承認欲求という概念があまり好きではない。 というか、承認,,,

Ykiさん
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Yki
さん

承認欲求という概念があまり好きではない。
というか、承認欲求を、悪いものだと感じてしまう。

「それは、たぶん承認欲求、私もゆきも誰かに認めてほしかったんだと思う」
数年前、あるメンヘラ友達に言われた。
なんだかズキッとしたような気持ちになった。最近になってこの言葉を思い出した。

誰に愛されても、認められても、求められても、自分を好きになれない私には、この欲求は毒だ。

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まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

私も『承認欲求』っていう言葉は好きじゃないです。
『欲』っていうのがネックなのかな?

でも『欲求』てないと、食欲とかないと死ぬんですよね。
で、この『承認欲求』もないと結局死ぬんですよね。
自分自身は今何を欲しがってるか?がわかんないと、食欲だってなんだって結局は「腹すいてるんだね?」って自分が自分に認めて貰うってことで満たせる生命維持できるわけで。

そういうふうに、自分自身を含めた『人間から存在を意識して貰ってる』ことで、自分の軸って支えられてるんですよね。
とくに『自分という人間から意識して貰ってる』が主軸になるんだそうで。

なので。
私は『承認欲求』っていう単語は使わないようにしています。
『今、生きるために必要なことを自分が欲しがってるな…』って思うようにしてます。
自分にとって生きるのに必要なことを、金魚に餌をやるように、たんたんと、与え続ける…金魚死んだら片づけとか嫌だから…
いわゆる自分を俯瞰して世話するっていうのですね。
自分を好きとか嫌いとか。
そういう好みとかとは別に。
自分という個体の生命維持って考えるとたんたんと自分に与えられるように、私はなってきました。

質問者のコメント

遅くなってしまいすみません。コメントありがとうございます。

生きていく上で必要なものだというのは重々理解しているのですが、自己承認の下手さ(自己肯定感の低さ)と、際限のない他者承認の欲求によって、苦しいんだろうなぁ。と思っています。
以前教えていただいた、自分の感じていることを拾う訓練も、あまり実践できていないし......

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

お返事嬉しいです。

新しいことに取りかかるって定着させるのにホント骨が折れますよね…

人間、いずれにしても、『自分自身を“何か”で満たす』ことで生きてるんですよね。
「何にもしない」で居たら、何も自分のなかに入ってこない、って思いますよね?

これ、違うんですよ。

「何にもしない」でいたら。
『何にもしないことから来る虚無』から来る、様々な感情や思いや思考…が、勝手に、自分のなかに満たされてきちゃうんですよね。

『心の中を本当に空っぽにする』ってできないんですよ。
思考できる脳機能がある限り。

しょうがないから。

『嫌なモノ』が満ちてこないようにするために、【自分の心が心地よく気分がよくなること】をやって『ましなモノ』を心にぶちこんでいって、『嫌なモノ』を締め出すようにしようとするんですね。
それの取り掛かりが、この間お伝えした訓練なんですね。
自分が心地よく感じてる、を、十分に拾えるようになってないと、『自分にとってのましなモノ』がどうやったら手に入るかわからないですからね。

『他者からの承認』は【他者にとっての『ましなモノ』】なんですよね。
他の人が『いい』って勝手に感じた、ってだけで。
あなた自身が『いい』って感じたんじゃないから、『あなた自信にとってのましなモノ』じゃあ、ない、んですよ。
だから、いくら承認してもらっても。
【あなた自信を心地よく満たす】ことはできないんですよね。

満たしてくれないモノを追ってても、どうしようもないんですよね…
寂しいけど。
どうしようもないモノを諦めて手離す、というのも、自己肯定感をあげていく、自分の軸を確立していく、ことには必要なんだそうです(精神科医より)。