親になれと言われますが、きっと私は自分の子供を虐待すると,,,

endo_echoさん
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endo_echo
さん

親になれと言われますが、きっと私は自分の子供を虐待すると思います。

最近、身近な人達が結婚したり、新たな家族を迎えたりしています。
親の言外に忍ばせるメッセージや、知人がこれ見よがしに見せてくる指輪の光に、チリチリと背中が炙られるような思いです。

羨ましい、というか、ステータスには単純に憧れます。この生臭い人生ゲームでは、家庭持ちというのはそれだけで誰かが得点をくれ、表彰台へ案内してくれます。

そして、それだけです。それだけのことなのに、それだけが大事であるようなボードゲームに知らぬ間に参加させられていた私はどうすればいいんでしょうね。

結婚して子供を育てて、なんてことが私にできると思っている人たちの期待を、出来るだけ酷い形で裏切ってやりたい気持ちと、そもそもそんな期待から逃れたい気持ちの毎日です。

私は親になりたくないのです。家庭を持ちたくないのです。我が子の顔なんか見たくないのです。

指輪を付けた彼女が、私に夫婦の営みの素晴らしさを説きます。どこにも筋の通っていない彼女の理論は、それでも周りの働きかけでしっかりした理屈となります。
いい大人のくせして小学校みたいだなと感じました。
愛情について熱く語る彼女を見ていると、先日見たAVに出ていた女優のアホヅラと、男優の情けなく揺れる腰を思い出して笑ってしまいました。

愛情、友情、私にはそれが人をつなぐ絆なのか、人を縛る呪縛なのか区別がつかないのです。

児童虐待のニュースがある度に「子育ても出来ない人間は親になるな」なんて言葉を聞きます。
では、私のような者に親になることを強要するような人から、どうして私を守ってくれないのですか?

結局のところ私は邪悪なのです。家庭を牢獄に変え、子供を亡骸に変える素質をもつのです。
虐待にしたって、子供を傷つけることよりも、虐待などという世間でのステータスの低い行動を選択してしまう自分に失望するのが私なのだという確信があります。

相談もなにもないのですが、結局どうすればいいのでしょう?

何もかも投げすててしまいたいのですが、どうにも死ぬ以外の発想が浮かばない。

つぶやき 虐待

回答一覧

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

日本は特に結婚を一つのゴール一つの成功みたいに誉めそやす傾向がありますよね。。。

でも、結婚はゴールどころか生活環境人間関係の激変きたすライフイベントですので、人生での大きなリスクを伴う賭博みたいなものなんですよね。
二人の人が集まれば、親も親族も二倍になりますし、良いことも悪いことも共有することになってきますので、その分、独り身よりは煩わしさを感じる機会もどうしても増えてきます。
ただ、喜ばしいことが倍になること、助けが得られること、二人で無の状態からなにか(居心地のいい空間や共通の話題など)を作り上げていくという過程と結果を味わい楽しむ機会も拓かれます。
「拓かれる」というのがポイントで、自分達で掴んでいかなければいつまでたっても何もないままってことですね。

私は既婚者で子供も成人している身ですので、結婚生活のいろんな面を体験してきたわけですが。
五十年生きてきて周囲を見回すと。
独身生活にもいろいろな形があります。
結婚生活にもいろいろな形があります。
独身=独り暮らしとは限りませんし、結婚=子持ちとも限りません。
「誰がこういう風に推してくるから」とかそういう風なことを考えても、独身であろうと婚姻であろうと「生活を組み立てていく主体者」は自分しかいないのですから、自分にできる方法をするしかやりようがありません。

『ご自分にとって居心地のいい生活空間』を作って維持いくことを考えていけばいいのではないかと、思いますよ。
そこに一緒にいるとよいかもな?って思える人ができたらけっこんするなりを考えるっていうくらいでいいのではないでしょうか。

質問者のコメント

コメントありがとうございます。

結婚や子育てという、絶対的に正しいとされていることに私が興味がない、むしろ嫌悪感を抱いている、ということを如何にして周りに理解してもらおうか?というのが本来の悩みであったと今は思います。

私のちっぽけな反抗心が、収まる頃に出会いがあればいいのかもしれません。

そんな人間を期待するなんて、なんて無知な人生なのかとも思いますが。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

「無知の知」
ご自分がどんな生き方をしたいのか、ご自分なりにお考えになって、ご自分なりに難しい点にも気付かれて、、、十分に大人なお考え方を身に付けられておられて素敵だなとおもいました。

私の周囲にも、子供は持たないことを公言して生きてきた人々がいます。公言したからといって周囲は理解して放っておいてくれるわけではないようでしたが、でも、そういう人生観を持ってる人なんだなという認識はされていくようになっているようでした。

周囲の雑音や期待で、ご自分自身を見失わないようにしていかれれば、私の知人たちのように、価値観を共有できるパートナーや友人との出会いもあることと思いますよに。