両親に虐待の謝罪を求めてしまう。 こんにちは。幸いなこ,,,

kiuさん
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kiu
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両親に虐待の謝罪を求めてしまう。

こんにちは。幸いなことに私の両親は、私のことを大切に思ってくれています。
病院に連れて行ってくれたり、夜に話を聞いてくれたりしています。あなたのことを大切に思っているといつも言ってくれます。
それなのに、1番私がしてほしいこと、私を殴ったり傷つけたり、追い詰めて自殺未遂にまで追い込んだことを反省して謝ることだけは絶対にしてくれません。
両親は「そんなことは絶対にしていない。そのような行為は私たちが最も嫌悪する行為だ。そんなことをするはずかない」「証拠もないし、殴ったことを証明するものがない」と言い張ります。過去には「訴えても、法廷に出ても構わない。お前は俺たちに絶対に勝てない」とまで言いました。

しかし私はしっかりと覚えています。殴られたこと。1番にならないとダメだと厳しく教育され苦しかったこと。それで心を病んだこと。
それを謝ってもらわない限りは両親を信用することができません。それをしないで「あなたのことを大切に思っている」と言い張る両親をどうしても嫌悪してしまいます。

両親にそのような謝罪を求めることは、場違いや甘えなのでしょうか。今現在色々よくしてもらっているだけ幸運なのでしょうか。そのようなことをなかったことにして、仲の良い家族を演じれば良いのでしょうか。この行き場のない怒りや悲しみをどう処理すれば良いのでしょうか。

意見をくださると幸いです。


相談 虐待 謝罪

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まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

やるせないですね。
私も、実母と夫の親に、それぞれから、ちょっと信じられないようなことをされたことがあるんですけれども、どちらも、すっかり忘れてしまっていて、そんなことしたことないって言い張られて、いまだに思いきり不信感を抱いています
でも、表情や困惑具合をみても、本当に忘れてるっぽいんですよね。ああ、この人達って『私の本体』のこと大事だって口では言うし、本当に大事には思ってはいるんだろうけれども、、、『私という人間の内面という核心部分』にはそれほど深く関心を抱いていないんだなぁ、と、思って諦めることにしました。
私が病気になったり死んだりしたら、本気で心配したり悲しんでくれると思うけれど、ただ、どういう気持ちで生きてきたかとかそういうことには、触れてくることができない相手なんだなぁって。

人は、相手のことをそれほど深く知らなくても、お世話をしたり優しくしたりすることができちゃうんですよね。
だから、ちゃんと、愛せていると錯覚できちゃって、そんな自分に酔えてしまうんだよね。
でも、完璧に愛することができる人間なんて存在し得ないし。

自分にとっては過ぎ去ったこと、些細なこと、蓋をしておきたいこと、なんかは人はさっさと忘れるのかもしれませんし。

毒親問題の本なんかには、親に謝罪や変わって貰うことを要求しても、徒労に終わるからって書かれていました。確かにその通りだと思います。

ただ、問い詰めるのを諦めることは、『あなたが傷つけられた事実が存在すること』を否定することではありません。
親御さんも、不完全な一個の人間で、この件には対処不能って事実があるだけで。
この点に、きがつくようになっていくことから、自分で自分をケアする方向に舵を切りやすくなるかもしれません。

とりとめなく書いちゃいましたが、おばさんが20年近く考えてきた経過報告です。参考になれば幸いです。

質問者のコメント

ありがとうございます。自分で自分をケアする方向に向かった方が良さそうですね。。

kiu
kiu
さん
kiu
kiuさん

追記
事あるごとに「殴ったことを謝ってほしい」と両親に言ってしまい、いつも喧嘩になります。そしていつも私が精神的に耐えられなくなり叫んでしまいます。
両親はいつも「やったやってないの水掛け論になるだけだ。この議論に意味はない」「この話をすると最終的にはお前が精神的に辛くなるだけだ。やめよう」と言います。
でも謝ってほしいと思ってしまいますし、どうしても謝罪を要求してしまいます。そして家族内の空気がいつも悪くなります。
どうすれば良いでしょうか。

ko
ko
さん
ko
koさん

初めまして。
私は、自分の感じている怒りや悲しみに対して、原因を追究したり、深く思い悩むことは、ごくごく自然な反応だと思います。少なくとも「場違い」「甘え」という乱暴な言葉を簡単にあてがっていいようなものとは判断しません。kさんが抱いている感情はあくまでもkさん自身のものであって、家族であろうと赤の他人であろうと、本人ではない人間が簡単に否定出来るものでは無いと思います。
また、自分が持っている感情を過度に押し殺したり、見せかけで家族関係を保とうとする、ということについてお悩みのようですが、私なりの経験から言うと、良い結果には結び付かなかったので、推奨は出来ないです。感謝している部分はある。でも嫌いなものは嫌い。割り切ることは簡単ではありませんが、そういう心持でも構わないと思えます。

個人的には、精神的な行き違いや根深い認識の齟齬を”完全に円満に解決する方法”というのは、今現在の医療技術や人間の能力で見つけられるものではない、という風に考えています。
”完全に円満に解決する方法”が無いなら、次善の策というのを考えていく必要があります。すぐに心をそちらに向けるのは難しいとしても、今の状況を変えていきたいのであれば、目を背け過ぎるのも良い選択では無いでしょう。既に取り組んでいることもあるかもしれませんが、いくつか挙げてみます。

まず”家族から距離を置く時間を作る”というのが考えられます。根本的な解決にはならないと感じてしまうかもしれませんが、「喧嘩になる」「叫んでしまう」「家庭の空気が悪くなる」といったマイナスの認識をkさん御本人が持っている以上、そのような負担の大きい状況を回避するというのは、選択肢として見逃せるものではありません。kさん自身の精神をより安定した状態に持って行くことで、物事がうまく運ぶようになる可能性が高まります。
”話を聞いてくれる(理解を示してくれる)人に相談する”というのも同様に有効です。当たり前のことのように見えますが、トラブルを抱えている方を相手にこれを十全にこなすのは相当難しいのです。「議論に意味はない」とご両親が言ってしまったのは、ノウハウを持っていないことの裏返しなのかもしれません。専門の教育を受けて技術や知識を身につけ、経験を積んでいたとしても、簡単なものでは無いのです。まして家族間のやり取りとなれば、議論の邪魔になる余計な先入観が発生してしまうことも考えられます。ご両親に謝罪を求める、その前のステップとして、十分な理解を示してくれる他の人に相談を持ち掛けるというのは、極端な遠回りではないと思います。
また、これは個人的な体験になりますが、私は家族と喋ってもこちらの気持ちが通じない、口論になってしまうという状況で、”言いたいことを文章に起こす”というのを思い付いて手紙にして書いたことがありました。伝えたいことの半分くらいしか書けなかったのですが、喧嘩腰で言葉を交わすよりも手応えを感じましたし、実際に家族も冷静になってある程度は受け止めてくれました。とはいえこれに関しては確実な成果を約束することは出来ません。あくまでも、こういう方法も取る人もいる、という風に留意していただければと思います。

私は通院している病院が運営するデイケアに継続して通っていますが、そういったケア施設の利用は分かりやすい手段の一つです。医療機関が運営するものなら、看護師、作業療法士、精神保健福祉士などの方々が職員として常勤しているはずです。これらの方々は心身にトラブルを抱えた人のケアを行うのが仕事であり、kさんの話を受け止めて、よりよい方向を模索するのを手助けしてくれるでしょう。施設に通って治療するために外出するわけですから、自然な形で家庭との距離を取ることも可能です。
施設利用には医師の許可や紹介が必要で、経費も当然掛かります。通うことに抵抗感を覚えるかもしれませんし、実際に通い始めたら他の利用者の方との兼ね合いや人間関係などの問題も出てくるでしょう。それでも、環境や状況を何かしら変化させたいのなら、悪い選択では無いと思います。私としては、通っていて良かったと思える瞬間が多いです。

長い文章になってしまいましたが、少しでもお役に立つような部分があれば幸いです。kさんの身近な所で、理解を示してくれる方を見つけることが出来るようにお祈りしています。

質問者のコメント

ありがとうございます。感謝している部分はある。でも嫌いなものは嫌い。このようなスタンスでいこうと思います。
また機会があれば医者にも相談してみます