眠れない。 母は兄に掃除機かけて、と頼むことができない。 ,,,

ユーザー5746さん
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ユーザー5746
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眠れない。
母は兄に掃除機かけて、と頼むことができない。
私には頼むことができるので頼まれるとき、兄が暇そうにしていたら、そこにも暇そうな人いますよ、とかお兄ちゃんに頼んで、とか言ってみたりもしたが、頼むことができない。
他の頼みごとはできる。例えば今日はお風呂掃除の日だからお風呂洗ってとか、台所の換気扇掃除してとか。
掃除機かけては頼むことができない。なぜなんだろう。
頼むことで彼女に何か精神的負担がかかるので無意識的にやりたくなくてやらない選択をとる、という大まかな推察をしている。
みながみな自分のように、自分に起きた反応を言語化するわけではないし、無意識下で、というレベルだと思っている。

兄については、普通に横暴で普通に人を見下したりするという感じ。
見下す対象の実例は私。
母がかなり自己犠牲が好きな人なので(生活や観察や会話を重ねた上で好きと表現する)、それが彼の横柄さを助長した側面もあると思う。母のせいということではなくひとつの要素として。

モラハラはそれ自体がどういうものであるか理解していても、する側もされる側も気が付くことが難しい。

誰しもが時と場合によって加害する側になり得る。
そのことを意識しない人は多いとよく思う。
凶器を平気で振り回している人をよく見るし、刺さった刃を抜けずに握りしめている人もよく見る。

認知がまったく歪んでいない人間は存在しないので、歪みのない家庭は存在しない。
歪みがある中で、幸福なまま生き続けるためにはどうしたらいいんだろう。
誰も傷つけないまま生きていくのは無理だし、どこも傷つかないまま生きていくのも無理だし。

大人になってからただ平和に生きていくのがこんなに大変なんて思わなかったな。
最近は幸福だと思えるようになって、ラッキーだし色んな人に感謝している。
その上でなお大変なことだと思う。

私と関わる親しい友人たちが私といる時は安心して過ごせるといいと思う。

安心して過ごせる場所は本当に少ない。
たとえちょっとしたことでも安易に否定されない、軽んじられない、大事にされていると感じることができる、安心する、そういう場所がひとつでもある人はあまり多くはないのではないか。
私は自分で自分の中にそれを作ることを頑張ってみて、今のところ成功しているけど、状況・反応・感情を、観察・言語化・分類・分析することが苦にならない性質がそれがうまくいってる大きな要因なので、このことが得意じゃない人はどのように安心を得ているのだろうと思う。そう思うのは私が他のやり方を知らないからというだけではない気がする。

かなり色々受け入れるようになったので、このことについてどうしたらいいのだろうと悩むことは今はないし特に主張も思想もないけど(主張というのは、誰にも歪みの皺寄せがこないために、人間は生まれるべきじゃないとか、個人が完全に独立して生きるべきだとか、そういう意見のこと)、ただよりよくなっていくといいなと思う。
その、よりよい、も人によって違うけど。
それぞれのよりよいにより近付けるといいよなと思う。なので私は自分の思うよりよい、に近付けるように頑張ろうと思う。
とりあえず今は、早く眠れるよう頑張る。

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