間違いだったのでは???ということです。

誰にでも悪いところはあると思います。それを好きだと言ってくれる人が現れる場合ももちろんあるとは思いますが(私には結局ありませんでしたが)、

それは直さなくていいというわけではないんだと思います。

少なくとも、私のような極度のコミュ障はやはり生きづらいです。できれば、もっと自分の意思を表示できる人間になった方が生きやすいと思います。つまり、私にとって「話せないこと」は、「直した方が自分のためになる欠点」です。

それなのにその直す努力を放棄し、嫌われるのが怖いだのそれっぽい理由をつけて自分から相手に歩み寄ろうとしなかったから、すぐに愛想を尽かされてしまったんだと思います。

私のコンプレックスを直すには、もっと頑張って自分を磨いて自己肯定感を上げることで人に心を開けるようにしていく必要があります。

おそらく、自己肯定感がめちゃくちゃ高かったら、

自分のことを好きじゃなさそうな男に初体験を提供したり(些細なことかもしれませんがこれは結構ほんとに気にしています…)しなかったはずです。

この文章の書き方だとKくんは何でも言うこと聞きそうなインキャ女を捕まえて身体目的で付き合って何かしらの理由で飽きたので振ったただのヤリ目クソ野郎にも見えるかもしれません。(言い方やばいな)

でも私はやっぱりKくんは本当に優しかったと思うし、今でも本当に本当に好きです。LINEの既読がつかないので無視されているかブロックされたんだと思うのでもう諦めなければならないのですが、どうしてもどうしても好きで忘れられません。

何行か前までは偉そうに「自己肯定感が何たらかんたら〜」と言ってたくせに私はやっぱり自分のことは好きじゃないくせに自分を好きになってほしいと思ってそこに執着してしまうのです、この文章を書いているだけでも本当にいろいろ思い出して涙が止まりません。

もしKくんと連絡が取れたら、また会いたいし、なんでもするから別れないでと言うし、仮にセフレならいいよと言われたら喜んで応じると思います。(Kくんはそこまでわかりやすいクズではないのですが、、、)

もしくは、今誰かが優しくしてくれたら、コロッと好きになってしまうだろうし、今度こそは離すまいと尚更相手の顔色を伺って何でもする都合は良いがその分クソ重い女になるだろうと思います。

メンヘラが一度異性の温もりを知ってしまうときついですね、もう本当にきついですこれなら彼氏いない歴=年齢だったときの方がよっぽどマシでした。

これからどうにかして、恋愛以外に楽しいことや努力できることを見つけ、コンプレックスとじっくり向き合い、自分を好きになれるように頑張りたいです。自分を一番最初に好きになるのは自分でいいんだ、と言い聞かせながら生きていきたいと思います。

まとまりのない文章ですが読んでくれてありがとうございました。



【執筆者】
あげ
もの さん

【プロフィール】
大学3年生女です。場面緘黙症の後遺症などで悩んで数回こちらのお悩み投稿でお世話になりました。


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5件のコメント

吉田 返信

あげものさんと同じように大学生で、場面緘黙ではありませんが、障害と疾病を抱えており、通院いるものです。

投稿から、あげものさんは大変な思いをしてきていらっしゃったのだろうな、と感じました。あげものさんは謙遜するだろうし、「自分よりもっと大変な人は沢山いる」とも思うかもしれませんが、そんなことは大した問題ではありません。
過労で自殺を選ばざるをえなくなってしまった方に、「中東の紛争地帯にいる子供はもっと辛い思いをしている!働き過ぎたくらいで自殺を選ぶなんて甘えだ!」と言うことが正しいと思いますか?多くの場合、不幸の比較にはなんの意味もありません。
あげものさんは自分のことを客観視し、冷静に判断できる能力があると思います。あげものさんがあげものさんなりに、自分の思考や心理を分析しながら、Kさんとの交際を振り返っているからです。
「これからどうにかして、恋愛以外に楽しいことや努力できることを見つけ、コンプレックスとじっくり向き合い、自分を好きになれるように頑張りたいです。自分を一番最初に好きになるのは自分でいいんだ、と言い聞かせながら生きていきたいと思います。」というところに感動しました。それはとても真っ当で健康的な解決策だと思います。
ですが、無理に自分を好きになろうとしなくても良いとは思います。自分の嫌いなところは嫌いなところ、治したいところは治したいところでそう思っていて良くて、自分を肯定的に評価できない自分のことは否定しないであげてください。
ずっとご自身のことを「ダメな自分」と思っていらっしゃったのに、いきなり認識を改めるなんてこと、できる訳がありません。あげものさんだからできないんじゃなくて、普通みんなできません。
もしこれが他の人に対しての話だったとして、ずーっと「嫌な奴だなぁ」と思っていた人のことを、「そうした方がお互いのためだから」なんて理由で、いきなり評価を改め、好きになるなんてことは、まず大抵の人間にはできなくないですか?
それなら、自分自身が自分自身に対して持つ悪い印象だって、捨てるのが難しいのは当然の事です。
これはなるべく私自身が心がけていることでもありますが、「自分ってこういうところが嫌だな」と思っても、そんな自分を許してあげてください。(1/5)

吉田 返信

それができれば苦労しないって思いますよね。
でも、もし、あげものさんが、あげものさん自身以外の人に対して「完璧な人間なんて居ないんだから、多少の欠点があったとしてもそれは仕方ないよね」と思うのであれば、その考えを自分自身に対しても用いてあげてください。
そして、あげものさんがあげものさんの欠点を治そうと努力した時、他でもなくあげものさんご自身が、まず、あげものさんご自身のことを誉めてあげてください。
結果が出る前でいいんです。むしろ、何かやったらその度に誉めてあげてください。
あげものさんはきっと、これまで自分からも他人からも誉められたり、肯定されたことが少ないんだと思います。
これまで肯定的に評価されてきたことが少なかったのなら、その分、これからは自分が何かしたらたくさん誉めてあげましょうよ。その方が努力も続きますし、結果にも結び付きやすいです。
1日あたり3時間勉強したのに、「あれができてない、これができてない」と自分を責めて疲れきって嫌になって、一週間で勉強を止めてしまう人より、1日30分でも勉強して、多少バカみたいでも「やべえ、今日がんばったじゃん!!自分すごい!!明日もがんばろう!!」と思って1年勉強を続けた人の方が、確実に成長していますよ。
というか、1年も続けられたら、最初は1日30分でやってた人でも、1年後には1日3時間くらい余裕で勉強してそうです。
勉強じゃなくても、連絡の返事をするのが苦手だったら、いつもより早めに返事を返すとか、苦手な電話に出てみて、上手くできなくても応答してみるとか、そういうことで良いんです。
だって、それは自分の苦手を克服するためにチャレンジしたことになるわけじゃないですか?それは立派な努力ですし、誉められたことですよ。
「そんなのできて当たり前」とかいう発言のことは気にしないで良いです。というか、極力視界にも思考にも入れないようにしましょう。その発言が一体どうしたらあげものさんのためになるんです?あげものさんを萎縮させて、苦しめるだけじゃないですか。
マジで、言った人は満足するかもしれないけど、あげものさんにとってはなんの得もない言葉ですよ、それ。(5/2)

吉田

そうやって、嫌いな自分自身を許容しつつ、他人からの否定は話半分に無視して、日々の生活のなかで、小さくても、自分のできたところを評価することで、自己肯定感は少しずつ少しずつ高まり、それが自信にも繋がります。そして、正しい自信は魅力にも繋がります。
自己肯定感が低い人がメンヘラになって、メンヘラっぽい言動をし、恋愛に救いを求めてしまうことは仕方のないことです。恋愛は承認欲求を一時的にでも満足させてくれます。傷つき苦しんでいる人が一時的にでもその苦しみから逃れられるものを得たら、それに依存してしまうことは当然の事です。
ですが、メンヘラの恋愛は十中八九上手くいきません。それはあげものさんもご存じの通りだと思います。
メンヘラは救いを求めて恋愛をするのに、メンヘラだから恋愛で救われることは難しいのです。恋愛は健康で冷静に判断できる人には長く続く幸せを与えますが、メンヘラには一時的な救済と、それ以上の苦痛を与えるものです。例外がないわけではないですが、そういう傾向があるのは確かだと思います。
Kさんとの交際で、「自分の悪いところを全てそのまま受け入れてもらおうという考え自体が間違いだったのでは???」ということに考えが至ったあげものさんは賢いと思うし、本当に客観的に物事が見れていると思います。
だからこそ、恋愛で救われようとしないで欲しいです。
これから少し厳しいことを言います。
先程も少しだけ似たようなことを言いましたが、恋愛は、健康で人生にある程度余裕のある人が、さらに幸せになろうと思ってやってみて、数回の失敗を挟みつつ恋愛について学習し、運良く相性の良い相手に巡りあった上で、初めて上手くいくものです。
恋愛のプロでもない人間が、恋愛で救われようとするのは、初心者がホームランを狙ったり、宝くじを担保に家を買おうとするようなものです。
初心者がホームランを打てないとは限らないし、宝くじが当たらないとも限りませんが、それを狙ってチャレンジするのは分の悪い賭けだと思いませんか?
だから、もし幸せに、人生をより良いものにしたいのであれば、もう少し確実で手っ取り早い方法で幸せになって欲しいです。(5/3)

吉田 返信

自分の好きなものを食べに行ったりとか、温泉(スーパー銭湯)に行ったりとか、動物とふれあってみたり、きれいな場所に行ったり、面白いものを見たり、聞いたり、読んだり……なんでもいいです。あげものさんの好きなこと、幸せだと思えることをしましょう。
今見つからなかったら、見つけようとすることを楽しみにしてみてください。普段買わないお茶を買って飲んでみたり、普段食べたことのないものを食べてみたり、やったことのないことをしてみましょう。
それが必ずしも楽しくなくていいですし、むしろ、最初は楽しくないかもしれません。楽しくないものの中から、お金や時間、体力的に無理しない範囲で、これなら自分でも楽しめるしめる、というものを探してみてください。
恋愛や、人間関係以外でも、自分を助けてくれるものを見つけましょう。
よくネットで言われることですが、依存先は分けて複数あった方がいいです。依存先を一つにしぼると、それがなくなった時のダメージがヤバイです。
人間関係でも、全く諦めるのではなく、大学のカウンセリングや、敷居が高いと感じるかもしれませんが、精神科などの医療に繋がるのも一つの手です。
カウンセリングや病院は万能ではありませんし、正直、ご自身の使い方や担当してくれる人の良し悪しで、マイナスにもプラスにも効果が変わるものです。
ですが、そういうものに繋がることで、自分の知らなかった情報や、対策に出会えることもなくはありません。私自身、カウンセリングで他者の意見や情報を取り入れることで助かったことは多々あります。
一つの手段としてオススメします。
そうやって心身ともに健康になって、コミュニケーションにも、上手いとまではいかなくても、人並みにできるぞって自信を抱いて恋愛をしたとき、あげものさんは今よりもっと魅力的な人物として周りに映ると思います。(5/4)

吉田 返信

今すぐ恋愛について全て諦めて他のことに努力しよう、と言っている訳じゃないです。恋愛したかったらしてください。でも、それに依存しないでください。恋愛以外の幸せや生き甲斐も見つけてほしいんです。
恋愛の幸せを否定しませんが、先程も言った通り、恋愛の幸せは博打の要素がありコスパも良くないです。
今後どうしていくかは、あげものさん自身と、あげものさんの置かれている環境次第です。
しかし、事実として、今のままのあげものさんでいるよりも、恋愛以外のことに興味を持って趣味を深めてみたり(興味を広げ深めることは、将来の交際相手との会話の話題作りとしても役に立ちます)、コミュニケーションが苦手なところを緩和し、自信を持って、自分の考えと心で、嫌なものは嫌、好きなものは好きと言える人間になった後から恋愛をした方が、上手くいく可能性は高いと思います。
色々ごちゃごちゃと言いましたが、全部無視してくださってかまいません。あげものさんのことは、私には投稿以上のことはわかりません。私の話には、勘違いや理解不足なところもあると思います。あげものさんが納得できたところ、参考になると思ったところだけ聞いてくだされば結構です。
それに、もし私の話が参考になっても、今、あげものさんは大きく傷ついている状態にあると思います。
そういうときは、というか、そういうときこそ、ご自身をいたわってあげてください。無理せず休んで、余裕ができたら行動に移してください。
最後に、これだけは誰にでも共通の話だと思うので聞いてくださるといいのですが、何をするにしても心身ともに健康であるに越したことはありません。
私は、あげものさんは、あげものさんが思っている以上に努力していると思います。無理せず、休むことも努力のうちと考えて(適度に休まなければ人間という生き物は死にます)、ご自愛ください。(5/5)

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