【クズな父親よりもクズな父親をクズと言う母親の方が嫌い】 ,,,

しのさん
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しの
さん

【クズな父親よりもクズな父親をクズと言う母親の方が嫌い】

25歳女のシノと言います。
家族の状況について、自分の中で鬱憤が溜まってきていて、でも誰にも吐き出すこともできず、
どうすることもできないので、自分の中の膿を出す気分でここに書かせてもらおうと思います。

まず、私の家族は父母私です。父と母は私が生まれる前から険悪な状態で、実際物心ついたときから、父と母が仲良くしているところは見たことがありません。それどころか、常に喧嘩をしていて、私が保育園〜小学校の頃がとても酷くて、父と母が掴み合いになり鍋や食器が飛び交うことは多々ありました。
俗に言うDVだと思います。父と母の喧嘩が酷すぎて、小学校1年生の私はストレスで両耳が突発性難聴になりました。今でも軽度の難聴なので、仕事での電話応答等が辛いです。
その頃の記憶で辛かったのは、ひとつは両親が喧嘩をしているとき両親の声が聞こえない上の階にいればいいのに私はあえて両親の姿は見えないけれども、怒鳴り声が聞こえる場所にいて、両親の喧嘩を聞いていたことです。なぜそうしていたかというと、何かの拍子にどちらかがどちらかをうっかり殺してしまうのではないか、と思ったからです。両親の喧嘩を見張りながら、当時飼っていた犬を抱えてじっと耐えていました。ふたつめは、夜中に母親が隣の部屋で寝ている父親の部屋に向かって、金切り声をあげてヒステリックに壁を蹴ったりしている光景です。その時母親は私が寝ていると思っていたのかもしれませんが、母親が鬼のような状態になっているのに寝られるはずがありません。その時の母親はまるで私に接する母親とは別人のようで、確かに母親は「良い母親」ですけれど、母親といて安心できないのは、その光景が脳にこびりついているからかもしれません。

両親がそのような状況になるのは、お互いのことを見下し合っているからです。
母親は仕事一筋でやってきた人なのに、仕事ができず子育てにも協力してくれない父親と結婚したせいで自分が仕事ができず不安定な生活を送っていると父親を軽蔑しているのです。そして父親は父親で、幼少期に貧困な家庭で育ったことのコンプレックスがあって、自尊心が傷つけられることにとても弱く、自分が傷つけられると暴力や暴言で相手を屈服させようとします。
両親ふたりとも、自分を見つめようとしないのでたぶん一生このふたりは人生の充足が得られないまま、死んでいくんだろうなと思います。

父母間の状況はそのような感じで、では私に対してはどうなのか。
父親は私に対してはあまり関わりがありません。私が人生の選択(学生時代だった進路決定とか)をするとき有益なアドバイスをくれたことだってひとつもありません。でも別にいいと思ってます。父親は早くに父を亡くしているので、父親としての接し方を知らないのだと思います。父親は私に対しては暴力や暴言はないので、損も得もありません。父親に関して惨めになるときは、母親が父親の悪口の一環として、「貴方の父親は貴方に父親らしいことを何もしていない。」というときです。私は他の家庭のことを知らないのですから、母親がそう言わなければ私は自分が父親から父親らしい愛情を受けてこなかったのだと自覚せずに済むのに、母親が無邪気に父親の悪口を言うことで、「私は父親らしいことをしてもらっていない可哀想な子なのだ」と惨めになるのです。母親としては「その代わりに私が頑張ってきた」ということを言いたいだけなのでしょうが。
確かに父親は母親に暴力をふるうし、変な新興宗教にハマったりした時期もあったらしいですし、常識がないところや人として納得できないところもありますが、私が大学院に行けるまでの生活を苦しいながらも維持してきたのは、凡庸でもあり心の弱い繊細な人だという印象です。

私の人生にとって、私の母は大きな存在です。
経済力と家庭力のない父親に代わって、生活費の維持と家事をやり遂げ、私の教育はほぼ全て母親の方針なので、母親がいなければおそらく私は社会性のない人間に育っていたのではないかと思います。
ただ一方で、母親の存在が大きい分、母親による弊害を最近感じるようになりました。
大きく分けてふたつの弊害があって、ひとつは「母親が父親の悪口をいうことによる私の自己肯定感の低さ」で、ふたつめは「母親優先主義による自分自身の喪失」です。

まず、ひとつめについて。
母は父親の悪口を言わない日はありません。よく出される言葉としては「汚い」「クズ」「無能」等です。その日合った母親にとってムカつくことをこういった言葉に代表されて毎日聞かされます。確かに母親のいう通りだと思うことは多々あるものの、基本母親に対して「それは違う」と反論することは許されません(理由は後述します)。自分の中ではこれは普通だと思っていましたけど、客観的に書くと結構ひどいですね。父親が暴力を振るったり経済力がなかったりするから仕方ないと思っていましたが、それを聞かされる私の気持ちを無視していますよね……。
それで、そういうことを言われ続けていると私がどう思うか。
母親にとって父は赤の他人ですが、父は私にとっては血が繋がっている父親です。その父親が「無能」だと罵倒されていると血が繋がっている私自身も無能なのではないかと思ってしまいます。特に私は外見性格含め母親よりは父親に似ているのです。
そこが出発点で、私は他人から「無能」だとか「優秀でない」と思われることが何よりも怖いです。優秀でない人間は生きている価値がないと本気で思っているし、私と関わってくれる人たちも私が優秀でいるから一緒にいてくれるのだと本気で思っています。それを母親に言ったことがありますが、絶句していて、私は母親が絶句していることに悲しくなりました。母親は私が本気でそう思う理由が全くわからないようでした。それが悲しかったのです。身内にさえ「無能だ」と罵倒される家庭にいて、どうして家庭外の人間からそう思われることを恐怖しない人間になるのでしょうか。
母親に、友人に、先生に、上司や同僚に、「こいつは無能だ、使えない奴だ」そう評価されたら、私と関わってもらえない、関わってもらえなければ孤独になってしまって生きていけないと本気で思っているので、そう思われないように必死に頑張ってきていますしこれからも頑張っていくつもりではありますが、ところどころで限界にぶち当たったとき心が折れそうになります。(この心が折れそうになる、ことについてはまた別の機会に詳しく書かせてもらいたいなと思います。)
まとめると、母親はただ単に父親の悪口を言ってるつもりでも、その悪口は私に跳ね返ってきていて私がダメージを負っているということです。

長くなりましたが、次に二つ目で「母親優先主義」の話です。
私の母親は、父親の悪口を言ったりそしていかに自分が苦労してきたかを私に語ることで、自分がいかに辛い人生を送ってきたか私にわかってもらおうとします。母親にとっては、今まで仕事をバリバリやってきたのに無能で育児に協力的でない父親と結婚してしまったせいで、仕事を続けられることができず、さらに生活のために離婚することもできなかった、仕事をやりたかったのに、というのが一番辛いそうです。
確かに母親の話を聞いていて、納得できるところも多いですし母親の苦労や努力を見ていたので、母親のことを責めることなどはできません。
ただ、私は母親の苦労話を聞いてこう思ってしまうのです。「母親がやりたい仕事ができなかったのは、父親と離婚できなかったせいではないか。離婚できなかったのは私がいるせいではないか。つまり、私がいなければ、父親とさっさと離婚することができたし、母親を仕事をすることができた。私の存在が母親の人生を犠牲にしたのだ。」と。母親は子育てができてよかった、と言いますが、本当にそうなのだろうか、それは建前なのでは、本当は仕事が好きなのに育児を精一杯やってきたと思い込もうとしているのではないか、と疑ってしまいます。
そうするとどうなのか。私は母親が自分の人生を犠牲にした分、母親に報いなければと無意識に行動するようになりました。何をするにも母親が望むような人生の選択をする。習い事でも一番を目指す、自分はもう続けたくないのに母親がやった方がいいというので続ける、中学では生徒会にも入るし、高校も進学校へ。その後も母親が望むような進路へ。反抗期なんてありませんでした。母親にとって最後の砦である私が反抗期なんてしたら、母親が壊れてしまうと思ったからです。
ただふと我に変えることがあります。自分はなにのために頑張っているのだろうかと。本当に自分のために頑張っているのだろうかと疑問に思うときがあります。どういう時にそう思ってしまうのかはまた別の機会に具体的に書かせてください。
まとめると、私は可哀想な母親のために母親が自分の人生を犠牲にした分に報いるために、母親が望むような人生を先回りして目指して頑張ってきたということです。確かにそのおかげで学歴や社会性が身についたので私自身の為になったところも大きいとは思いますが、私は私自身のためではなく母親のために頑張っている、母親のための人生を歩いているのではないかと、ゾッとするときがあるのです。

ここまでかなり長くなりました。何も推敲せずに書いているので、具体的ではないところや納得しにくいところもあるとは思いますが、ここまで読んでくださってありがとうございました。
自分自身の本当の悩みを吐露するのは人生で初めてなので、どういう反応があるのかたのしみです(反応がないかもしれませんけれども)。
書き足りなかったことが出てくるかもしれません。そうしたらまた書かせて頂きたいなと思います。
では。

つぶやき 機能不全家族

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ゆ

さん
ゆ
さん

読んでいて凄く共感したのでコメントさせていただきます。
まず、あなたの父親はクズ人間ではありません。
稼ぎが少なかろうとなんだろうと、自分なりに頑張っている、ひとりの人間です。
あなたの母親にとってはお父さんはクズ人間に見えるのかもしれませんが、他の誰かにとってはそうじゃないかもしれません。
そして、どんな人間であろうと、クズだとかなんだとか、罵倒していいものではないのです。
シノ様の仰る通り、身近で人を馬鹿にしている人間がいると、他の人を馬鹿にしていいんだ、とかこれこれこう言う人は馬鹿にされて当然だと思って成長してしまいますね。
でも、そんな風に他の人を馬鹿にしていると、自分のダメな所も同じように気になってしまったり、自分がダメになってしまった時、自分に跳ね返ってきてしまうんだと思います。
お母様がお父様を許してくれればいいのですが、長年のことだから難しいとは思います。
出来ればお母様と距離をおいて、シノ様だけでも、お父様のいい所に目を向けられるといいですね。
シノ様は今までお母様の為に頑張ってきたと言うことで、とってもお母様思いのステキな人だと思います。
でも、頑張っていなくてもあなたは十分とってもステキな人なんですよ。今までよく頑張って来ましたね。とても偉いです。
シノ様は多分ですがもう親の支援のいらない社会人ですよね。
もう大人になったのだから自分の好きなように生きていいんですよ。……といきなり言われても、自分のやりたいことがわからなかったりするかもしれません。反抗期じゃないですけど、まずは親に反対されそうなことを片っ端から試してみるのも悪くないかもしれません。そんなことしたら母親を裏切ることになると思うかもしれませんが、お母様だってもう立派な大人です。シノ様に裏切られても、お父様やお友達や色々な人の力を借りて、生きていける筈です。そうじゃなければシノ様に依存していることになると思うので、あまり良くない状況かと思います。もう一度好きだった仕事を始めるとかすれば、シノ様が何をしていようが自分のことに夢中になってて気にしない…くらいになるかもしれませんね。
もしやりたいことが何も思いつかないなら、何かしら弱者支援的なことをすると、どんなに弱い人でも愛されて、支援され、生きてて良いのだと思えるかなと思うのでおススメです。

私も父親が母と祖父母を毎日のように罵倒していて、自分はその血を引いているからダメだとか言われて育ちました。必死でダメ人間じゃないと証明したくて、父と一緒になって母を罵倒することで自分は違うんだと思い込もうとしていた気がします。普通の子になりたくて仕方ない人生でした。両親に離婚して欲しくなくて必死でした。
大人になってようやく、そんな風に文句ばかり言うことはなかったと言うことがわかりました。
シノ様に偉そうに色々言いましたが私も自分に自信はありません。何かしら目標を立て、達成することで自信をつけるしかないなとはわかっているのですが、どうして私がそんな苦労をしなければならないのかと思います。私のことも母のことも認めてくれる父なら、こんなに苦労せずに済んだのにという気持ちです。今は両親とは離れて暮らしているので怒りもそんなに沸きませんが、自分への自信のなさを再確認するたびに親は選べないというのは本当のことだなぁと思ってしまいます。でも、大人になってからの方が人生長いのですから、これからを充実させていけばいいのかもしれません。お互い楽しく満足のできる人生を過ごせると良いですね。健闘を祈ります。