自殺した人についてどう思いますか? 私は高校生のときに自,,,

サラダさん
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サラダ
さん

自殺した人についてどう思いますか?
私は高校生のときに自殺した著名人を興味本位で調べたことがあります。
色んな方がいましたが「悲しい」や「可哀想」という気持ちはありませんでした。
ただシンパシーのようなものを感じました。
またニュースで自殺した人の報道を見たりすると友達が旅立ったような変な気持ちになります。

皆さんは人の自殺をどう思いますか?
また近しい人が自殺したときの気持ちなども気になります。

相談 自殺 ニュース

回答一覧

ウルスラグナ
ウルスラグナ
さん
ウルスラグナ
ウルスラグナさん

相談お読みしました
まず最初に希死念慮があるのでしたら医者に打ち明けて薬の変更等メンタルの回復に努めてください。私は鬱の時希死念慮が激しく三回自殺未遂を起こして失敗してます(失敗してなきゃ幽霊が書き込んでますねこれ(笑))。明言しておきますがメンタルなどの理由で起こる希死念慮は必ず消えます。今では人は自殺する理由はないと思っています。
さて、本題ですが、私は人が死んでも何とも思いません。情が薄いのか、それとも私の生死観の「人はいつか必ず死ぬ」と言う気持ちがそうさせているのかもしれません。ただ、災害や虐待死などどうにもならない死に関しては憤りを感じます。
自殺したのは高校生活で良くも悪くも縁のある人でした。もう縁が遠くなり人づてでその人の自殺を聞いたので感想は「あ、そうか」程度のものでした。ただ残された家族の事を考えると自殺はやっぱり後に残された人に迷惑かかるなぁとは思いました。
藤原新也さんの黄泉の犬という本の中で野インドで犬に襲われて死を覚悟した時に「人は犬に食われる自由がある」と思ったそうです。藤原新也さん自身の生死観は分かりませんが解釈として私は「人は自分で死ぬ自由がある」とも言えるのでは無いかと思いました。また、漫画の天という作品の中で重要な登場人物の1人がアルツハイマーにかかりボケる前に自殺を試みて7人の人間が説得に入りますが結局説得に失敗して自殺してしまいます。その時、その人物は「人は死んでもいい」と言ってました。
なので私は人が突然自殺をしても最初は驚くと思いますが悲しいとかシンパシーとかは感じないと思います。
ですが、自分が自殺をするという事を考えた時は今は希死念慮が無いので家族や親戚、友人がどれだけ苦しみ多分一生引きずるだろうなという想像力はついてます。
結論的には自殺に憧れもシンパシーも何もなく人の死に方の一つの手段だったんだろうなと思うだけです

質問者のコメント

回答ありがとうございます。
僕はメンタル的な理由ではなく、明日の夕飯を考えるような感覚で「どんな自殺だったら完璧かな」と考えてしまいます。
多分自分の理想の自殺のしかたがわかれば生きるのが楽になると思ってるんです。

藤原新也さんの「メメント・モリ」という本にもその言葉は出てきましたね。
すごく記憶に残っている本です。

ユーザー3225
ユーザー3225
さん
ユーザー3225
ユーザー3225さん

こんにちは。

私は近しい人が自殺した場合でも『ご本人が選択したこと、そしてその結果が自殺だった』と受け止めます。
そこに『私が助けてあげれば…』という考えはおこがましいですし、自殺を考えている人のエネルギーはとてつもなく大きいので止めることは難しいと考えております。

ここで言うことではないと思いますが、スピリチュアル的なことをいうと、自殺した方は自殺理由に囚われて世の中をウロウロされてたり、死んでもなお、自殺し続けていることが多いように思います。肉体から解放されるだけで、本当の意味で楽にはなれないのだろうなと私は考えてます。

私は自殺を否定するわけではありませんが、生きているうちに後悔のない選択をすることが大事だと念頭においています。
死生観についてはもっと勉強したいですね。

コメント、失礼しました。

質問者のコメント

回答ありがとうございます。
私も同感です。自殺というのも選択肢の1つであり、その人の生き方の延長なんだと私も思います。

スピリチュアルについては考え方は人それぞれだと思います。
ただ、あくまで生きた人間の考え出したことであって、真実かどうか確かめる術はないと思っています。

ユーザー810
ユーザー810
さん
ユーザー810
ユーザー810さん

友人を2人自殺で亡くしています。
自殺をしたということよりも、二人の生きては抱えきれないほどの苦しみを想像すると悲しくなります。

自殺という行為そのものについては、自殺そのものに私は意義や意味を見出しません。
統計的に明らかですが、それらの多くは事故死や病死と同じように適切なケアを受ければ避けられるものです。
また自殺も人間の自由に含まれるとも思います。
ただこれはよく言われる「死ぬ権利」ではありませ。
自殺を強制的に止めることは物理的に拘束し、自殺以外のあらゆる自由も制限しなくてはいけないことです。
突発的な自殺を止めるために一時的に拘束するなどは別として、自由であることは人間にとってもっとも重要なことであると私は思います。
これらのことを踏まえた上で自殺について思うことは、人間には自殺を含めたあらゆる自由があります。
自殺というタブーを侵すくらいならば、その人を苦しめるあらゆることから自由に逃避してほしいと思います。
死んだ二人の友人が目の前にいたならそう言います。
お前は自由だ。苦しいなら逃げろ。誰も責めないし、俺だけは絶対に責めない。

質問者のコメント

回答ありがとうございます。
私も逃げる選択は重要なことだと思います。
ただ、逃げ道として犯罪に手を染めてしまったら…。
「もう死にたい」も「みんな死ね」も失うものがないという点で同じです。
犯罪者の中にも自殺を考えていた人は多数います。
友達が自暴自棄になって罪を犯したとき、それでも擁護できるか私にはわかりません。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

自殺、、、悲しいとか可哀想とかいうよりも、切ない気持ちになります。
本人が苦しんできたであろう状況、もしくは、苦しみすら無自覚で急に生きていく糸が切れてしまったり。
あと、本人の周囲の人々の被る影響。無力感や喪失感、それよりももっと複雑な感情も絡んでいたりする人もあろうことも。
残された不動産や私物、ペットも。
それら全部を思うと切なくなります。

質問者のコメント

回答ありがとうございます。
近しい人を失った切ない気持ち、喪失感は想像を超えるのでしょうね。

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