初めまして、MiGと言います。現在中学2年生で、もうすぐ受験,,,

MiGさん
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MiG
さん

初めまして、MiGと言います。現在中学2年生で、もうすぐ受験生になります。拙い文章になってしまいましたが、どなたか回答を頂けると嬉しいです。

私は幸せです。きっと幸せです。両親の仲はお世辞にも良いとは言えませんが、別に虐待を受けた事はありません。帰る家があって、温かいご飯が食べられて、高い月謝を払ってもらいながら塾にも通っています。そのおかげで成績もそこそこ良く、クラスでも割と目立つ方だと思います。それなのに、こんなに幸せなのに「死にたい」って思ってしまいます。

約1年前から人間関係が悪化し、所謂SNSいじめを受け(今はもうなんともないのですが)、辛くて辛くてリストカットをしてしまいました。それからずっと自傷行為と付き合っています。一時期は酷く、朝も夜も手首切って泣き喚いていました。最近はだいぶ落ち着いて、どうにも感情の整理がつかない時だけになりましたが。

どうして私は幸せなのに「死にたい」って思ったり、自傷行為を繰り返してしまうのでしょうか。そもそも、私は精神科で診察を受けた事はありません。精神疾患をお持ちの方を馬鹿にする訳ではありませんが、(気分を悪くされた方は本当に申し訳ありません)私は精神疾患ではないです。だからこそ、私はこのサイトを利用して良いのか、不幸自慢したいだけの「ファッションメンヘラ」なのではないかと思ってしまいます。

これがただの甘えなのはわかっています。でも、周りにこんな事を言える人もいないので質問させて頂きました。毎日毎日「死にたい」って思い続けても、結局まだ死ぬことはできないままです。自分が嫌で嫌で堪りません。どうしたら良いのでしょうか。生きてて良いのでしょうか。

相談 自傷行為 甘え

回答一覧

祭めぐる
祭めぐる
さん
祭めぐる
祭めぐるさん

まず希死念慮が長く続き、自傷行為までも続けているのでしたら精神科の診察を受けることをお勧めします。
そのまま自傷を続けていると、エスカレートして後遺症が残るなどの取り返しのつかないことになることもあります。

余談ですが、私は双極性Ⅱ型他諸々、精神疾患を持っています。
ですがとても幸せです。
母から多少の罵倒などこそあれど躾以上の殴る蹴るの虐待を受けたこともなく、可能な限りかなりのお金をかけて育てられ、現在は結婚して穏やかな暮らしをしています、とても幸せです。
それでも病気です。

現状と疾患は比例しない、と私は考えています。
そのことで躊躇うことは無いと思います、つらいものはつらいで良いんです。

お大事にされてください。

質問者のコメント

回答ありがとうございます。お礼が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。「つらいものはつらいで良い」その言葉で、何となく感じていた後ろめたさなどが無くなり心が軽くなりました。
両親にはまだ言い出せておらず病院には行けませんが、スクールカウンセラーの方に相談して自分自身と向き合っていこうと思います。
本当にありがとうございました。

きつね
きつね
さん
きつね
きつねさん

初めまして。

私自身の直近の体験から、ちょこっとだけアドバイスできるかなとも思いましたので。



MiGさんは「幸せ」なのに「死にたい」と思う今のご自身に酷い矛盾を感じて苦しんでいるとお見受けしました。
『恵まれている環境に居るのだから、その環境を用意してくれる人たちをないがしろにするようなことを言ってはいけない。そこに文句を言ってはいけない。「死にたい」なんて口にするのは甘えだ。』
なんてふうに、MiGさんは考えているのではないでしょうか。


ですが、そもそも「幸せである」ことと「恵まれている」ことは別物だと思うんです。
【不幸】とは【幸福】の対義語であって、【幸運】の対義語ではないと思うんです。


「幸せなのに死にたい」は、確かに矛盾している様に思われます。自分は幸せなはずだ、幸せであるからには死にたいなんて思うはずがない、思っちゃいけない。なのに思ってしまう。思いたくないのに頭に浮かんでしまう。それがなおさら甘えのように思われて、ますます苦しい。

けれども、「恵まれているのに死にたい」はおかしいことでも何でも有りません。自分の周りの環境がどれだけ恵まれているように見えても(そして自分がその環境をどれだけ正確に「恵まれているものだと」と認識していようとも)、その環境ではどうしようもならないものを抱えている。ただそれだけのことです。どれだけ長い間ディズニーランドに滞在してもインフルエンザや癌を治すことが出来ないのと一緒です。甘えでも何でもありません。むしろ、ディズニーランドに居ること自体が病気の原因であるということも、十分考えられます。


ですから、堂々と「死にたい」と思って、構わないと思います。口にして良いと思います。リストカットについては(本当に死んでしまった時の事故が怖いので)何とも言いがたい所ですが、そもそもMiGさんのお年で「死にたい」という自分の感情に向き合い苦しみ、その苦しみを自傷にしろ言葉にしろ表に出せるということが、私にとっては本当に羨ましく、そして凄いことに思えます。



自分語りで恐縮ですが、私もMiGさん同様「とても恵まれた、ありがたい」環境で、29年間生きてきました。小学校のある時期にイジメを受けて以来、漠然とした希死念慮を抱いていましたが、
『「死にたい」などと考えたり行動に移したりするようなことをすれば、この「幸せ」な環境(父や母を含む周囲の人たちの優しさ)に申し訳がたたない。だから自分は「死にたい」などとは決して考えてはならない。』
と考え、私の場合は「死にたい」という感覚を言葉にすることさえ拒否してきました。

ですが、自分の思いを押し殺して長年生きてきた結果とうとう限界が来てしまい、自分が死ぬこと、消えることで頭がいっぱいになってしまいました。大好きだった仕事が手につかなくなり、去年の暮れにとうとう体が動かなくなってしまいました。結局、鬱と診断され、その主要因が他でもない「恵まれた、ありがたい」環境にあることが分かり、そこに至って私は初めて自分の「死にたい」を自覚することが出来ました。


MiGさんの文章を読んでいると、昔の自分を見ているようで……その一方で、昔の自分に出来なかったことをやれているようで、こんな事を言うと語弊があるんですが、とてもホッとしました。MiGさんが、少なくとも私のような長い苦しみに苛まれることはないだろうという意味で。

自分の「死にたい」という思いを受け止めて悩んでいる。そして、まだ生きている。今のところは、それで十分かと思います。



追伸。
自傷や「死にたい」という思いと具体的にどう付き合っていくかの話ですが。

MiGさんは、精神科で診察を受けた事はないと仰いましたが、精神疾患であるか否かは専門家にしか分かりません。見極めるためにも、専門の方と関わりを持っておいて損はないかと思います。

現在私は心療内科に定期的に通っていますが、中学校でしたらスクールカウンセラーがいらっしゃるかと思います。直接学校のカウンセリングルームへ相談にゆくもよし、「そもそもカウンセラーがいるかどうかも分からない」という様な場合には、保健室で養護の先生を頼るのもアリかと。

なお、もし既に相談されているようでしたら、すみません。

質問者のコメント

回答ありがとうございます。お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
「幸せ」と「恵まれている」は別物と仰っていただき、自分への苛立ちや家族への後ろめたさが薄れ、前向きになることができました。両親には言い出せておらず病院には行けませんが、スクールカウンセラーの方に相談してみようと思います。
自分の気持ちと向き合いながらこれから生きていこうと思います。
本当にありがとうございました。