「しにたい」 どんな気分から発せられた4文字だとしても、,,,

ダメじゃないさん
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ダメじゃない
さん

「しにたい」
どんな気分から発せられた4文字だとしても、このたった4文字を否定されず受け入れられると言うだけで、どうしてこうも気が楽になるのだろうか。
許されたような、認められたような、不意に涙が出そうになるのだろうか。

と言うような文章を先ほどまで大真面目に打っていて、途中からコラムに投稿する方が適しているんじゃないかと思い始めて辞めて、また打ち直した次第です。
なぜコラムへ投稿が頭をよぎったのか、自分でも一瞬何がしたいのかわかりませんでしたが、恐らくここを利用しているユーザーより多くの「しにたい」を抱える人たちに発信したい気持ちからだったんでしょうね。(他人事)

例えば。
話し相手が悲しみに暮れていることを打ち明けられた時、励ましたり、話をそらしたり、聞き流したり、黙っていたり、頷いて更に深く聞いたり、冗談を言って笑わせようとしたり、気持ちに寄り添ったり、刺激せずそっとしておいたりと、人それぞれ自然に自由な反応をすると思うのですが、その無意識にする反応は、実は自分が悲しみに暮れている時に相手からしてもらうと自分が救われる反応をしているのだそうです。
正解不正解なんてないもので、自分の経験や気持ちを基準にしないとわからないから、自然にそうなるのだそうです。
だから、相手が無意識でどんな反応をしたとしても、相手に悪気はないんですよ。(例えば意図的に煽ったりとかはまた違う次元だと思いますが、逆に煽られて救われる人だって、世の中のどこかには存在するのかもしれませんね)

私は「しにたい」を抱えた時、その「しにたい」を受け入れられることで気持ちが楽になるので、これからも否定しない派でいこうと思いますが、本心では生きていてほしい人もやっぱりいるわけで、そう言う時は相反する自分の中の気持ちで苦しくなったりもします。
「しなないで」と否定してくれる人がいるからこそ、臆病な私はリスクが決して低くはないこの反応ができるのです。

特にオチも意味もないつぶやきでした。

つぶやき しにたい 死にたい 自殺

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