私は高校二年から三年生まで、おかしい世界にいたと思ってい,,,

世界さん
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世界
さん

私は高校二年から三年生まで、おかしい世界にいたと思っています。

閉鎖的な地域にあった高校だったからでしょうか。繋がりが元々ある子が多くて、新学期から一週間もしない内に、喋れる人はいるくせに友達がいない、と叫ぶ子が何人かいました。

私は遠方から来ていたので、クラスには同じ中学校の子すらいなくて、たまたま喋れる子が一人と一年生から同じクラスだった子が一人いて死ぬほど嬉しかったのに、心情が分かりませんでした。

特にそういう空気が現れていたのが、修学旅行のときです。

修学旅行は、多分そういう空気を察知していた先生方が、自分達では決められないだろうと先生方で班を決める、としていました。

私はほっとしたのですが、出席番号で決めるのではないかと勘ぐった女子がいて、休み時間の間ずっと嫌だと叫んでいたらしいです。

その子は私と私の友達と番号の近い子でした。喋った事もほぼない子だったし、別にその喋ったときだって普通だったので、正直ぎょっとしました。

結果、その子とは離れて、修学旅行も友達と一緒の組(先生の采配であろう)だったので、特に問題はありませんでしたが、叫んでいた子ではないですが、修学旅行に一人来ない子がいて、不穏な空気で修学旅行を終えました。

その後も、クラスは嫌な空気が流れていました。

そして、その空気は自分のせいではないか、と勝手に妄想した私は、気がつけば、幻聴が聞こえるようになっていました。自分に嫌い、とか、無理とかが向けられているように感じたんです。

そして、私は三年生になりました。クラス替えは無かったです。

その時にはもう、クラスに入るのも、廊下に出るのも、しんどくて、私は保健室に相談にいきました。

そこからは、回復の一途を辿ります。友達もちょっとずつ増えていきました。

しかし、どうやら二年生の間に私は無視を繰り返していたらしく(確証はありませんが)大きなぶつかりも解決もなく、微妙な感じで高校生活は終わりました。

正直、高校という場所で、友達というものに固執し、確かに友達がいないと寂しいかもしれないけど、生きていけないみたいな風潮はおかしかったと思うんです。その事に関して自分は間違っていたとは思えないし、母も父もそれに同意してくれました。

でも、あまりにもその二年の反動が大きくて、未だに幻聴まではいかなくても、嫌いだとか、無理だとか、そういう言葉にとても敏感に反応してしまいます。

こんなクラスでしたが、驚くべきは、いじめが無かったということです。

一人でいる子には話し掛ける子がいて、困っていたら助け合う。そういうのは素晴らしいほど出来ている組織でした。

でも、それは皆いやいやだったと思うんです。やって『あげた』ことが望み通りいかなかったらグチグチ言ってたんで。というか、やってたことは全て担任の方針ですけど。

面と向かって文句を言えなかったら人間こうなるんですね。

調べたらひどい不安から叫ぶ等の症状は境界性人格障害の可能性があるようですね。あの時叫んでいた子は限界まで追い詰められていたのでしょうか。

今の時代、何も言えない人が多いように感じます。でも、だからって本人に聞こえるように言ってスッキリしていいなんて間違ってると思いませんか。

私はそういう考えを今後支持していく考えはないし、寧ろ反対していきます。絶対間違ってる、あんな世界。

つぶやき

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ユーザー7208
ユーザー7208
さん
ユーザー7208
ユーザー7208さん

そういう人居ますよね、私とは人種が違います。脳の使い方とか使う部分が違うんだから仕方ないと割り切っています。私は教室で誰とも話さない時間が多かったです。無駄な自意識のせいで、どう思われているんだろうとか、怖かったのを覚えています。

質問者のコメント

回答ありがとうございますm(__)m

分かります、人種が違うと恐怖を感じますよね。高校時代、さっきまで笑って話していた子が、何処かへ行ったと思うと、すぐ後ろで一人も友達いない、と、大きな声で叫んでいたのを思い出しました。

別に、そこにいる人だけが正しい訳じゃないですものね。少しでも私の気持ちを理解してくれる人がいるだけで、本当に救われます。

鬱猫
鬱猫
さん
鬱猫
鬱猫さん

無視や無関心も立派ないじめです。
そういう過去は嫌なヤツと関わった例としてまた同じような目に遇った時にどう行動したらよいかの参考にすればよいと思います。

質問者のコメント

回答ありがとうございますm(__)m

無視をしていた訳ではないんです。一人言にも反応しなきゃいけなかったんですけど、私は出来ていなくて、陰口を言われてたんです。尾は引かないんですけどね。

大学生の今はそういうのがなくて、自分は無視しているのではないか、という心配が軽減されていきました。

だから、今は幻聴を取り除き、日常生活が良い方向へ向くように努力していきたいと思っています。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

世の中いろんな価値観の人がいるものです。
私は50のおばさんですが、そういうとしになっても、一人がダメな人っていたりします。
私は一人時間がないとメンタルが弱るくらい一人が大好きですが。

それから、十代というのは身心共に発達過程で不安定になり勝ちですし、昨今の家庭をめぐる環境の複雑さが弱者である子供たちにもろに皺寄せとなって、それに拍車をかけているのも目の当たりにしてきました。

そういう子達と同じ空間で過ごしてきたのはとてもストレスだったでしょうね。
うちの子供たちもそうでした。

もう過ぎたことで、これ以上苦しむ時間がなくなってゆきますように…

質問者のコメント

回答ありがとうございますm(__)m

やはり、年を重ねても一人が駄目な人はいるのですね……。

この経験がトラウマになっていて、幻聴が復活したりするので、精神病院の通院も考えています。

より良い人生を歩めるよう努力をしていきたいです。