再度の投稿ですが、私の感じていることなどを呟かせてくださ,,,

ユーザー2197さん
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ユーザー2197
さん

再度の投稿ですが、私の感じていることなどを呟かせてください。

1、私はめちゃくちゃ不幸な人から見たらそこそこの環境なんじゃないかと思う。
罵詈雑言浴びせられて暴力振るわれたりはあるけど目立つ外傷はないし、家はあるし、ご飯は食べさせてもらえるし、貧乏ではあるけどパチと酒やタバコで無一文!てこともないし、(家族は嗜む程度)進学のために貯金してくれてるみたいだし、家族全員(私以外社会人)働いてるし、高校でも陰口は言われてるだろうがいじめてはこない。ある程度の環境は揃ってる。
だけどそれとは正反対で、百万以上かかる学費も全部負担、それどころか中卒で働き、親はギャンブル、酒やタバコに明け暮れ財力は0に等しく、、、なんて人もいる。
そういう人が存在するということと、私みたいな人間が存在するということと、平凡な人間が存在するということと、めちゃくちゃ幸せな人が存在するということに、格差を感じる。
特に不幸な人がいるのに私はこんなことをしていていいのかという格差と、幸せになりたいなあという思いの格差を強く感じる。
勿論恵まれてるかどうかなんて人それぞれなのはわかってはいるが、どうしても格差を感じられずにはいられない。

2、母は機嫌のいいときは私のことをかわいいだとか言う。けれどよくないときはおもっきしブスと罵る。きっとブスが本音なんだろう。
綺麗になりたいとは思うが、醜すぎて、醜いと言われないと満足しないような、そんな感じになってしまっている。

つぶやき

回答一覧

ユーザー2197
ユーザー2197
さん
ユーザー2197
ユーザー2197さん

3 私は絵を描いたり文を作ったりしているが、それも好き、という気持ちではなく、絵が描ける、文を作れる、想像力が豊かであることをなくしたくないからなのかもしれない。
それらをなくしてしまったら、私に残るものはなくなる。
何もない人間であってもいいとは思うが、それは、ちょっと…と自分にたいしては思う。

ko
ko
さん
ko
koさん

初めまして。

比較って便利ですよね。私も決して悪いこととは思っていません。そうではない方法(絶対評価みたいな)で理解しようとするのは難しい気がします。

ただ何につけても例外があるという話で、自分の不幸とか気持ちは、簡単に比較してはいけないものなのです、らしいです。他の人の不幸や気持ちを簡単に比較してはいけないように(しばしばやってしまいますが)。
これは相談に乗ってくれた専門の方からの受け売りみたいなものなのですが。

私は自分の不幸に最近まで目を背けていた人で、
「五体満足だからマシじゃん」「紛争地域に生まれてないからマシじゃん」「親が面倒見てくれてるからマシじゃん」「生きてるからマシじゃん」
という感じで(改めて書いてニッコリしています)、自分の抱えたトラブルとかストレスの根本を直視しませんでした。理論のすり替えをしているじゃないか、と苦笑しながら突っ込まれました。

自分で辛いと思うものごとは、やっぱり辛いです。他の人から何を言われようがそこはあんまり変えようがないと思います。それを何とかしたいんだと願っている時、適切な場所、相手、タイミングを見てそれを吐き出すのは、必要なことだと思います。TPOという奴ですけれど、そこが妥当なら、頼れるものを頼って、言いたいことを言う権利は皆さん持っているはずです。

四六時中何でもかんでも辛い辛い辛い辛いと言う人、筋が通ってない人も中にいますが、実際それは中々受け入れてもらえません。それでも対応する方もいるわけですけれど、香辛料さんの場合は、それには当たらないというか。前の投稿に素人目からも不穏な要素が見て取れる気がします。少なくとも私は、適切に相談を行った方が良いように思いました。ここを足掛かりに、少し整理してから学内や医療機関のカウンセラーの方を頼っても良いかもしれません。

これを躊躇って溜めていると、どこかで歪んできます。それがこの先どこでどんな影響を及ぼすかは分かりません。個人差です。10年か、20年か。死ぬまでやり過ごせる人もいるでしょう。でも、例えばそれが進学した後に顔を出して、頑張って自分で掴み取ったはずの時間にケチが付いてしまったら。それは悔しいです。保証します。めちゃくちゃ悔しいし惨めな気持ちになります。こんな気持ちを味わう必要は無いのです。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

こんにちわ。
koさんとにたようなことですが。

1と2、について
私も他者と比べて自分のうちはマシだし恵まれてると言われ続けて、現状を熟視することなく生きてきてしまって、メンタル疾患発症するようになってしまいました。
起きている現実と引き起こされている感情はしっかり受け止めて、自分で自分を慰め癒すように努めることが必要なことを痛感しました。

3、について
『 私は絵を描いたり文を作ったりしているが、それも好き、という気持ちではなく、絵が描ける、文を作れる、想像力が豊かであることをなくしたくないからなのかもしれない。』
ご自分にとってかけがえがないモノがあるというもは素敵なことじゃないでしょうか?
メンタル的にも、自分を発露する行為ができる創作活動はよいものらしいですから、楽しんで続けられるといいですね。

世の中、納得いかないものだらけですが、自分の感情と折り合いをつけながら、ボチボチやっていこうと思ってます。