母親の自死に適応できる気がしません。大学4年生。もうすぐ国,,,

みかちさん
回答数
3
みかち
さん

母親の自死に適応できる気がしません。大学4年生。もうすぐ国家試験を受験する者です。
2ヶ月前に母親を自死で亡くしました。10年うつ病を患っていて、何度も未遂をしていましたが、その度にわたしが見つけて引き止めていました。今回は、学校で急用ができてしまい、本当なら帰れる時間に家にいることが出来ず、その間に母は自死しました。わたしが第一発見者ですが、あと30分早く帰っていれば、確実に母を止めることが出来ていました。

あの日から毎日自責と寂しさと「どうして逝ってしまったのか?」という答えのない疑問を感じています。ご飯も睡眠も取れていますが、そのことさえも罪悪感を覚えてしまいます。前向きになれたと思えば、一日中泣いて何もしたくない時もあります。母がうつの症状が出ているときわたしも辛かったですが、今は比べ物にならないくらいしんどいです。でも母はもっともっと大変だったと思います。
うつ病である母に対して、わたしの母に対して、もっと色々なことができたと思います。わたしは医療系の勉強をしているのですが、それなのに母のためになるようなことが出来ませんでした。母を守れませんでした。娘として親孝行もできませんでした。うつの原因も、少なからずわたしが関係していました。後悔してもしきれません。ほかの家族に対しても、母を助けられなくて申し訳ないと思う気持ちがあります。

今月国家試験を受けるので今まさに勉強の追い込み時ですが、うつ病など母に関係する分野を勉強するのもすごくしんどいです。また、母が亡くなった直後はまともに勉強も出来ず、家事等もあったので、試験日当日に落ち込みがひどくならないか、合格できるかとても不安です。

死ぬ勇気がないし、死んだら残された人がもっと大変なので生きていますが、いつ死んでもいいし、消えちゃいたいと思っています。
でも、友達などの前では本音は言えず、相談事も弱音も吐けません。つらいと言いたくても繕って、明るいふりをしています。
近い将来、何かにつまずいて挫けそうになったとき、母がいない今では乗り越えられず、ぽっきり折れちゃいそうな気がします。あと何十年も生きていける気がしません。
この悲しみ、自責とどう向き合っていけばいいのでしょうか?

文章がまとまらずすみません。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

相談 自死

回答一覧

ちくわの磯辺揚げ
ちくわの磯辺揚げ
さん
ちくわの磯辺揚げ
ちくわの磯辺揚げさん

お母さんを無くされて、すごくお辛いと思います。
今がいちばんしんどい時かもですね。

まだ子供なのに、自分のせいだと背負ってしまうのはいけませんよ。
まわりの人はどうされてたんでしょう?

たぶん、お母さんのまわりの人達も多かれ少なかれ、自分のせいだと思っているのではないかと思います。

もちろん、誰かのせいにすれば済む話でもありません。
ゆっくり乗り越えるものだと思います。

今できることを精いっぱいやりましょう。
お母さんに、試験受かったよ。頑張ったよ。
って、報告してあげましょう?

質問者のコメント

回答ありがとうございます。確かに、家族みんなが後悔していました。でも、母に近かったのはわたしなので、わたしさえちゃんとしていれば……という考えが強いです。自分を買い被りすぎてるのかもしれませんが。
母は勉強を一番応援してくれていた存在なので、頑張ります。

110_TakahiroIto
110_TakahiroIto
さん
110_TakahiroIto
110_TakahiroItoさん

相談内容を読ませていただきました。
お辛い気持ちの中、相談の共有、ありがとうございます。

国家試験の合否はあるとは思いますが、
無責任な言い方にはなってはしまいそうですが、
国家試験の合否に関わらずに、
みかちさんは、ご自身の経験則を活かして、
何か出来ることがあるはずだと、私は思います。

私も、何か出来ることを、日々、探しています…

事柄の様な情報連携にはなってしまうかもしれませんが、
自死遺族に関する自助グループ等があるとは、
私は聞いたことがあります。

その様な自助グループで、もしかしたら同じような葛藤を持つ、
方々と出会えるのかも知れません。

無理しない程度に、
国家試験では、最善を尽くしてほしいと思いました…

何かしらのご参考になりましたら幸いです。

質問者のコメント

回答ありがとうございます。この経験をしたからこそ、誰かの助けになりたいと思う気持ちもありますが、母を助けられなかったのにそんなことができるのか、と考えてしまいます。向き合うのは難しいです。でも、いつかそうなりたいとは思っています。

自助グループに入ったりするのは、自分にとってすごく勇気がいることなのですが、きっと何か得られるものがある気がするので、落ち着いたら探してみたいと思います。

おれんじ
おれんじ
さん
おれんじ
おれんじさん

つらい中、よくここに気持ちを吐き出されたと思います。

相談内容を拝見し、青森県にある恐山のことを思い出しました。

一般的に恐山はイタコさんなどイロモノなイメージですが、恐山は親しい人をなくして自分を責めたり悲しみから立ち直れない人がたくさん訪れる場所です。

実際にここを訪れ、イタコさんを通して亡くなった人と対話することでスッと楽になったり、納得される方もいるそうです。


恐山にあるお寺で住職をされている南直哉さんという方のコラムを以下に貼っておきます。

恐山に“死者”を求めて 院代の南直哉さんに聞く
https://dot.asahi.com/aera/2017080200064.html?page=1

書籍も出されているので、ご参考までに載せておきます。

恐山―死者のいる場所―(新潮新書) 南直哉
死者は実在する。懐かしいあの人、別れも言えず旅立った友、かけがえのない父や母――。たとえ肉体は滅んでも、彼らはそこにいる。日本一有名な霊場は、生者が死者を想うという、人類普遍の感情によって支えられてきた。イタコの前で身も世もなく泣き崩れる母、息子の死の理由を問い続ける父……。恐山は、死者への想いを預かり、魂のゆくえを決める場所なのだ。無常を生きる人々へ、「恐山の禅僧」が弔いの意義を問う。


宗教は、人の死の悲しみによりそってくれるもののひとつです。

宗教というと日本では犯罪やマルチなイメージがありますが、教科書にも載っている仏教は、人が必ず直面する生老病死という大きな苦痛を和らげる方法をいくつも提示しています。

人の死というのは人類普遍、といえばドライな言い方ですが、裏を返せば、先人が人の死を受け入れながら生きる方法はあるよ、と教えてくれています。


お母様を亡くされたばかりでとてもつらい時期だと思うので、勉強がはかどらなくてもどうか自分を責めすぎないでください。

自分の生活を続けようとふんばっているだけでも十分にしんどいことだと思います。

つらい時はこういう場所に気持ちを吐き出したり、小出しにガス抜きが必要だと思います。

どうか無理をなさらずに。

質問者のコメント

回答ありがとうございます。イタコに口寄せしてもらうという発想が自分では全くなかったので、教えていただいてよかったと思いました。
たしかに母が亡くなってから、以前は半信半疑だった死後の世界について考えたり、お寺から聞いた仏教の教えに納得したりしていたので、少し心の拠り所にするのもいいのかもしれません。
色々と落ち着いたら、恐山のことも調べてみて考えてみたいと思います。