自分を守る為に諦め癖がついてしまいました。 2年前の仕事で,,,

ぼくさん
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ぼく
さん

自分を守る為に諦め癖がついてしまいました。
2年前の仕事での話ですが、
人に頼み事をする→やってくれない→自分がダメだからやってくれないんだ。自分が全部しなければいけないんだ。と思いつめた結果
鬱になりました。
同じ職場で現在も働いていますが、同様のことが起こっても、やってくれないのではなく、出来ないのだ。「しょうがない」と思うようにしています。
この考え方を身につけ、仕事も人間関係もうまく行くようになりました。しかし、あらゆる事を「しょうがない」で片付けてしまうようになりました。
・人と意見が合わなかった→色んな人間がいるからしょうがないよね
・大切な人が遊んでくれなくなった→彼女の人生があるからしょうがないよね
・早く結婚しろと言われる→相手だって選ぶ権利があるんだからしょうがないよね
などなど、特に対人についての諦め癖がひどいです。心の底では私を助けて欲しいし、分かって欲しい、遊んで欲しい、選んで欲しいという気持ちがあるのだろうと思います。これらを諦めてしまう癖がついた結果、傷つかない代わりに悲しい、寂しいという感情が分からなくなってしまいました。
傷つかずに諦め癖を治すにはどうしたら良いでしょうか。どういった考え方をすれば良いでしょうか。皆様の意見をお聞かせください。

相談 諦め癖 感情が無くなる

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ウルスラグナ
ウルスラグナ
さん
ウルスラグナ
ウルスラグナさん

相談お読みしました
まず最初に出典はわかりませんでしたが
このような名言があります「人生諦めが肝心だ」と

貴方の中でこの言葉はどう響きましたか?
ああそうか、やっぱり諦めていいんだ。と思いましたか?
いいえ違います。
この言葉は「(いくら努力してもどうにもならなかった時は)諦めが肝心」なのだという
意味です

耳が痛いかもしれませんが聞いてください
問題が発生してから解決に至るまでの努力を放棄して即諦めていませんか?

・人と意見が合わなかった→色んな人間がいるからしょうがないよね
この思考に至るまでの過程の中で「理解してもらおうと努力したけど」
結局は理解してもらえなかったなら仕方がない。の努力の部分が抜け落ちていませんか?

「努力」。私の好きな言葉ではありませんが「努力して」その結果の妥協は必要だと思います

私の話になります。私は色々なものを諦めてきました
・高校の先生になりたい→免許はとったけど実習先で向いていないとわかり諦めました
・学芸員になりたい→資格は取ったけど求人が多くていくつも探したけど就職先が無くて諦めました
・学芸員でも専門性を持ったら就職できるんじゃないかな?海外でもっと専門的に学ぼう
→2年間短大で専門の大学に入る為に授業を受けましたが言葉の差に圧倒されて諦めました
・ライターになろう→1件200円の記事を書き続ける日々、それも毎日仕事があるわけじゃない
とてもじゃないが生計は立てられない、諦めました
・作家になろう→1次は突破できても2次審査で落ちまくり。諦めました
・事務職で働こう→就労移行支援施設で訓練しましたがいくら訓練してもADHDの特性のケアレスミスが克服できずに諦めました
このように私も多くのものを諦めて生きてきました。
しかし言えることは諦めるためにしてきた努力は実を結ばなかったけど
何一つ無駄じゃなかったと胸を張って言えることです。何かが何かの役に立っていると
思っています。
貴方も諦める前にできる限りの努力をしてみてから諦めてみてください
確かに固執することで成功する場合もあります
「愚行も究むれば賢者となるを得ん」と言う言葉がそうです
確かにそういう人もいますし、その人の人生の取り組み方を否定するわけでも
ありませんし推奨もしません

私とあなたは「正しく」諦めるという道を進んで良いと思います

質問者のコメント

お礼を回答にて返してしまいました。申し訳ありません。ご回答ありがとうございます。

ウルスラグナ
ウルスラグナ
さん
ウルスラグナ
ウルスラグナさん

回答お読みしました
貴方の努力の仕方が分からないのですが、貴方の努力とはこう努力すれば波風立たずに諦める事が出来る、と言う事でしょうか?残念ながらそれは確かに努力の1つですが貴方の苦しみを取り除いてくれる努力ではないと思います。
それでしたら努力の方向音痴だと思います。わざわざここで相談されるぐらいなのですから、考え方を少し変えてみて下さい。考え方を変えるのが難しいのでしたらカウンセリングに通ってみるのも1つの方法だと思います。

もう1つの可能性として努力しているけど伝わらないで諦めているのなら貴方は自身を過小評価しすぎているのでは無いでしょうか?周りは貴方をそう見てはいないかもしれませんよ。自分で自分を責めているだけの可能性もあります。

もしくは貴方は断り上手なのかもしれません。断り上手になってしまい嫌気がさしてしまったのなら辛いかもしれませんが断らない勇気を持ってみるべきかもしれません。大変きつい作業なので10回頼まれたら1回だけ引き受けてみるぐらいの頻度で良いので。成功体験を繰り替えし持つ事により考え方が変わってくると思います。

あと文脈からは読み取り辛いのですがずっと何の努力をしても理解してもらえず諦観してしまっているのなら貴方はアパシー(感情が無くなった状態)の一種なのかもしれません。もしくはかなり自己肯定感が低い状態だと思われます。その場合もカウンセリングが有効な手段だと思われます。

もしかしたら貴方は将来の事まで諦めてしまっていませんか?将来像を描いて見てください、5年後、10年後、どんな人間になっていたいですか?その目標に到達する為にはどんな努力が必要ですか?その過程の中で必ず他者との交流と合意を得なくてはいけない場合が出て来ると思います。その事をバネにして怒られても、嫌われても良いという人間関係を構築する勇気(根性論みたいであまり好きな言葉ではありませんが)は出てこないでしょうか?

傷をつけずに考え方を直すのなら少し今までとは毛色が違う話なので少し紹介するのをためらいますが「認知行動療法」が有効かもしれません。認知行動療法とは認知の歪み。例えば「私はいつも・・・だ。嫌われているに違いない」と1つの出来事にいくつもの考え方があって良いはずなのに1つの考え方に縛られてしまう(認知の歪み)考え方です。ただ、貴方の文章を見ている限り貴方自身をよく理解しており客観的にものを見ることが出来る知性を感じるので認知行動療法が有効かどうか少し疑問に思っているところです。興味が湧いたのなら認知行動療法で調べて見てください。

心配なのが今は楽かもしれませんがいつか絶対に回避できない重い事態が出てきた時の貴方のストレス耐性です。回答には反しますがその時が来る前に一回逃げないで成功体験を積んでみるのも1つの手かなと思います。これだと回答になってませんね、申し訳ありません。

質問者のコメント

色々と例を上げてくださりありがとうございます。特に専門的な事もご存知のようなので、自分の状態を知るのにとても勉強になります。頂いた意見を参考に自分なりに思考してみようと思います。心配の気持ちもとても有り難いです。私自身、自分の事を客観視し過ぎて他人事になりつつありますので…
また、ご相談させて頂きたいと思います。

ぼく
ぼく
さん
ぼく
ぼくさん

ご回答ありがとうございます。私は努力という言葉が割と好きです。ただ、対人については諦める免罪符を得る為に努力している節があります。最初から諦めているけれど、何もしないで諦めるのは自分が許せないから努力する。といった感じです。こうすれば傷つかないので。この努力も無駄では無いと言えるのでしょうか…。