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名古屋支援者当事者研究会#1

自助グループ
名古屋支援者当事者研究会

漢字が12個も並んでいる。むう、お固そう。
大丈夫、安心してください。ゆるふわです。

この会は第15回当事者研究交流集会名古屋大会のメンバーが中心となって発足しました。
支援者には、支援職者、ピア・サポーター、支援を必要とする家族や友人を持つ人などが含まれています。
支援する上での苦労や、「支援する自分」を抱える苦労を語り合うことを目的としている当事者研究会です。
11/11に第1回が開催されました。

最初ということで、発表者やテーマを決めず、ざっくばらんに話しました。研究が消えちゃうと勿体無いので、自分の視点から報告を書きます。

注意) 本レポートでは個人情報保護などのため全体的に要約して記述して自分のレンズを通した感想を書いています。レポートに含まれる発言はご本人の言葉そのままではないです。ご了承くださいませ。

① 制度と本質の二律背反、あるいは、美味しいカップ焼きそばの作り方

保育士の方から、支援の必要な子に対する「保育と子育て」の二律背反の苦労が語られました。自分なりにパラフレーズすると:
・子育ては<できること>に注目し、ダイナミック/動的な成長を見守る
・保育は<できないこと>に注目し、スタティック/静的な要支援度を評価する
という方向性をそれぞれ持っています。その方は、子育て的な保育をしたいと思っているが、この二つの方向に綱引きされて、悩んでいるとのことでした。
つまり……親の立場からしても、「アレもできない、これもできない」「今日はこんなトラブルがあった」という話ばかりする保育士には子供を預けたくない気持ちになるだろうし、子育て的保育への要望は確実にある。保育士としても日々の成長に敏感であることやその子なりの個別事情を把握する力は大事な素質です。しかし、要支援度のスクリーニングを行う専門職として、項目的でスタティックな評価もしなければならない。時には小細工をして制度にのせることもある。こうしてるうちにモヤモヤがたまっていく。

その後、親の立場、支援されていた当事者の立場、見過ごされて支援されなかった立場などからも発言があり、ワイワイ話しました。

その中で、

A:その苦労って、焼きそばとカップ焼きそばの関係と同じですよね。
一同:???
保育士:……あ、そうです!そうなんです!

というやりとりがありました。子育て:保育=焼きそば:カップ焼きそば。

カップ焼きそばは焼きそばではなく、インスタントで・ワンパターンであり、焼きそばと比べるとニセモノという感じがする。でも、それなりに美味しいし、役割もある(時間がないときや小腹が空いたときに便利)。いかにカップ焼きそばを美味しく作るか、が職業としての保育士の課題なのかなあ、となんとなくまとまりがつきました。

後日談として:トウケングループの中で、カップ麺が流行りました。保育士の方は、カップ麺を毎日食べて、食べ比べてみるなどの実験を行なっているらしい。糖尿病なのに。

② 支援されることについて

本会は精神科ユーザーの当事者さんがいらっしゃるので、支援されることについても話し合われました。

B:支援者の当たりハズレがある。ハズレの支援者が「ここが問題だ。課題だ。できるようになって」というばかりで(知っとるわ!)、どうやったらできるのか教えてくれなかった(それ教えるのが仕事やろ!)。こっちの希望も聞いてくれなかった。仕方ないので別の行政区に移った。
今度はいい支援者に当たり、生活介助を利用できるようになった。ピアサポーターの登録もした。そうこうして、自分が何をやりたいのか・一度は挫折したものの何をやりたかったのか改めて考えるようになり、回復してきた感じがする。

C: 熊谷先生の「自立とは依存先を増やすこと」という話は、たしかにと思う反面、「この人一人がいなければ、いまの私はなかった」というようなこともよく思う。ステップワンとして、1人に頼ることは必要ではないか?

D: 善意の押し売りはやめてほしい。自覚があるなら全然良いのだが、正論いうだけ、耳当たりのいいこと言って悦に入りたいだけの支援者いるよね〜。
E: 私がそういう支援者だな。困った困った

③ 家族の苦労

家族はアディクション。健気な母親を演じたい自分がいる。日々スリップする。面倒ごとがないとないで寂しい。

①の話の時にちょろっと自分も話したんですが、職業的支援者には「自分がいなくなったとしても、その人がなんとかやっていけるように、本人を力づけたり、周りを巻き込んだりすべし」という職業倫理があると思います。自分が抱え込まないことには、感情管理の一環で、支援の上での合理性があります。意識しないと、抱え込み、巻き込まれるので要注意!……ということになっています。

で、ここのところ、家族の当事者研究は目先が違う感じだなあと思いました。抱え込んで、巻き込まれて、困ったちゃった〜、今も困ってる〜、というところが出発点になっているようです。抱え込んでいない、巻き込まれていないところから、滑らないように注意しようとか滑ったけどうまく復帰しましたとかいう話ではないというところが興味深いです。

④ 死神さんの研究

盛り上がる。再現が難しいので割愛しますが、重要なことが話し合われたと思います。一回まるまるこのテーマでやりたいですね。

<全体の感想>

書き出したら会で何を話していたのかだんだんわかってきました。ぼくは耳で聞く話の飲み込みが遅いなあ。やれやれ……。

「職業としての支援が自分助けになっている」の話について色々思うことがあります。
自分助けを分解してみると……
・助けるという行為や社会的立場により自己効力感が増す
・支援に関連する知識や技法を自分に適用することで助かる
・支援で日銭が得られて生活できる
という要素があるかな。他にもあるかもしれない。

これは自分だけかもしれないですが、医療職のたまごである自分が支援職をやろうとする上で、「自分/他者/世界に関する自分の理解が刷新されるだろう」という期待が実は大きいです。価値あることを理解するためにこっちの方向に何かあるはず………と思い込んでいます。そして、そう期待する一方、自分の場合、基本的に人付き合いは面倒で、ほっとくと人から離れちゃう傾向があるので、職業という形で人につなぎとめておくのが、自分の人生にとってなんか良さそうだと思っています。こういう身勝手な利得に見合った仕事をちゃんとしないとならんね、と責任を感じます。しかし、十全にやっていける自信はなく……。う〜〜、よぼよぼヨチヨチやっていきたいと思います。

このブログを書いた人

t_azuma1989さん