幼児的な欲求が消えません。 もう25なのに人に甘えたいと,,,

kさん
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k
さん

幼児的な欲求が消えません。

もう25なのに人に甘えたいとか、構ってもらいたいとか、愛されたいとか、遊んでもらいたいとか、そんな欲求が非常に強く、消えません。結果としてかまってちゃんになったり、絡みにくい、ウザい奴になったりしてしまいます。

なんというか、中学生や高校生のときのような人間関係が欲しくてたまりません。青春というか、何でも話せるというか、そういうのです。
また青春時代をずっと病んで過ごしてしまったからか、うまく人間関係を作れなかったからか、旅に出たいとか友達と夜通し飲みたいとかそういう欲求も非常に強いです。そしてそういうことができなかったことを非常に後悔しています。

幼児的な欲求が満たされないこと、青春時代にしたかったことができなかったこと、
青春時代に人間関係がうまく作れなかったこと
そしてそれらはもう満たされないこと、できないこと
この事実が死ぬほど辛いです。こんな人生を生きていて何の価値があるのだろうと思ってしまいます。

誰かアドバイスが慰めかいただけると、嬉しいです。

青春 人生 幼児的欲求

回答一覧

すずらん
すずらん
さん
すずらん
すずらんさん

欲があるというのは素晴らしい事です。ご自分を否定なさらず、焦らずやりたい事を少しずつ始めてみてください。
私は26歳の時に初めて海外に行きました。それから今は1人で海外に行くようにもなりました。
30歳を過ぎてから新しい友達ができました。
40歳を過ぎてから友達とたくさん遊べるようになりました。

こんな人生もあります。
どうか焦らずに。
時間のある時にやりたい事を日記や箇条書きにすると行動に移しやすいかもしれませんよ。

ゆっくり行きましょう。

笑う蕁麻草
笑う蕁麻草
さん
笑う蕁麻草
笑う蕁麻草さん

お晩でございます。

スポーツやゲームを始めてみてはいかかですか?

青春を取り戻したい欲求、ありますよね。私は人と集まって勉強したり、カラオケ行ったり、ご飯食べたり徹夜で漫画描いたり。

質問主様の欲しいものは更に一歩進んで、構ってくれたり愛してくれたりするご友人が欲しいとの事。
すると、まずは交流を行うためのベースが必要かと思います。

私がまず思い浮かぶのは、市町村のスポーツクラブに所属することです。学生の部活と違って異年齢集団なので、人間関係のストレスはずっと少ないと思います。

加えて、最近自分が「良いなぁ!」と思っているのがボードゲームカフェイン通いです。基本的に1人で入れて、店員さんがある程度の相席やルール説明を担ってくれます。だから「みんな初心者!」って環境が作りやすいのが素敵。
私は麻雀が苦手だったのですが、今になって雀荘に入り浸っていた学友の気持ちがちょっとだけわかった気がします。

よすが
よすが
さん
よすが
よすがさん

あなたと似たような気質の人間です。
歳も同じです。
大学までずーっと卑屈でひねくれていて怖がりで、なかなかやりたいこともできず、人間関係も作れませんでした。

結論から言うと、わたしたちの歳でもやりたいことはやっちゃって大丈夫だと思います。

わたしはいまフリーターで、趣味の場で出来た友達とよく朝まで飲んだりしてます。最初はこの歳でこんなことしていいのかって思ったけど、意外とそんな人ってたくさんいます。

もう満たされない、できないと仰っていますが、そんなことないですよ。
欲求を満たしちゃいけないとか、したいことをしちゃいけないということもありません。
病んでるから好きなことはできないとわたしも思っていましたが、そんなこともありません。
昔できなかったことはいまやればいいんです。

文が下手なので腑に落ちなかったら申し訳ないですが、参考になればと思います。
お互い無理しすぎず、楽しくやっていきましょうね。

k
k
さん
k
kさん

コメントありがとうございます。

地域のスポーツクラブは運動が苦手なのと、ASDを持っていて人とのコミュニケーションに不安があるので難しそうです。。

ボードゲームカフェはすごく気になるし行ってみたいです。よく考えたらゲームを通して仲良くなる人は多かった気がします。
今は休職中の身分なので行けませんが、休職が終わったら行ってみようと思います。
ありがとうございます。

noname
noname
さん
noname
nonameさん

難しいかもしれないけれど、大人でも、20、30、40、50歳でも、案外、よしよしやいい子いい子をしあえる関係はあるんですよ。辛くてたまらない時、抱きしめ合える関係はあるんですよ。
それは夫婦であったり恋人であったり心を許した友だったり。いきなりこういう関係になりにくいのですが、お互い自分のことを話し合って、違ったら別れて、いいんだったらやってみて。
もちろん、タガが外れない程度であったりとか、時間をかけて長期間やっていくとか、ターン制だったりとか、子ども生まれたら子どもの前ではあまり見せないとか、人それぞれですがルールはあります。

現状では、こういう関係は今の社会では作りにくく、理解も得難いかもしれません。
しかし、大人になったら絶対に幼児期のように甘えちゃダメ、ということもありません。
何か、視野が広がってほしいです(^^)

k
k
さん
k
kさん

追記
旅出たとか、友達と飲んだとかしたことはあります。ただもっともっともっともっとやりたいんです。そして病んでいたため自分からそのような機会を遠ざけていたところがあります。
無限にこのような欲求が出てきます。苦しいです。

C
C
さん
C
Cさん

めちゃくちゃわかります。
僕も高校の時とても楽しくて、でも大学→就職という正規ルートへは行かなかったことから、徐々に周りと距離ができ、自分からも自分を追い込むために距離を置きました。

今は20後半で、つい最近、高校の人間関係の最後の橋渡し役的な人にも「察してね」という感じで「モロ」に距離を置かれた接し方をされました。
ついに、高校の人間関係の中で思い描き、蓄積していった自己実現の望みは絶たれてしまったんだな、と思います。
その橋渡し役的な人と話した時も、やはり自分が子供のように思えました。仲良くしたい!という感じで。前はそうだったのに、なんでそんなにそっけないの?!という感じです。

僕も、その「幼児的」な欲求が強いと思います。反面、「大人的」な結婚して子供を育てたいとか、立派な人になって他人の世話をしたいとか、そんな願望は薄いです。

しかし、仲良くしたい、愛されたい、聞いてほしいし聞きたい、という欲求は、普通に「人間的」な欲求なのではないでしょうか。

人の本心など、完璧に見えるあの人さえ、きっとくだらない、低次元な欲求があるのは、自分の心に聞いてみれば明白なのではないでしょうか?

「規範」や「世間」とのバランスで、子供じみたことは即レッテルへ回されるようなことは確かにあります。

そういった現実に適応して「ふつう」な人間になろうとしている人は多いと思います。根源的な欲求を隠し、客観的であろうとする方向性です。

しかし、その方向性を実現したとして、その人が得るものはやっぱり「人に認められる」こと、それはつまり「愛されたい」「話を聞いてほしい」ということなのではないでしょうか。

一方的に愛して、喋りたいことだけバーっと喋って帰っていくというのは問題ですが、質問者様はそうでもないと思います。相思相愛を求めているだけではないですか?

そういうのは、むしろ正常な精神だと思いますよ。同じレベルで人と接したい欲求を持っている人と仲良くなれたら、絶対素敵な関係が築かれると思います!

k
k
さん
k
kさん

よすがさん

ありがとうございます。
今からでもしてもいいんだと思うと、救われます。

昔できなかったことを少しずつやっていこうと思います。

k
k
さん
k
kさん

こりきさん

コメントありがとうございます。
学生時代や青春が終わっても、たびに出たり、友達と遊んだりできるんだという事実は救いになります。ありがとうございます。

ゆっくり体を整えて、いつか僕も海外に行ってみたいです。

アキラ
アキラ
さん
アキラ
アキラさん

エネルギーが有り余っていて消費したいけど、エネルギーが有り余ってるゆえ、周りにしんどさを植え付けてしまったりする…という解釈でよろしいでしょうか?間違ってたら、申し訳ありません。

何かとアレがやりたいコレがやりたいって考えるの、楽しいですよね。
わたしも無限に出てくるタイプの人間です。
勢いだけで、去年末ににホテルを予約して元旦に富士山を一眼で収めに行きました(笑)@富士急ハイランド
その後は風邪を引きました、富士吉田市は寒かったです。

話を戻しましょう。
さて、その色々やりたい欲ですが叶えるために自分に条件を課すのはいかがでしょう?
私だったら部屋を綺麗にする、コンスタントに出勤する、休む時はしっかり休む…といった具合です。
やりたい欲を発散を気持ちよくさせるために周りも自分もハッピーになる事をやっておけば問題ないとわたしは感じます。