「こころ百科」に関する記事につき、一部不確定な事実に基づく表現がありました、読者の皆様にお詫び申し上げます。

創作に対する憧れと怠惰。やりたいのにやろうとしない。 ,,,

eira_nukuさん
回答数
3
eira_nuku
さん

創作に対する憧れと怠惰。やりたいのにやろうとしない。

創作や自己表現について悩んでいます。
以前にもここで悩み相談をしたので、こちらをご覧いただければ、より私のことがわかっていただけるかもしれません。https://menhera.jp/qa/58

昔から創作に強く憧れています。絵を描いたり、映像を作ったり、曲を作ったり歌ったり、あるいは何かを発明したり、イベントを企画したり、自分の頭の中で思い描いたものを実現させることに長年憧れをもって生きてきました。今はモデリングやゲーム作成、Vtuber、配信などに興味があります。端的に言うと私はアウトプットが苦手です。何かを作ったり実現させたい、だけども作り出すことに強い抵抗があり、なかなか思うように練習や作業ができません。

例えば、今年の3月ごろから3Dモデリングの勉強を始めました。インプットや勉強は得意なので、ソフトウェアの使い方などはすぐに理解できたのですが、最初のチュートリアルを終えて「さあ、作りたいものはなんだ」という段階で、手が止まってしまいます。何事も修練なしに上達することはありません、それはわかっています。だけど、練習の過程で思い描いたものができない、へたくそなものしか作れないことが凄く嫌で、がっかりで、恥ずかしくて、モチベーションが下がって、それ以上続けられなくなってしまいます。

絵の練習も同じ時期に始めました。模写しかできませんが、最初の一週間くらいは一日一枚くらい書いていました。が、どうしても下手で、惨めで、描いていて楽しいことは一切なく、悲しい気持ちにしかなりませんでした。しかし(上手な)絵を描けるようになりたいという気持ちは変わりません。

現在の自分のスキルや能力と、理想とする状態との乖離が大きすぎて、手が止まってしまうのではと思っています。「そんなの、一歩ずつ積み重ねていくしかないよ」なんて当たり前のことは、脳みそでは理解しています。だけど感情がそれを拒否します。「一日一枚描く」「時間を見つけてコツコツ作業する」できません。嫌だという感情が心を満たし、体が動きません。

でも、あこがれは消えない...。できるようになりたい。自分の表現がしたい。

都合が良すぎると思います。うまくなりたいけど練習は嫌だなんて。けどそんな馬鹿らしくてあたりまえのことに、この数か月ずっと悩まされているのです。

うまい人のモデリング、絵、楽曲、映像作品、心動かされるものを見るたびに、憧れは一層強くなります。こういうものを、自分でも作ってみたい。この表現の方法を手に入れて、自分の「好き」を発信したい。そう思います。

私が現在できるのは、少しのギタースキルとティンホイッスルという笛を吹けることです。(今年の4月からレッスンに通っています。)ギターは中学時代からやっていて、高校の時にはそれなりに上手かったのですが、受験に合わせて辞めてしまい(人生で一番の後悔です)、それからもう6年ほど経っているので、技術はほとんど残っていません。音楽は、作曲はできず、コピーなら少しはできるのですが、やはり「下手な演奏しかできない自分」が嫌になってしまって、長続きしません。うまくいってるときや、人と一緒に練習しているときはたのしいのですが。ギターコードが引けると、お手軽に好きな曲を自分の手で再現することができます。それはとても楽しい。

だけど、モデリングとか、絵とか、映像とか、作曲とか、そんな簡単にはいかない。

スキル習得までのハードルの高さに絶望感を感じてしまう。

好きな絵を見たり、好きな曲を聞いたり、好きな動画を見たりすると嬉しくなります。楽しくなります。私も自分の好きなものを作りたいし、自分の作ったもので楽しくなりたいし、人を楽しませたいです。だけど、スキルがなく下手だと楽しくないです。それがとても悲しい。


支離滅裂なのは重々承知です。だけど、もしどなたか、こんなどうしようもない悩みに答えていただけたらとてもうれしいです。よろしくお願いします。


PS.最近読んだ、「悩み」に関する良い記事です。
https://blog.tinect.jp/?p=52604

相談 創作

回答一覧

えす
えす
さん
えす
えすさん

はじめまして、私は絵を描いている人間です。

わたしにもそういう時期があったのを思い出して、話しかけてみようと思いました。

わたしも創作に憧れていました、それは、創作ができるようになれば、なんの価値もない私にも何か特別な価値のようなものができるんじゃないか、そういう人になれたら、この息苦しさも何か変わるんじゃないか、みたいな、そういう気持ちからでした。

でも、それだと全く作る人間にはなれませんでした。

eiraさんと一緒です。作る人間になりたい、そんな気持ちだけで焦っていました。

でも、そんな考えじゃ、頑張れなくて当たり前なんですよね。

作る人間は作る人間になりたいと思って作る人間になるわけじゃないんです。

eiraさんはアウトプットが苦手、と言っていました。

きっとeiraさんにはまだ、どうしても自分の力で形にしたい、誰かに届けたい、そういうものが見つかっていないのかなって、そんな風に思います。

自分が怠惰で出来ない、と、自分をせめるのは、とても辛いと思います。わたしも辛かったです。

下手なのは辛いです、最初はみんな下手だからってみんな言いますが、そんなこと知ってるんだよ、だから頑張れないのが辛いんだよって、言われた時には思ったりしていました。

でも、きっと、いつか、その頑張れないって気持ちをこえて、どうしても形にして届けたい、そんなものが見つかる瞬間があると思います。

なんなら、自分で探してもいいかもしれません。

それが見つかった時に、インプットが得意っていうその才能を、生かして欲しいなって、わたしはおもいました。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

こんばんわ。

幼少の頃より、幾つものお稽古ごとをしてきた経験から。

何か、手習いを始めるには、まずは、模倣ができるようにならなければ、表現の基礎が身に付きません。いわゆる、カバーですね。

でも、それができるようになるためには、自分の下手さ加減に馴れること。これが欠かせません。

へたっぴ度合いにへこたれながら、黙々と前進あるのみ。
昨日より今日、今日より明日への微々たる前進。
そして、時には3日分くらい後退したり、スランプに陥ったり。

ひと月後、半年後、数年後を目指して、進歩の過程を楽しむのも一興です。⬅ここが一番キモかも?

50になってまた手習いを始めました。半年になります。10月に発表会でアンサンブルをします。
まだへたっぴーですが、和音のハモりには、やっぱり痺れてしまいます。
お稽古外の人達とも繋がれるレベルになるのが夢です。

お寿司大好き
お寿司大好き
さん
お寿司大好き
お寿司大好きさん

下手くそなものしか作れなくて当たり前です。
なぜなら初めてだからです。
いきなりネットにあるようなセミプロみたいなクオリティのものを作れるなんてあり得ませんし、そういう人たちも初めは下手くそなものに決まっています。
私も音楽をやっていますが、やり始めの頃は今よりも下手くそでした。