25年前。 私の家庭は最悪だった。 母子家庭+祖父という家,,,

あなたでいいのださん
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あなたでいいのだ
さん

25年前。
私の家庭は最悪だった。
母子家庭+祖父という家庭にあり、高校生だった私は夜稼ぎに出て朝方帰って来る母が買ってくる惣菜を細々食べながら高校に通っていた。やがて生活費のため、と言われ奨学金を巻き上げられた私は、通学定期を買うことができなくなり自転車で1時間かけて高校まで通った。それでも私は何とか大学に進学した。祖父が倒れ、糖尿病から入院したあたり、母は収監され帰ってこなくなった。人工透析で回復する見込みのない祖父を毎日病院に見舞った。市役所の手続きなどは全て自分でやった。
大学の授業料免除に必要な書類が揃わず、◯◯したこともあった。全て自分が生きていくためだった。
3年生のとき。教育実習に行くことになった。その中学校へ7時50分までに着くようにと言われた。自宅通学の自分が使っていた始発電車は7時41分着。そこから自転車で中学校まで自転車で30分。大学近くに引っ越さなくてはならなかった。遠方に住む兄に布団ど机代わりのみかんのダンボールを運んでもらい、後は全て自分で手続きをした。その辺から拾ってきた洗濯機とレトルトカレーで生きていた。
生きていくために新聞配達で稼いだ。大雪で道路が滑る日も朝3時に起きて原付で配達に回った。友達はみな夜遅くまで飲み歩き、そこで社交性を身につけていた時、私はきっと明日は今日より良くなると思いながら寝ていた。

私の青春時代。頼りたい時、頼れる人はいなかった。ただ、こんな生活絶対抜け出てやる、という意地だけで生きていた。

あれから20年が経った。
何故今私がこんな回顧をしているか。
今私は職場の人間関係に悩んでいます。20年前は思いもしなかった、死にたいという感情に苦しみ、メンクリにお世話になっています。多分、人生の岐路に立っているんだと思います。あれだけなってやる!と思っていた現職を辞めたい!と心底思う日々です。でも、どん底にいた20年前の状態から事態は好転してきた。今リアルタイムで死にたい感情はあるけれど、今ここで死んでしまったら20年後の自分はもうここにいない。今はどん底だから、これ以上下がることはないと思って、もう少し生きてみようかと思うんです。
私に「死ぬのはまだ早いのでは、勿体無いのでは」と言ってくれた人がいました。私はそうかな、と思ってその言葉に賭けてみようと思うんです。
自分を苦しめる人は周りにたくさんいると思います。でもやがてその人たちは去っていきます。縁を切りたくても切れない、死ぬまで付き合う自分自身のために、もう少し生きてみようかと思うんです。どうか私の駄文をここまで読んでくださった皆様にも、少しだけでも明日がより良い日になるよう願っています。

自分自身のために書きました

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あなたでいいのだ
あなたでいいのだ
さん
あなたでいいのだ
あなたでいいのださん

自分を苦しめる奴らが自分の周りから去るよりも長く生きてやる!