車に乗る事が出来ません。 乗る瞬間になると息が上がり、不,,,

敏感辟易太郎さん
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敏感辟易太郎
さん

車に乗る事が出来ません。
乗る瞬間になると息が上がり、不安に包まれて過呼吸を起こしそうになります。
親にも「いつか克服しないと」みたいな事を控えめに言われたりしました。
僕はその言葉に対して、言いようのない悲しみと、怒りを感じたりしながら、それを悟られないように、曖昧な相槌を打ちました。
この悲しみと怒りというのは、一体なんなんだろうなって思ったりして、一度少し考えてみました。
パニック障害に対して、どうやって克服出来るのか分からない、つまり永久的に治る見込みが無いという悲しみと、言葉に対しての「治そうとしなさい」と言われているような、無慈悲さ?「無茶を言うな」と言いたくなるような怒りでした。

でも、結局のところ多分、一人であるなら、車にも乗れるし、過呼吸を起こすような事も無いと思います。
というのも、僕の父はとても卑屈な人で、どこでどう着火するか分からないような怖さがあります。
そして母は、そんな人にずっとついて行って、それに僕のようなよく分からない生物を育てなくてはならないという狂気に、おそらく自分では想像も出来ないほど疲弊しているはずで、そう考えると、心の奥を計る事すら恐ろしいです。
つまるところ、僕は親といるととても気疲れしてしまうのです。
父の怒りを買わない為、母の心を動かさない為に「なんの思想、思考もない」というフリをするのですが、年を重ねるにつれ、それが出来なくなってきたという話なのです。
「車に乗れない」というのは言い訳で、ほとんど嘘のようなものです。
ただ僕は、希薄な世界を渇望してしまうだけです。

そういうと、いよいよ家を出ろ、独り立ちしろという話にしかならないのは分かっています。
ですが、僕は対人関係が何もうまくいかないという事が何度か重なった事があったりして、自立するという事以前に、そういう対人関係の怖さに震えてしまい、動くことが出来ません。
対人関係がうまくいかないというのも、自分は、人に対して自分から話しかけるという事が出来ません。
というのも、人間の喜怒哀楽のタイミングがよく分からなくて、いつ話しかけて良いタイミングなのかが分からないのです。
それに、自分が分からない事で、自分の事を酷く毛嫌いしていて、気持ち悪いと思っているなら、自分に話しかけられるという事があまりにも不快な事なのだろうなとも思います。
それに、例えそれがどう考えても良いタイミングであったとしても、自分の言葉の選び方に対して懐疑的になり過ぎて、言葉を構築しては壊しという事を繰り返すあまり疲れてしまいます。
自分の文章構成力の無さと、人を想う力の無さに絶望します。
そうする事の連続で、僕は対人関係の一番初めの段階を踏む事のハードルがとても高く感じるのです。

こういう事を言うと人は、「考え過ぎだ」と言うのですが、考えない事が出来るなら、そもそも悩んでいないのです。
だからこそ、どうしようもなくて、ただ救いようがないという真実だけが答えとして残ります。
救いようが無い程に、人と関わる事に対して恐怖を感じる。
それが足枷で、独り立ち出来ません。
「悩む前にやってみろ」という話ではありますが、うまくいかないか、自分が壊れてしまうのはあまりにも明白です。
人間関係で僕は同じように何度も失敗して、心を壊してきたからです。
アドラー的には、それも忘れるべき経験であり、挑戦し続けるべきだというのは理解できます。
過去なんてただの記憶であって、存在しません。
それは理解していますが、その記憶に対しての恐怖心は、経験するほどに増えていきます。
その負の連鎖に、どういったモチベーションで立ち向かうべきなのか、もう分かりません。
僕はこの文明のカオスにただ溺れ続けるしかないのだと思います。
そのカオスの中で、極力その恐怖心を感じないように、希薄な世界を願い続ける事しか出来ないのです。
希薄な世界を願って、抗不安剤とマイナートランキライザーで恐怖を和らげるだけです。
それを積み重ね、人や親に「何もしない」という罪も一緒に積み重ねて、いつか後悔する日を恐怖しながら待っているだけです。
自分には何もできません。
他の誰かにも何もできません。

そういう話を、いつも心療内科を受診する際に持っていくのですが、このような濃い話を全て口から説明できるほどの能力も無く、同じような話をして、適当にホリゾンを処方されるだけの生活です。
こんなのが正しい事なのだろうかと受診する度に思うし、話を聞いてくださる先生にも申し訳なく思います。
もうそろそろ薬が切れるので、その罪悪感を抱えて重たい足を無理やり動かします。
そういう事を声にして、音にして表現する事にさえ罪悪感を持っているので、匿名で書いてみた次第です。
これが甘えであるなら、もうそれでいいです。
僕だって、死の恐怖を克服するくらいの事をしてこの甘えから逃れたいと、ずっと思っています。
ただ人間であるばっかりに、死が怖いのです。どうか許してください。

つぶやき

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まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

呟きにお邪魔いたします。。。

文章表現力、凄いと思いました。
とても端的だと思います。

それで、何で呟きにお邪魔してしまったかというと。
これ、医者も読みたいと思うような内容に思ったので、書いてみました。

この文面、そのものを見せると、家庭内の状況、子としての心情が、より伝わると思います。