私はアセクシャル(恋愛感情、性的欲求を他者に抱かない人),,,

春馬さん
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春馬
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私はアセクシャル(恋愛感情、性的欲求を他者に抱かない人)です。
自分が恋愛感情というものを理解していない、また、理解できないという疑問に20歳になって漸く終止符が打てました。

しかし、私はそのため沢山嘘を付いてきました。人を傷つけてしまいました。幼い頃から劣等感が強く、好きなんて感情がわからないまま皆と同じように、或いは人より劣ってるだなんて思われたくなくて、「○○君が好き」「結婚したい」と嘘を周りに吐いていましたし、祖父に対しては「20歳になったら結婚してウエディングドレス着るからね!」と軽い約束をしてしまいましたし、祖父もその言葉今でも覚えています。その罪悪感が頭から離れず、家族やその○○君に過去の自分をころしたいくらいの罪悪感を常に抱き、申し訳ない気持ちでいます。しかし、彼らに対してカミングアウトなんてどう言ったら信じてもらえるのかわからず……。

恋愛感情に対しては、気持ちが悪いという嫌悪感よりも私にとっては魔法のようなものです。根本がわからないのです。まぁ、ファンタジーと捉えられればとても面白い感情なので恋愛系の漫画は読んでて楽しいですし、楽しい恋バナは聞いてるぶんにはとても面白いです。
羨ましくないと言えば嘘になります。そんな苦しくも胸高鳴るような感情、持てるなら持ってみたいし感じてみたい。私が今読んでいるシェイクスピアの作品でも恋に関して様々な表現がされていて、そんな魔法が使えたら人生もっと色が付くのかぁーもしれないなぁ……と。でも、周りの子は恋人や異性と上手くいっていない子の方が多く、悲しい話を聞くとこっちまで辛くなってしまい、何故そこまでして多くの人は他人を好きになるんだろうって疑問に思うことも少なくありません。

大学生になってから、ヘテロセクシャル(異性愛者)として振る舞うのはやめようと決意し、男の人を好きにならなければならないという強迫観念?から解放され、今ではだいぶ男の人を意識することは無くなりましたし普通に関われる男友達も何人かできました。
それでも、周りから「彼氏を作らないと勿体ない」って言われる度に、昔のことを思い出し心苦しくなります。私は微笑って「ええ、そうですね」としか言えません。とても苦しい。その辛さに耐えられず腕を切ってしまう。
私にはいらない。こう一言言えれば良いのに。私は弱い。

ただ、そんな人もいるんだって頷いてほしい。見下さないで。軽蔑しないで。心が無いなんて思わないで。私は家族も友達もとっても大好きだから。彼らにより多くの笑顔と幸せをいつも願っています。

纏まっていなくてごめんなさい。でも、心が苦しくて、罪悪感に耐えられなくて書いておきたかった。私には無いものだけど、誰かを好きになれる恋心っていうのはとても素晴らしいものだと思う。その人の生に一つ或いはそれ以上の色を与えてくれるもののはずだから。

罪悪感に打ちのめされる前に、沢山の人に謝れたらいいな……。
この前お店に飾られていたウエディングドレスがとても綺麗で、その隣にはそれを着た新郎新婦とその家族の幸せそうな写真があった。心が苦しくて心の中で何度もおじいちゃんに届かない謝罪を送った。

つぶやき アセクシャル 劣等感 罪悪感

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春馬
春馬
さん
春馬
春馬さん

恋心を抱かないことに必ずしも劣等感を覚える必要性はないと思います。私の脆弱性の問題であって。他のアセクシャルの方のブログとか読んでいると皆さん自分を見つけていて、すごいなぁって思います。

mynameisSecret
mynameisSecret
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mynameisSecret
mynameisSecretさん

こんばんは。私もアセクシャルです。日本語だと、ブログやTwitterによってアセクシャルとアロマンティックの訳が何か違うような気がしてなりません。まあ、正しい翻訳よりも人に恋愛や性行為が人間としての正常な行いであるという大きな誤解をしまくってる社会の方を何とかしてくれという思いの方が強いです。これは、異性愛者や同性愛者には理解しづらい感覚なのかなと悲しくなってきます。彼ら彼女らは性愛が行動のエネルギーとなっているところがありますから。

自分を偽るのは疲れます。しかし、この世を生き延びるために現在はしなければなりませんね、とても辛い!明日はそんなことしないですむようになってほしいなと思っても、叶わないんですよね。偽ることは良くないことという風潮があるかもしれませんが、周りの環境がそうするんですよ。疲れます。

あなたは悪くないです。とても頑張っています。努力家です。

質問者のコメント

こんばんは。共感いただきありがとうございます。私以外の当事者の方にお会いするのは初めてなので感動しています。仰る通り、恋愛して当たり前って風潮は私たちにとって心苦しいばかりですね。LGBTの存在が知られつつあるものの、その中でも私は未だに肩身が狭いと感じます。なるべく自分を偽りたくないと思っていますが、恋愛感情があるけどまだ恋人がいない人間を装わなきゃならない時ってありますよね。