なりたい自分、今の自分 最近、自分に合った薬が見つかり,,,

えらばれぼっとさん
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えらばれぼっと
さん

なりたい自分、今の自分

最近、自分に合った薬が見つかりました。その薬を飲んだ時、私は情緒も安定していて普通に行動もすることができて、これなら社会復帰も早くできると思いました。でも、
私はメンヘラでありたい自分と、普通に働きたい自分が心の中で戦っていって今どうすればいいか悩んでいます。
10年間、メンヘラと一緒に歩んできた人生で、メンヘラの自分をなくしたら何か話がいってしまうような気がして薬を飲むのが怖くなりました。
普通になりたいのに普通に働きたいのに普通の社会人として社会復帰したいのになぜか心にどこか突っかかりがあって矛盾があってどう行動したらいいか迷っている自分がいます。

稀にに処方された薬を飲まないという人がいると聞きます。私はその話を聞いた時に自分が少しでも楽になるなら薬を飲んだ方がいいのになぜ薬を飲まないという行動をとるのかわかりませんでした。でも今ならわかる、私の思っていることとは違うかもしれないけど、その自分に合った薬を飲むのが怖いという自分がいます。

多分ここで質問というかお悩み相談をすることによって何か確証というか決定的な選択の方向性を見つけることはできないかもしれないけれど、みなさんの意見が聞きたい、です、うまく言えないけどメンヘラでありたい自分と働きたい自分との折り合いをどうつければいいかなという感じです。

辛辣な言葉と辛いご意見、思ったことを何でもいいので、この文章を見て感じたことを投稿してくれれば嬉しいです。

私は自分の認知がとても歪んでいるという自覚があるのですが、それも手放すというか強制するのもなぜかためらっています、意地みたいなようなもので、でもこの認知の歪みのせいで、ただ、指摘されたことを、死ねと言われたように感じたり、死ななきゃという風に思ったりします。

よろしくお願いします。

認知の歪み 発達障害 就労

回答一覧

C
C
さん
C
Cさん

社会復帰してもメンヘラの自分を失いたくなくて辛くなるかどうかは、社会復帰してみないとわからないと思います
実際つらい可能性も高いです。でも案外大丈夫だなという可能性もあります。そのどっちかは今は未知数です
社会復帰したいという思いも少なからずあるなら、やってみたら?くらいな感じでチャレンジしてみてもいいと思います
総合評価は後回しにして、もしダメだったらまた逃げればいいんです

み

さん
み
さん

治ることに抵抗がある……わかります。時として、病気は自分と同化して、アイデンティティになってしまいます。本当は、一時的な「状態」にすぎないのですけれどね。

私ならこうする、という方法をご紹介します。

治りたくない理由、薬を飲みたくない理由を、紙に箇条書きにします。(パソコンやスマホよりも、手書きの方が圧倒的にデトックス効果があります) 一通り箇条書きができたら、それをさらに深めていきます。それもすべて書き出します。

(例)
・治ると自分が自分でなくなるような気がする→なぜそう思うのか?→理由
・普通に働くのが大変そう→自信がない→何が不安で自信をなくしているのか?→理由

出てきた事柄に対して、「こんなことを考えていたらダメだ!」と否定したり、善悪のジャッジをしたりすることは禁止です。ただ、「自分はこんなことを考えているんだなぁ」と、自分の気持ちを、一歩距離をおいて眺めます。同じように、治りたい理由についても書き出すと良いでしょう。

治りたい自分・治りたくない自分の、双方の言い分が明文化できたら、今度はそれを統合していきます。

おすすめなのは、治りたい自分から治りたくない自分へ、治りたくない自分から治りたい自分へ、2人の自分がいるつもりになって、2通の手紙を書くことです。そして、相反する気持ちを持つ2人がどうやったら「今より少しでも楽になれるのか」、その方法・心の持ち方を探すことです。

治すのも、治さないのも、あなたの自由です。その間のグレーゾーンの、黒っぽいところにいても、白っぽいところにいても、どこにいてもいいのです。メンヘラは得てして完璧主義だから、どちらかにしなければと思いがちですが、その考えは捨ててよい。

治りたいけれどそれに抵抗があるなら、時間をかけて自分を説得しながらゆっくりゆっくり治してもいいし、仕事はしたいけれど治らない方が自分にとって心地よいなら、薬を飲みながら無理せずまったりと仕事ができる程度の健康状態を目指してもいい。すべてはあなたの自由です。こうしなくてはならない、という強迫観念を手放して、ご自分のしたいことをよく考え、その通りにしてください。

katie
katie
さん
katie
katieさん

快復に向かうのを踏みとどまってしまう感覚、非常によく分かります。
しかしそれは、決して甘えとか逃げではないと思っています。未知の領域に対しての不安は、どんな事象にも付きまとうものですから。
どうしても普通に戻るのが辛いと感じるなら、まだ心身が充分に休みきれてないだけです。何度でも行ったり来たりしましょう。そうしているうちに、良くなる事への自信がつくはずです。
自分もそうやって、三歩進んで二歩下がるのを繰り返しています。嫌なことがあったら、いつでもまた吐き出してくださいね。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

人間って、大きく変化することをあまり好まないんですよね。
よっぽど刺激的な人生を好むタイプじゃない限り。
それが例え自分にとって良い変化であっても、「変わることに伴う諸々に対応しなくちゃならないこと」を考えると憂鬱な気分になっちゃうものです。
「うまく対応できるかな?」「失敗したら嫌だな…」「慣れるまでどれくらいかかるんだろ?」…等々、ネガティブな考えがわいてきます。
まぁ、面倒ですし怖いですよ、変わるって。
ですから「いっそ悪いままでもいいのに…」って、思っちゃうのは自然なことじゃないでしょうか?
変わることに慣れていくにはエネルギーが必要なんですから。

そういう「変化を億劫がるおっかながる」感情があることを認めてあげつつも、「まぁ、人生山あり谷あり、変わらないで居ることは不可能なんだから、変わっていくしかないんだよね…そこんとこ諦めて観念しようね、自分…」って、自分を自分でなだめるしかないんじゃないでしょうかね?
「悪いままで居る」を選択したって、いずれにしても、何時かは何らかの変化は必ず訪れる、つまり人生で変化は避けようがないんですから。

…よく、「病気である自分が自己のアイデンティティーになってしまっているから」という、受け取り方がありますが。

私はですが。

「この変わりたくない」という感情は、こういった「変化が億劫」から来ている場合が殆どで、アイデンティティーとかいった深刻な根っこから来ているケースは、そうそうないように思ってます。

「アイデンティティー問題」になってるのって、「病気は個性だ!」とか言って「人格と病気の切り分けができない」ような場合くらいじゃないかと思うんですね。