他人の心がほしい。昔は私もそう思ったことがあります。 今,,,

ユーザー6948さん
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ユーザー6948
さん

他人の心がほしい。昔は私もそう思ったことがあります。
今は人に対して過剰に期待せず、まぁなんとかなるだろみたいな、少しだけ信じて待つことができるので、がむしゃらに人を求めることは減りました。

とはいっても、人恋しさのあまり、密な関係でいたくなるときあります。
私は共依存者…というのか、依存症の人を支えてしまう(イネイブリング、イネイブラー)の傾向があります。
自分には何もないという依存症の人と相性が良くて、そこそこ苦しむことがありました。
今もまた、私自身が人恋しさのあまり、依存症っぽい人と話すことがあってグダグダと悩んでます。

相手のことがよくわからないのが、なんとなく苦しい。
他人の心がほしいと思ったことが少なくて、というか自分の心を必死に保ちたい、自分でなんとかしたいという自立方向が強すぎるため、依存症の人独特の甘え方が気になったのもあります。
依存症の人は人に甘えるのがうまく、長所だなと思います。私にないものです。私はもっと人に甘えたい。

私は助けてと言えず、甘えることに拒否反応をおこしがちなので。
他人の心がほしいのも、人をコントロールしたいという欲求も、わりと誰でもある欲求だと思うのですが、本当は誰もそんなことは思わなくて、実は私がおかしいのかなと不安にかられます。

皆さんは、誰でもいいから他人の心がほしい、または他の心をあやつりたいと思ったことはありますか?

人間関係

回答一覧

ダメじゃない
ダメじゃない
さん
ダメじゃない
ダメじゃないさん

前半、回答とずれていてごめんなさい。
投稿中で気になっていたのですが、「甘える」と「頼る」を同一視されているなと感じました。(投稿中の依存あたりは合ってると思うのですが)
少なからず、他者に助けを求めることや頼ることは、生きていく上で必要なことです。
一概には言えませんが、渡橋さんに欠けていると仰られるそれらは、甘えだけではないと思います。

他人の心についてですが、稀に気まぐれであります。
ただ、それは共依存に陥りたいとか、ずっと手元に置いておきたいわけではなく、脱抑制からくる「寂しい」や「人恋しい」と言ういっときの感情なので、相手に対しては大変申し訳ないのですが、一期一会のランダム通話アプリなんかでその気にさせて(下ネタ的な意味でなく、恋愛的な意味で)、寝て起きたらさよならすることはありました…。
アプリの時点で相手もシステムを了承しているとは言え、あまり性格のいいことではないので、なかなか大声では言えませんね。

質問者のコメント

体調が優れないなか、コメントありがとうございました。
一晩あけて、心の調子は大丈夫ですか?

長くなりましたのでわけておきます。

ユーザー6948
ユーザー6948
さん
ユーザー6948
ユーザー6948さん

寝る前の混線しすぎな気持ちの吐き出しでしたが、コメントありがとうございます。


「甘える」と「頼る」を同一視している……確かにそうかもしれません。

私は「助けて!」と言えるようになるため、福祉士や主治医、色々な人に頼っています。
薬くれ!とか、作業所行きたいので計画たてて!とか、自分ではできませんしね。

自分でできることがあると、わりと自分ひとりでやってしまいがちです。ヘルプを出してる人が近くにいると「助けて」といえないフレンズ。助けてというの、すごくしんどいです。

なら甘えるのはどうなのか?となると、ここで投稿する行為でしょうか。なんとなく、人に甘えてる状態に近いのかなぁ…と思います。
ハートを押してくれる人がいると安心するので、そのあたりは甘えてるいような?帰属意識的なものが満たされる感じがあります。

助けてと言えず、甘えることに拒否反応をおこしがちと書いてしまいましたが、朝になると、かなり憂鬱であっても「これを投稿したの、寂しいから投稿したんだな」と判断できる気がします。
気がするだけなので、突き詰めていくと別の感情が主体かもしれません。
薬を飲んだあとの衝動から発する言葉も、私にとっては大事な部分なのかなと思いました。

自分の感情の発生源、もう少し見つめてみます。

ダメじゃない
ダメじゃない
さん
ダメじゃない
ダメじゃないさん

お疲れ様です…。お礼読みました。

甘えと頼るの違いの勝手な自己解釈なので、自己を見つめるための一つの材料になったらなと思って書きます。
甘えの中にも色々種類があると思うのですが、この投稿中にあるものに近いだろう甘えに絞ります。

私の中で甘えとは、一人でできることを最初から他者にやってもらうこと。
だと思います。
ちなみに頼るとは、どうしても一人ではできないことを他者にお願いしてやってもらったり、手伝ってもらうことだと思います。

極端に例えれば、自力で食べられるのに食べ物を口に運んでもらうのは甘えで、高熱があって腕を動かすのもしんどい時に食べ物を口に運んでもらうのは、頼る行為だと思います。
そして、甘えか頼るかを自分で判断するのは、曖昧な部分があるので結構難しいことだと思います。

寂しい時、人とコミュニケーションを取りたくなるのは当たり前です。
プラスのストロークを投げかけてもらいたくなるのも、人として当然だと思います。
甘え云々ではなく、人間の心理的にそうできているそうです。

あと、世間的に甘え=悪だと思われがちですが、ACに圧倒的に足りないのは思う存分親に甘えることだと思うので、甘える行為は結構重要な気がします。
だからこそ、甘え下手だったり、助けてと言えないフレンズは苦しいですよね…。

甘える=依存や共依存には必ずしも結び付かないので、適度に甘えられるのが一番なのですが、適度に、と言うのも難しいですね。
(お礼は余裕ある時で大丈夫です、気にしないで下さい)

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