物心ついたときからいじめられてて、現在職場でパワハラに会,,,

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物心ついたときからいじめられてて、現在職場でパワハラに会い休職中です。この先、私はどう考え、どう生きていけばいいのか、ということをお聞きしたいです。

今朝、将来に望みがなくて、しんどくて、自殺しようと思ったのですが、ちょうどのタイミングで友人から死なないでとLINEが来て完遂できませんでした。なので、代わりに長くなりますが、お時間のあるときにでもご意見いただければと思います。


保育園のときからいじめられてた記憶があります。服の中にカエルを入れられたり、ままごとでゴミ役などをさせられていました。
小学生になり、違うクラスの子がいじめられているのを庇ったら、今度は別の子たちからいじめられ始めました。あまりにも登校するたびに殴る蹴るの暴力を受けるので毎朝職員室に駆け込んでいましたが、担任に疎まれ、もう職員室に来るなと言われました。

小学校中学年になると、それまでいじめてくるのは男の子がほとんどだったのですが、だんだん女の子も入ってきて、暴力よりも、靴を隠す、図工の作品を壊す、教室に飾ってある集合写真の私の顔に画鋲を刺す、などと陰湿になってきました。担任は代わりましたが、今年教師になったばかりの新任の女性の先生で、むしろいじめに加わってきました。教室で泣いているときに言われた「アホや、ブスが泣くなや」という言葉が未だに耳に残っています。また、この頃二人目の弟が産まれ、両親の精神も不安定になってて、喧嘩が絶えなくて、久しぶりの家族旅行のはずだったUSJのチケットを目の前で破られたのも覚えています。私もよく理不尽な理由で叱られたりしました。

高学年になって、やはりいじめは続いていましたが、そのいじめられているのを助けた子と、その友達と仲良くなりました。また、近所に住む不登校だった子とも何かがきっかけで仲良くなりました。担任が3人目でようやくいじめについて対策してくれて、大人しい子だけを集めたクラスになったので、教室にいればそれなりに楽しかったです。

中学校に入り、仲の良かった子とはみんな同じクラスになり、初めての定期テストで学年1位になり、最初はとても楽しかったです。
しかし、そこでも他校でいじめられていた子が気持ち悪いかどうかというのをクラスのリーダーのような子に聞かれたときに、曖昧な返事をしたため次のターゲットとしていじめられました。
クラスの女子全員でやるという名目の交換日記をさせてもらえなかったり、体育の時間にパンツを脱がされて写真を撮られたりしました。教科書を燃やされて、提出したはずの課題を抜き取られ捨てられて未提出ということにさせられました。
仲の良かった子たちも、一緒になって私の文房具をトイレに流したりしました。修学旅行の班は、担任がみんなで仲良くなって欲しいと言いいじめの主犯4人に私を加えた班にさせられました。担任の「色々思うことはあるやろうけどみんな恨みっこなしやで」という言葉を覚えています。

また、同時進行で、不登校だった子がまた学校に来なくなり、毎日私を家に呼びつけるようになりました。
そして、その子の家で私の絵が下手とか音痴だとか罵るようになりました。それが嫌で家に行かなくなったら、ある日学校から帰ったらその子が私の部屋にいて、布団の上でアイスをこぼしながら食べていました。その後どうなったかは覚えていませんが、そこでその子との関わりは完全になくなりました。

高校生になって、進学校に入ったためいじめはなくなりました。小学校のとき仲の良かった子たちは、謝罪してくれました。しかし、中学生までのことがあって人を信じられなくなって、人とうまく話せず、とても短いスカートに校則で禁止されている色のカーディガンを着たりして、部活は絶対入らないといけなかったので美術部に籍のみ置いて、授業のとき以外は保健室か図書室にいました。でも、図書室で友達ができて、2年生のときに同じクラスになれました。それからは、私も校則を破るような服装はしませんでした。
小学校からの子も、普通に接してはくれましたが、デブとか三段腹とか体型についていじったり(私が同じことを言うと泣くくせに)するのが嫌でした。
受験シーズンになり、担任の先生に頭が悪くてごめんなさいといった内容の反省文を書かされました。その人は、生徒の成績で態度を変える人だったのですが、私は面談の度に馬鹿だとか役立たずだとか怒鳴られて責められました。毎日自分の生活を報告するように言われました。この頃から拒食と過呼吸が起こるようになりました。
でもなんとか食いついて、偏差値がそこそこの国立大学に進学できました。

大学では、地元を離れ、たくさんの優しい友人に恵まれました。
ゼミだけは、いわゆるブラックゼミというところでした。ゼミの振り分けは、私の先行分野は人数が多いのでランダム?だったのですが、その中でも特に要注意と先輩から聞かされていた、気分屋の教授が担当になってしまいました。教授にとって初対面から私はいい印象ではなかったようで、顔合わせのときに、なにも話さないうちに挨拶がわりにあなたはイライラする顔をしているわねと言われました。この言葉は、卒論指導のときまで度々言われました。
就職活動もうまくいかず、大学の支援センターではもっと自信を持ちなさいと何度も言われましたが、どうしても人が怖かったです。余談ですが、担当教授に就活の進捗を話したらでも就活って楽しいじゃない?楽しめないあなたがだめなのよと言われてひどく落ち込みました。
しかし、夏になって県外に本社がある、それなりに大手の企業に内定が出ました。

最初にいた支社はとてもいいところで、毎日出社するのが楽しかったです。でも、会長からの「別支社に若い女の子がほしいから」との意向で異動になりました。
異動先で先輩からパワハラを受けて職場で声が出なくなり、初めて心療内科にかかり、適応障害と診断されました。今いる支社は、賃金も高く、福利厚生も充実しているのですが、社内いじめがひどくて、平気で支社長が社員を殴ったりするそうです。(まだ目撃したことはありません)ミスをした社員さんに、お前なんで生きてるの?早く死ねよと言っているのは聞きました。その社員さんは辞めていきました。
私の前任者の方が私の先輩に左遷され、書類的には自主退職ですが、実際は辞めさせられたといった話も聞きました。
今の職場は昼休みは、私以外の社員さん全員で毎日外食に行き、私は電話番を任されてました。電話が多い会社なので、お昼休みは実質毎日10分くらいでした。また、これは後で知ったのですが、タイムカードを切るのは先輩に任せることになっていたのですが、毎日残業代が出る1分前にタイムカードを切っていることになっていました。
また、別部署に中学校のとき特にいじめてきた人がいることに気づきました。わざわざ彼らを避けるために別の県の大学に入り、県外の会社に来たのに、どうしてと思いました。

そして、現在、休職期間が今月いっぱいで終わるのですが、前の支社に戻して欲しいと異動を希望したところ、今朝、会長の意向なので異動はさせられないと言われました。もう貯金も3万円程度しかなく、来月の家賃を払うことができません。傷病手当は申請したものの、いつ入るかわかりません。
会社やめたいと言ったところ、親に泣かれました。親は中学校以降は優しく理不尽に叱ることもなかったので、ここまで育ててくれたことにとても感謝しています。特に母親はとても強い人で、今まで泣くところを見たことがなかったのに泣かせてしまい、ショックです。
小学生からの友達にこのことを話したところ、複数人でこちらを向いて指を指して笑っている自撮りとデブニートやん笑という文面が送られてきたので、もう嫌です。


このように、昔から人とうまく関係が築けなくて能力もない私は、今後どう生きていけばもう苦しまなくて済むのでしょうか。
今のお医者さんにも、大学のときのスクールカウンセラーの人にも、昔の自分を認めてあげてと言われます。でも、何年も色んな他人から否定されていた自分を認めることが、どうしてもできません。お医者さんにそれを言ったところ、変わろうとしないからだと言われましたが、まず昔を思い出すのが苦しいです。

今日、初めて自分のこのような思いをTwitterに書いたところ、大学の先輩二人にブロックされました。何かあったら相談してと言ってくださる頼りになる方たちだったので、それもとてもショックでした。
また、大学時代の友人から死なないでというLINEが来て、ただでさえ仕事で心労が多い彼女にも心配をかけてしまったと思いました。

何か決めようとするたびに人を悲しませてしまうし、何もしないと勝手に傷ついてしまうのですが、どう生きればいいのでしょうか。
もう生きていても同じことの繰り返しな気がして、将来に絶望しています。中学のときに音痴と言われ絵が下手と言われたので、今は歌でも絵でもネットで依頼が来てお金をそこそこいただけるくらいには改善しました。容姿もメイクを覚え人並みには周りから外見を褒めていただけるようになりました。体重は高校のときより20kg落としました。これ以上どう変われば私は自分の身を守れて、人を悲しませないようになれるのでしょうか。

本当に長々とすみませんでした。アドバイスいただければと思います。

相談 いじめ パワハラ 自殺

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まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

お辛い経験されてきたんですね…

そのような辛い生き方をされてきた方々に共通して身につきやすい傾向として「他人の評価で自分を見る癖」というものがあります。
相談者さんも、他人を悲しませたくない生き方、と仰られていますね。

この考え方のことは、よく「自分の軸がない考え方」と言われています。周囲の反応にビクビクさせられて育ってしまうと、自分の気持ちや考えに焦点をあわせるゆとりがなくなってしまうんですね。
こういう癖がついてしまうと、いつも周囲の雰囲気に流されてしまいます。運良くポジティブな雰囲気の所に身を置ければいいですが、なかなかそうもいきませんし、いつも周囲の気分に振り回されて生き続けるのもしんどすぎます(私もそうでしたので…)。

自分軸を作る方法について過去に書いたものを後からコピペしてみます。参考になれば幸いです。

出来ればネットにも出版物にもこの事について扱われているものが沢山ありますのでご自分でも調べてみるのもいいと思いますよ。

ご自分なりの生きる術が見つかるといいですね。。。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

「自分の軸がない」ということについて。
本当の本当の自分は心の奥底で、感じている何かがあるんだけれども、それを察知してあげるための内側に向けるべきアンテナが少なくて、外にばっかりアンテナがたっていて、外の状況にばかり振り回されてしまう状態のことです。
そうなると、自分がおろそかになるわけですから、当然無意識に不満が貯まっていってしまい、いろんな形で吹き出してきてしまうんだそうです。

私の主治医は「自分が感じていることを拾う練習」を勧めてくれています。
趣味や散歩を自分一人でやって、その時、自分自身が感じていることを意識を集中して味わうというものです。
「風が気持ちいいな」「汗かいたな」「このおといいいな」とか。
一人で外食して自分が食べたいものを自分だけで決めて一人だけのために食べる、というのも効果的だそうです。

これらのことを、毎日、コツコツ積み上げていくと、じょじょに「自分がなにをどうしたいのか?」心の奥底の気持ちを汲み取ってあげられるようになってくるそうです。

質問者のコメント

ありがとうございます。
目から鱗の内容でした。
現在は少し落ち着いてきて、前向きになれてきているので、これから前に進むときは参考にしていきたいです。

あ

さん
あ
さん

すみません、冷静になってきたので、追記です。
大学のときも、一度だけ首を吊って死のうとしたのですが、そのときも結局死ねませんでした。なので、根本的には死ねないんだと思います。

ぐちゃぐちゃ書いてしまいましたが、言いたいこととしては、あとどれだけ努力すれば自殺未遂なんてせずに済むのだろうか、そもそも努力なんてもうしなくてもいいのだろうか、でも努力を手放したときの反動が怖い、ということです。

新しい環境に身を置いても結局はこうなるのではないか、ということがとてもしんどいです。

KY
KY
さん
KY
KYさん

まずはじめに、あさんはここまで生きてきただけで充分えらいと私は思います。

これだけ酷い環境の中、ずっと耐えて今まで生きてきたのですから。

具体的な解決策ではなくて申し訳ないのですが、「brain with soul」というサイトを読んでみて下さい。

ここには今まで誰からも理解されず苦しんできた人に向けた記事が多くあります。

また、このサイトの著者もカウンセリングを行っているようですので、もしこのサイトに共感するようでしたら、カウンセリングに行ってみてもいいかもしれませんよ。

少しでもあさんのお力になれれば幸いです。

質問者のコメント

素敵なサイト、教えてくださりありがとうございます。また、温かいお言葉もありがとうございます。涙が出ました。
ゆっくり読んでみようと思います。