両親に心から感謝することができず、悩んでいます。 私は現,,,

さん
回答数
4

さん

両親に心から感謝することができず、悩んでいます。
私は現在高校2年です。

私はとても恵まれた環境で日常を過ごしています。
家族仲も良い方で、私の進路など相談事も親身になって聞いてくれる両親もいます。
鬱病も理解してもらえました。
感謝してもしきれないほど、良い育て方をしてもらっていると思っています。
ですが、感謝すべき状況で、寧ろ感謝しないと人間としてどうかと思うほど良くしてもらっているのに、心から感謝することができません。感謝したいとも思っていますが、どうも心の一番奥では感謝できていません。


自分でも思い当たることがあります。
希死念慮が子供の頃から一度も消えたことがないことです。
家庭環境が良い方でも、人間関係の縺れなどの日常で嫌なことが無くても、ただ漠然と死だけを希望としていました。生きていること自体が辛いと思ってしまいます。特に決定的な悩みはないんです。
生まれてこなければ良かったとしか思えません。だから、自分を産んだ両親を、産んだこと自体に不満を持っているので、心から感謝ができないんだと思います。
本当に大切に育ててくれたことや、色々なことに感謝はしているんです。ただ、根本的に私を産んだことへの恨みでしょうか…その気持ちが強くてどうしようもありません。


鬱病の方の体験談などを自分が見ている限り、何か大きな原因があってなっていたり、様々な原因が積み重なって鬱病になった(更に悪化した)という方しか見たことがありません。

私のように漠然と産まれてきたこと自体に絶望感とそれに対する恨みを持っている人はいないのでしょうか。
他人と意見を合わせて生きたいとは思っていませんが、自分以外にこのような考えを持っている方が一人も見当たらないというのも少し不安になります。

また、両親に感謝できない私のことをどう思いますか?
曖昧な内容ですみません。

うつ病 希死念慮

回答一覧

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

そうですねぇ…
『感謝する』には、絶対的に必要なモノがあるのですが、ご存じですか?
『喜び』です。
『喜び』がわいてないのに、感謝の気持ちなんて涌きようがないんですよね。

相談者さんは「親にしてもらったこと」で、「心の底から」嬉しかったとかいうことって思い浮かびますか?

どんなに「道義的なこと」をして貰ったとしても。
言い方がよくなかったり、タイミングが悪かったり、すると逆効果になることはあります。
それから、「本当に子供の相談者さんにとって」は、必要なことをしてあげられていたか?という、親として根本的なところも、あったりします。
「子供が必要とするもの」って、子供の個性によって違ってきたりしますから。

…ところで、思春期になると、これまでと違って、「親を客観視“できる”」ようになってきて、いろいろ批判したくなってきます。

私はここメンヘラjpさんとかでよく見かける、「『私はとても恵まれた環境で育てて貰った』“としか”自分の育成環境を観れない人」というの自体が、なんかちょっと“変”っていうか違和感を感じるんですよね。
だって、そんなはずないんです。
不完全な人間が親やってるんです。
絶対に穴はあるし、「潔癖すぎる」ことだって息苦しさを与えたりする穴だったりするんですから。
…子供が親離れするためのひとつの自然な心の動きである「思春期の子供が親を批判すること」ができない、ここに、何かの闇を関してしまったりします。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

回答を書いてて思ったんですが。

そもそも「鬱病」なんですから喜びなんて感じにくいんですよね。
その状態で、「感謝ができない自分はダメだ」って考えてもどうしようもないのではないか? だって、「今はできないこと」を延々を追求してたって、エネルギーのムダになるだけですから。
鬱が治まってから考えるしかないような…

ただ、私が書いた『闇』に関しては、もうちょっと詳しく書くと。
親御さんと一緒にいるとき、「お母さんがこうしてくれたから、ああしないと“いけない”」とか「お父さんはこう言うから、ああしない“自分はおかしい”」とか、いうふうに、『思考の最初に出てくる主語』はいつも親になってませんか?
「私“は”こう思うからこうする」「私“が”こうしたいんだけども、どうして親は…」みたいに、ちゃんと、自分が、最初に出てくる主語になってますか?

こうふうに子供が思えない家庭環境はヤバイです。

相談者さんのおうちがこうじゃなかったらごめんなさいね。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

あ、感じてしまったりします。
でした。失礼しました。

kou
kou
さん
kou
kouさん

まったくの他者にあなたに対する感想を委ねているあたりは他人と意見を合わせていきたい、あるいは他人に評価されて安心したいとは思っていそうですね。先生の評価、成績表の評価を大事にしていそうです。

死のみを希求してしまう人間は、いると思います。同じ種でも多様な生物のほとんどは生か生殖を求めてしまいますが、死や病気のリスクにも積極的に挑まなければ全体としてはバランスが悪い。そういうものだと思っています。たまたま善とされている多数派で生まれなかっただけです。
漠然と生まれた、と、生まれた意味を探すことができるあたりきっと頭がいいのでしょう。おれは生まれてしまって生きてしまって絶望しているので、尊敬します。


でも、この大会で負けたらしばらく家でごはんもらえないからって、指導してくれる親に全力で従ったりするのは感謝するべきではないです。こういう「常識」みたいなもの、難しいですね。

HOTワード