おはようございます。 いつまで経っても、いい大人と呼ば,,,

ダメじゃないさん
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ダメじゃない
さん

おはようございます。

いつまで経っても、いい大人と呼ばれる年齢になっても、心の奥では「親から認められたい」と言う気持ちを完全に捨て切ることができず、苦しいです。
認めて肯定してもらいたかったり、褒めてもらいたくて、報告してしまいます。
しかし私の親は、以前より丸くはなりましたが、半分以上は否定すると思います。
否定された時のダメージが大きいので、報告しないよう、心を鬼にして気を張り続けなくてはなりません。
また、報告するメリットとしては、先手を打って安心させておくことで過度な干渉を回避できます。
ただ、私から離れないと、親からは離れられないんだろうなとは思います。

どこに説明しても「機能不全家族ですね」と呼ばれるような家庭に育ちました。
実家暮らしで、苦しい状況は続いています。
親が子離れできていないため、子である私の負担になっていることは明白なのですが、私自身も完全に断ち切れているかと聞かれると、やはり家族ですから多少は親のことが心配になりますし、無下にはできません。なので、「親離れできてます!」と断言はできません。
もしかしたら、親離れしても家族なので、最低限気になったり、心配したりは普通なのかもしれませんが…それすら普通なのかどうか、わかりません。

家族や親に報告を避けると、今度は距離の近い友人に報告してしまい(もちろん、それなりに喜んで聞いてくれるような人を選んでいますし、頻度も高くないので大丈夫だと思いますが)、そんな義務はないのに疲れるので困っています。

何かしらで具体的に解決すべきか、あまり深く気にせず現状維持か…悩んでいます。

AC 機能不全家族 親離れ子離れ

回答一覧

み

さん
み
さん

アダルトチルドレンからの、親子の共依存だと思います。
自分というものがなく、他人の評価や反応を自分の存在価値にしているから、それに振り回されて苦しいのです。ご両親がそういう生き方をしているから、あなたもそれを学んで身につけてしまっている。でも、違和感や苦しみを感じているなら、それを思い切って手放す時が来ているのです。

回復して、自分の存在価値を他人に委ねなくなったら、楽に幸せに生きられるようになりますよ。私は、だいぶ回復してきました。

本当はご両親と距離をおくことが一番良いです。でも同居ということで難しそうですね。

まずは、日常の些細なことでも、四六時中、自分で自分を褒める癖をつけるといいですよ。
自分が小さな子どもだとイメージして、その子に向かって褒めるように。
例えば、
「(鏡を見て)今朝はいい表情をしているね。いい一日が送れそうだね」
「今日も仕事を頑張ったね。よくやった!」
「友達と遊んで楽しかったね。素敵な友達がいてうれしいね」
「体調を崩したけれど、自分でちゃんとケアしてえらい。これできっと治るね!」
などなど、本当になんでもいいです。

褒めながら、自分の体をなでたり、マッサージしたり、温かいお茶やお菓子をとったりするのもおすすめです。本当は、親でもなく友達でもなく、自分に褒めてほしい・認めてほしい、小さな自分をいたわってください。

自分が自分の親になり、愛することが必要です。

完璧は求めないでください。完璧主義は、アダルトチルドレンの病ですから。
どうしてもご両親やお友達に報告したい時は、それでいいと思います。
「我慢できなかったね。それでいいんだよ。報告して心が落ち着いたね。でも次に何かを褒めてもらいたくなった時は、自分がたくさん褒めてあげるから」
とでも考えればよいのではないかなあと思います。

アダルトチルドレン、愛着障害、共依存についての理解を深めることは重要です。ぜひ、本やネットで情報を集めてください。Twitterをやっているなら、それ系のアカウントをフォローするのもおすすめですよ。回復を目指している人や、それをサポートしている心理学者やカウンセラーの言葉に、日常的に触れることは、とても役に立ちました。

KY
KY
さん
KY
KYさん

参考になるかわかりませんが、私がよく読むブログに親子について書いたコラムもあるので載せておきます。

「アダルトチルドレンを本気で克服する方法」
https://brain-soul.com/corner47/corner70/index.html

6~15,19,20,29,60が親子の問題について書かれたものだと思います。

少しでもダメじゃないさんの助けになれば幸いです。

質問者のコメント

回答ありがとうございます。
少し読んでみたのですが、恐らく的確なことがハッキリ書いてあり過ぎて、今のAC度の高まっている状態だと少しきつい表現に感じてしまい、途中で断念しました…orz
せっかく教えていただいたのに、すみません。
ただ、図星だからこそ刺さったのだと思うので、もう少し気力やら何やらが回復して落ち着いたら再チャレンジしてみようと思います。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

親離れ子離れ、なのかわからないんですけれども。
自分も、そんな感じの「ねえ、聞いて聞いて!」を家族にやりたくてしょうがないタイプだったなぁ? ということに、今、はたと気がつきました。
そういえば、最近は、そういう衝動がわいてきてない? っぽい気が…
BBAになったからなのか?
聞いてくれる人がいないから?

それとも、自他の境界線が引けてきて、自分で自分のお世話ができるようになってきたからなのかなぁ?
明後日、通院日だから、聞いてみようかな?

質問者のコメント

回答ありがとうございます。
両親共、そう言う「ねぇ見て見て!」とか「ねぇ聞いて!!」が未だにあるタイプなので、単純に遺伝なのかもしれません。
嬉しいことも悲しいことも(特に前者)、なかなか自分の中だけにおさめておけないのです…。
でも、他の人たちを見ていても、そう言う人って案外少なくないんですよね。
もし通院の際に質問されたら、また教えていただけますでしょうか…

渡橋
渡橋
さん
渡橋
渡橋さん

これといった解決策はないのですが…親も教育方法で悩んできたのかなと親の立場で考えておく、「自分は親に認められたいフレンズなんだ」(暫定)ということにしてます。

私もかなり親に報告しがちで(今日あったことはもちろん、本や映画で感じたこと、その日の料理の味など)、親もまたなにかと報告する関係でした。
今は報告する相手がいなくなったので、「聞いてほしい」感情は少し薄れました。
通院日は何日とか盆休みは何日からなどの業務連絡はしますが、感情の共有は減らしてます。

あと、たんに聞いてくれる友人がいなくなったので、「聞いてほしい」から「寂しい」にシフトしたのかもしれません。
感情の段階が下がった感じ…?より原始的な欲求(嬉しい、悲しい、寂しい)まで分解して受け入れるようにしてるからかもしれません。

「ねぇみてみて!」「ねぇきいて!」は、ご両親の親からつづくコミュニケーション方法かもしれません。もしくは、当時流行した教育方法だったのかも。
親は最初から親になったわけではないので、なにかしらの形で勉強して実践してた可能性はあります。

感情の共有は心地よいものなので、遺伝というより家庭内の習慣になってるのかもしれませんね。
嬉しいことを話して、「そうだったんだ。よかったね」と受け入れてもらえると、ものすごく元気になれますし。特に不自然なことではないと思いますよ。

疲れるほどやってしまう部分は、主治医に相談しつつ、今後も微調整の繰り返しかもしれません。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

病院で聞いてきました。

「聞いて!聞いて!」が、ネガティブなこと、何かの問題解決や自分の気分を整えて貰うを『相手に依存』する為のものだと問題だけれども、「よいことを分かち合う」タイプのものは、コミュニケーションの促進と健全な分かち合いの欲求、なので心配することはないそうです。

ただ、あまりにも「いてもたってもいられなくなる」のは、あんまりおだやかじゃなくてつかれちゃうから、まあ、書き出すとか自分に向かって言うとかしつつ「誰にどういう風に報告しようかなぁ♪」みたいに先を楽しみにする程度にクールダウンして自分をなだめたらどうですかね?
ACが親から受けられそびれる訓練のひとつ、「浮かれて長子に乗りすぎると転んだりして危ないからあんまり浮かれすぎるとよくないよ…落ち着きなさいね…」でしょうかね?
でもまあ、楽しみなことって浮かれるもんですよ。そういう自分をいとおしんでもいいんじゃないですかね?
とか言われました。

…なるほどねぇ…
こんなかんじでした。
参考になったら幸いです。