亡くなった人を忘れないために、何かしていることはあります,,,

MYさん
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MY
さん

亡くなった人を忘れないために、何かしていることはありますか?

昨年、同僚を亡くしました。自殺でした。原因は職場内のハラスメントで、私はその加害者側への恨みをこじらせ鬱になりました。今は加害者も異動になり、お薬も合っているのかだいぶ落ち着いて、かなり元気に過ごせています。でも、忘れてしまうのが怖いんです。祖父を亡くした時は、今でもずっとそうですが、私の祖父という席はずっと空欄のままで……穴が消えない、というんでしょうか。それに一種の安心感を覚えていたようにも思えます。でも同僚のポストには新しい人が入って、職場は円滑に回っていく。何も無かったかのように。一人置き去りになって鬱々としていた私でさえも、元気になってしまう。でも絶対に忘れたくない。二度と見て見ぬ振りはしたくないんです。

……なんだか重いっぽい話になりましたが、聞きたいのはそれで、何かいい方法ないでしょうか?という御相談です。勿忘草のプリザーブドフラワーか何かないかなぁと思ったんですが、目立たない小さいお花ですし、あとお花屋さんは母の日セール真っ最中で見つけられませんでした。実物のお花を育てるのはちょっと(家族への言い訳が)難しそうで……
日常に取り入れられる些細なことで構いませんので、何かありましたら教えてください!

相談

回答一覧

さかなのしめじ
さかなのしめじ
さん
さかなのしめじ
さかなのしめじさん

MYさんはじめまして。相談お読みしました。

亡くした人を忘れたくない気持ち、忘れるのが怖い気持ち、とってもわかります。私は高校生の時に同級生を亡くしました。自分よりも数倍聡明で人望もあり将来の夢もあって親にも愛されていた人でした。代わってあげられたらなあと何回も思いました。しかし、数週間経つとみんな何事もなかったかのように過ごしています。「彼のことを忘れたら彼が本当に死んでしまう」と思った私も何事もなかったかのように過ごしたので、多分みんな心の中で彼のことを思ってるに違いないと思うようにしました。

私がしているのは些細すぎるのですが、携帯のカレンダーに命日を登録しています。1年ごとに設定しているので携帯が壊れない限り続きます。ずっと先まで見ることができます。私の携帯の中で彼の名前が生きています。お誕生日でもいいんじゃないかと今思いました。

かわいいものではないですが、お役に立てれば幸いです。

質問者のコメント

なるほど!とてもいいですね。今はしっかり覚えてる命日もいつか忘れてしまうかもしれないし、カレンダーに入れておけば少し安心です。やります、ありがとうございます!あと共感していただけたのもとても嬉しかったです。

みゃむら
みゃむら
さん
みゃむら
みゃむらさん

はじめましてこんにちは。

MYさんの求めていらっしゃる解ではないかも知れませんが、コメントさせてください。

同僚の方を亡くされたとのこと、大変無念だったと思います。

MYさんの文章を読んでいると、すこし気になることがふたつほどありました。

ひとつめに、同僚の方を忘れてしまうのを、MYさんご自身のなかでの忘却と、会社内での忘却を、混同しながら同時に恐れているようにぼくには思われました。MYさんにとってどんなに唯一無二の存在であっても、会社で雇われた人はいなくなれば、その代わりを補填することで会社はまわっています。そして膨大な仕事や異動が、故人の存在を掻き消していきます。なので会社の中で個人を記憶し続けることは難しいと思います。

ですが、MYさんご自身の中で憶えておくことはできると思います。なによりMYさん自身が憶えておきたいとおっしゃっているように、相談を読みました。ここまでがひとつめです。

ふたつめは、いかにして故人を記憶するかです。すこし抽象度が高いかも知れませんが、お許しください。

故人の骨や遺品、写真を肌身離さず持つ人、命日を手帳などに記しておく人、故人の代わりを生きようとする人、やり方は人それぞれあると思います。

それでも、忘れないことはとても難しいことです。四六時中故人を思い続けることは自分の人生に支障をきたします。なので、ぼくは故人をときどき思い出すようにしています。

ぼく個人の話で恐縮ですが、ぼくは大切な人を亡くしたあとに、物などは手にできませんでした。ですが、形あるものに代わって、その人に教えてもらったこと、たとえば仕事の仕方や工夫、おいしい料理のレシピ、移ってしまった口ぐせ、物事の捉え方、たくさんのことがぼくの中で未だに生きていて、ぼくはそれらをひとつひとつていねいに見付け出して、その記憶がぼくを生かしています。

ぼくの記憶と身体に刻まれた故人は、ときどきぼくの生活の中に顔を出します。そして自分の中の大切な人を思い出して、その人が生きていたことを思い出します。

もちろんどんなことも故人を前には気休めでしかないでしょう。涙が枯れたあとも悲しみは尽きませんし、喪失は何物にも埋めることはできません。どれだけ時が経っても奥歯を強く噛み締めて泣く日があります。

それでも大切な人が生きた時間を憶えておくこと、特に自分の記憶と身体に刻みつけておくのも、ひとつのやり方だと思います。

長々と失礼しました。

質問者のコメント

回答ありがとうございます。
まず一点目ですが、同僚の死はハラスメントに起因するものですので、どんなに難しかろうと組織としても忘れるべきではない、というのが私の考え、願いです。そして二点目、みゃむら様が亡くされたのはとても大切で身近な方だったのだろうと思いますが、私と同僚の間には何もありません。教えて貰ったことも、思い出も、何も。だからこそ、忘れてしまいそうなんです。彼は私の中で生きてはくれない。