明日は22歳のバースデー。 先日見たどなたかのコラムと同じ,,,

田原涼音さん
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田原涼音
さん

明日は22歳のバースデー。
先日見たどなたかのコラムと同じように、私もここまで生きる予定ではなかった。
17,18歳くらいで死ぬ予定だった。
実際、それくらいの歳に拒食になって身体的にも精神的にも死にかけたから、なんとなく、そこで私は死んだんじゃないかなとかゆるく思っていたり。
なんでまだ生きてるんだ??っていう疑問が誕生日を真近にするとより切迫感を増すような気がする。

まあだから、今生きてるのは所謂、余生だったりボーナスステージなんじゃないかと思ってる。
高校を卒業し、大学へ通い、友人と遊んだり、すこしバイトをしてみたり、そのお金で好きなことをしてみたり。
存外、悪くないボーナスステージ。
とは思いつつ、剥がれきれない希死念慮。

希死念慮めいたものは5歳くらいの時から自覚がある。最初は、「私がいなくなって、弟とお母さんとお父さんと3人暮らしの方がしあわせなんだ」って思ってた。段々、成長するのが嫌だとか年を重ねるのが億劫だとか、大人になりたくないだとかそんな風になっていって。気づけば10代後半にもなり、そこからはそろそろ死なないとななんて思うようになっていた。

すこし話題は変わるけれど、いつかどこかで、自殺は理性で行われるものではないというのをインターネットで目にした。それが真実かどうかなんて知らない。けどその時、「理性を持って自殺はできる。私がやってやろう。」と思った。その日から他人に言えない、理性を持って自殺するという夢ができた。

日々生きていく中で、気分がいい時は、自殺なんてやっぱり理性の下で行うもんじゃないと思うこともあった。でも、そんな時なんて私の日々の中の一欠片。大半は希死念慮とともに、今日もしにたいなぁだなんてゆるく思ってる。

…ほんっと、看護師向いてないなぁ笑
生命倫理が一般的に求められてるものからかけ離れちゃってるもんな。
看護師はおろか、生きることにも向いてないよ笑

希死念慮

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