言葉の棘が抜けない問題。 (文章が支離滅裂で話題が二転,,,

ユーザー873さん
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ユーザー873
さん

言葉の棘が抜けない問題。

(文章が支離滅裂で話題が二転三転しています。面倒くせぇ!と思ったらどうぞ、引き返してください。)


「親父(私から見た母方の祖父)の脳みそを(火葬とはいえ)燃やしてしまうのはどうしてももったいない、残しておきたかった」

という母の言葉と、前の主治医に対して「希死念慮がどうしても支配して、辛い。火葬代金を貯金できたらさっさと自らを火葬してしまいたい、いなかったことにしたい」と訴えたときの

「(笑)そんなことしなくていいよ(笑) ばかばかしいこと考えてないで、お薬飲んでゆっくり休もう(笑)」

この言葉の棘が未だに深く深く刺さったまま抜けません。

確かに、祖父は数学に強く、とても賢くて亡くなる前日も意識がハッキリしていたほど「痴呆」の類とは無縁の人だったし、長年技術職を勤め上げて定年退職したあとも「祖父さんがいないと仕事回んないから復帰してほしい」って頼まれて復帰するほど確かな腕と脳を持った人でした。
ド文系でコミュ障の私とは正反対で、理路整然で毅然とした江戸っ子の見本のような人でした。

確かにそんな人の脳みそを火葬してしまうのはもったいないと思います。それは分かる気がするんです。
でも、それを亡くなって5年以上経った今も言われると傷が抉られるように苦しいのです。

以前の主治医の言葉も抉る棘になって刺さったままです。
辛いから診察を受けて、どういう感情があるか聞かれたから真面目に答えたのに軽く笑って流されたとしか思えず。本当に死にたかった。なんなら今でもそう思ってる。なのに取り合ってもらえてないとしか思えない。
以上一連の経緯を今の主治医に訴えても、やんわりと流されて、デプロメールを増量されました。現在、計算が合ってれば200mg/day服用しています。

死にたい気持ちとふわふわした地震酔いみたいな感覚(+諸々の体調不良)はきっとずっとなくならないと思うのに薬だけはしっかり飲んでて意味あるのかな、って思ったり。
自分の貯金もそろそろ尽きそうだし、火葬代だけは死守しておきたいと思ったらそろそろ何かしらしないとと思うのに動けない自分にも腹が立つ。

自分を愛してあげられるのは自分だけ!みたいな宣伝文句を見ると「……健常者ならね。」って思ってしまうこのクソひねくれた性格も肉体と一緒に、皆さんの脳内メモリーを少しでも食ってしまったお詫びとして燃えて消えてなくなればいいのにな、皆さんの記憶からも抹消されたらいいのにな、と思いながら無為に時間を過ごすばかりです。

つぶやき 希死念慮

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眠子
眠子
さん
眠子
眠子さん

こんにちは、初めまして
眠子というものです
あまりお悩み相談のページを見ないのですが、たまたまともえさんのお話が目に入りました
なのでこれも一つの縁だと思ってお返事を書こうと思います
といってもあなたの力になれることはあまりないかもしれません
というのもわたしは医者でもなければカウンセラーでもないからです
ただの一メンヘラがお節介を焼きに来ただけのことです、有益ではないと感じたらどうぞ傷付かずに「そうなんだ」と思う程度に留めてください

前置きが長くなりましたが本文へと入ります
お母様とお医者様の言葉に傷付き、その辛さを手放すことができずにとほうにくれている、という認識で話を進めていきます
もしもズレが生じていましたらご容赦ください

まずお母さまは「脳みそを焼いちゃうなんて勿体なかった」とおっしゃいました
それがどうしてあなたの心を傷つけるのか、わたしには分かりません
煽りのように聞こえたら申し訳ありません、しかし考えてみてほしいのです
第三者であるわたしから見て、この発言は祖父の死を悼むものに聞こえます
しかしあなたを攻撃する意図が感じられないのです
言い換えれば面と向かって「お前が祖父の代わりに死ねばよかったのに」と言われたわけではありません
なのにどうして深くあなたの心に刺さっているのでしょうか?
これに関しては後々触れますが、それを読む前に少しよく考えてみてください
考えるのがめんどくさかったり、どうしても答えが出ない場合にはどうぞわたしの見解を読んでみてください


また、お医者様に自分の苦しみを取り合ってもらえなかったとするあなたの嘆きは妥当であります
ただし誤解しないでいただきたいのは、お医者様はあなたから症状を聞いて薬を処方することが主な仕事なのです
お医者様はカウンセラーではありません
カウンセラーのように話を聞いてあなたの苦しみや悲しみに同調し、導いてくれる存在ではないのです
いわばあなたの症状を定期的に観察し、よくなったのか、悪くなったのかを判断して処方を変えていくのが医者の本分であります
ですからあなたがショックを受けるような対応を取られたことに関しては、お医者様を責めることはできません
もちろん、カウンセラーとして見ればあなたの苦しみを否定するような言動は慎むべきだったとは思います
ただ、あなたの求める苦しみの暴露というものは、もっと的確な仕事をしてくださる人がいるものです
ですからそちらをまず当たってみてはいかがでしょうか


さて話は戻りまして、あなたのお母様とお爺様のお話になります
「祖父の脳を焼くなんて勿体なかった」という発言はあなたにとってはどう聞こえていたのか
第三者、それもたった一度だけのわたしに向けられたわけではない、不特定多数に向けた文章からあなたの全てを知ることは不可能です
ですからわたしの言うことに誤りがあってもどうかご容赦くださいませ

あなたは、上記のお母様の発言を歪曲して受け取っているように思います
というのもいくらあなたのお爺様の脳みそがどんなに優れたものであったとしても、それはあなたの人格や能力を否定している意味にはならないからです
お母様が語られているのは「お爺様は素晴らしかった」、ただそれだけのことなのです
ではなぜあなたは傷付いてしまうのか
それはあなたが、あなたとお爺様を比較しているからです
自分の祖父はたしかに優秀だった、とあなたはこの僅かな文章でも長々と丁寧に説明することが出来ています
それなのにあなた自身のことは言葉少なに「ド文系のコミュ障」「クソひねくれた性格」としたためます
あなたは、優秀な祖父のようになりたかったか、なってほしいと期待されていたために苦しんでいるのです

だけど真に優秀な人というのは、文系理系を問わずいるものです
そして優秀な人になれるのは残念ながら一握りで、あとは凡人か、一部分だけが突出して優秀だけど他にはまるでダメな人か、信じられないくらい生きるのに向いていない人とか、あと他にもたくさん色んな人がいるものです
ここで誤解してほしくないのは、あなたのことを生きるのに向いていないからすぐに死んだ方がいい、と言っているわけではないということです
あなたが現在いくつなのかは知りませんが、生きていると本当に様々な人がいるのです
それでこそなんでこんな人が生きているのだろうと思うような人も生きているのです
つまり、どんなに根性が曲がっていようが、金に汚かろうが、簡単に人を虐げようが、人は生きているのです
生きていてもいいんです
あなたは祖父のようにはなれないのかもしれませんが、あなたには祖父がなれなかったものになる可能性を秘めています
それはあなたが思い描くような人物像ではないのかもしれません
理系のことはとんと分からず、人とうまく接することができない、それじゃなりたい自分ではない、と思うかもしれません
でも、わたしはあなたの文から誠実さを見出しました
火葬代だけでもせめて残して記憶から消えたい、という願望からそれが見受けられます
火葬代は物理的に後腐れをなくすもので、記憶から消えたいというのは精神的な後腐れをなくそうとする意図が感じられます
それはあなたが、人が死ぬということは悲しいことだと理解しているから、自分が死んだ時の周りのショックを和らげようとする思いやりなのです

あなたは自分が思っているよりも勤勉で、周りのことを思いやれているのです
そういった素質を、今は病気が邪魔して見つけることが困難になっているのです

まとめになりますが、ともえさんにはカウンセリングをおすすめします
人に話をするのはとても勇気がいりますし、相性の合う人を見つけるまでに時間がかかることもあります
しかしお医者様に話すよりも、自分の苦しみについて理解することができるかもしれません

自分を愛せるのは自分だけ、という言葉は裏を返せば自分のメンタルを適切にケアしたり、痛みを理解できるのは自分だけ、という意味になります
いくら自己開示しても他人はあなたの苦しみを真に理解することはできませんし、他人が苦しむことであなたの苦しみが代わりに解消される、なんてこともありえません
自分は一体どんな人間なのか、良いところは果たしてあるのか、という事をどうぞ探してみてください
カウンセラーやあなたの親しい人(リア友でもネットの友達でも構いません)の手を借りながら、よく考えてみてください

長くなりましたが、ここで筆を置きたいと思います
とりとめのないこの文章があなたの苦しみを癒す一助になることを心から願っています

だらー
だらー
さん
だらー
だらーさん

「死にたい」とつぶやいた人に「なるほど、君は死にたいんだね!応援するよ!死に方は何を考えているの?絞殺?扼殺?毒死?溺死?焼死?」と答えたら多くの場合はキレられます。
「死にたい」という言葉は「生きていく自信がない」や「どこか遠くへ行きたい」の言いかえであることが多いそうです。
ですので、あなたの「火葬されたい」という言葉に多くのメンヘラは困惑します。


以下はすべて推測です。
あなたが考えてないかもしれないことを勝手に決めつけて書きます。



『確かに、祖父は数学に強く、とても賢くて~』
『ド文系でコミュ障の私とは正反対で~』
この言葉から、あなたが祖父がすごかったと思っていることがわかります。

  生きている祖父 > 生きているあなた (1)


『亡くなって5年以上経った今も言われると傷が抉られるように苦しい』
この言葉から、さすがに死んだ人間は大切じゃないと思ってるとわかります。

  生きている祖父 > 生きているあなた > 死んだ祖父 (2:あなた)


『祖父~の脳みそを~残しておきたかった』
ですがあなたの母は死んだ祖父のことをいまだに惜しがっています

  生きている祖父 > 死んだ祖父 > 生きているあなた (2:母)


ここであなたの価値観と母の価値観がずれました。
  生きている祖父 > 生きているあなた > 死んだ祖父 (2:あなた)
  生きている祖父 > 死んだ祖父 > 生きているあなた (2:母)


あなたは死んだ祖父より価値がないと言われたことが辛かったのです。
そこであなたの無意識は心を守るため次のようなロジックを考えました。


『確かにそんな人の脳みそを火葬してしまうのはもったいないと思います。それは分かる気がするんです』
分かる気がする、というのは逆にいうなら心の根っこでは共感できないということです。
やはり人間は死んだら火葬するべきだと思っているわけです。
なので祖父を火葬したのは正解で、火葬しないのは間違ってることになります。

  火葬された祖父 > 火葬されなかった祖父 (3)

これから祖父を取り除きます

  火葬される > 火葬されない (4)


さっきの(1)を思い出します

  生きている祖父 > 生きているあなた (1)

ここから生きていることを取り除きます

  祖父 > あなた (5)


この(4)と(5)を組み合わせるとどうなるでしょうか?

  火葬されたあなた ←どっちが大きい?→ 火葬されなかった祖父


例えば
  祖父     = 100点
  あなた    =  30点
  火葬される  =  80点
  火葬されない =   0点
だと
  火葬される+あなた = 110点
  火葬されない+祖父 = 100点
なので、あなたは火葬されることで、火葬されなかった祖父を超えることができます。

あなたと祖父の点数が違うほど、その点差を埋めるために火葬の点数は高くなければいけません。
つまり祖父へのコンプレックスが大きいほど、火葬へのあこがれも大きくなるわけです。


以上が私の考えたあなたの思考の推測です。
もしこの考えが正解なら、あなたを苦しめてるものの正体は母との価値観のずれです。
  生きている祖父 > 生きているあなた > 死んだ祖父 (2:あなた)
  生きている祖父 > 死んだ祖父 > 生きているあなた (2:母)
あなたは母から大切にされたかったのです。いくら祖父がすごい人だったとしても
5年前に死んだのだから、それより生きているあなたの方を大切にしてほしかったのです。

m子
m子
さん
m子
m子さん

はじめまして。
私は不真面目なメンヘラなので、外野のヤジのようなものだと思ってくれていいのですが...

ともえさんの話をまとめると、
母方のおじいさんの長所(数学に強い賢い脳と技術職の確かな腕)を客観的に見たら(お母さんから見たら)引き継いでいるにも関わらず、その進路を選ばなかったことに対して、お母さんから責められているように感じていて、消えたい思いに苛まれている、
ということでしょうか?
(「火葬」という表現を使うことで、それほど激しい葛藤なんだということを示したかったのかなと思ったのですが、合っているでしょうか...?)

まず、この投稿の仕方も独りよがりなので、医者に対しても、本当は「わかってほしい」とは思っていなかったんじゃないでしょうか?
自分で問いを深められていない上に、わかってほしくない、では、建設的な解決を求めているように受け取られなくても、仕方がないと思います。
私もひねくれ者なので、気持ちはすごくわかりますが...

あと、ともえさんは謙虚すぎるようなので、人から見た優劣なんて当てにしないで、自分の最高を突き詰めていくのにもっとエネルギーを使ってあげてもいいんじゃないでしょうか?
もっとラフに、「ジジィは賢かったかもしんねぇけど私の方が豊かな感情を育んできたし若いからまだこれから何でもできるんじゃボケェ!!!」くらい、(誰もいない所で)叫んで、エンジンにしたっていいんですよ。根拠がなくても、実際どこまでいけるかはわからなくても。

実際、親に期待されていた道を選ばなかったことで得られたことだって、振り返れば必ずあるはずですよ。
そっちを大切にして、育てていくこと、
不安の埋め合わせの為ではなく、自分の喜びとか、やりがいとか、内発的な要素をベースに、建設的に今後を考えて行くことが、今の不安を和らげるためには必要なことなのではないでしょうか?

今は、その卑屈さ(申し訳なさ)に負けないように、あるいは、自分で笑い飛ばせるように、気持ちを持っていけたらいいのかな、と私は思いました。

ゆっくり休む時間をもらっているようですし、謙虚と卑屈の区別を自分の中でつけておいて、「卑屈はNG」「自分は大丈夫」と意識的に言い聞かせるようにして、
それを繰り返すうちに、気持ちが上を向く時がきたら、先のことを考え始めてみたらどうですか?